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第1話 虹色の蕾と特製肥料

最終章スタートです!!

「ママ、みて! おっきいのができてるよ!」


朝日が昇り始めたばかりのエデンに、ユユの元気な声が響き渡った。


私はくわを握ったまま、手を止めて振り返る。

畑の向こう、世界樹の根元で、娘のユユが空を指差して飛び跳ねていた。

背中の小さな翼がパタパタと動いている。


「どうしたの、ユユ。新しいお花でも咲いた?」


「ううん、ちがうの。もっと上! てっぺん!」


ユユが必死に指差す先。

私は帽子を直して、世界樹の遥か高みを見上げた。


そして、息を呑んだ。


「……あら」


そこには、見たこともないものが輝いていた。


世界樹の頂上付近。

青々とした葉の海の中に、ひときわ巨大な「つぼみ」が鎮座していたのだ。

大きさは、私のカボチャの馬車よりも大きいかもしれない。

色は淡いピンクから黄金色、そして翡翠色へと、見る角度によって虹色に変化している。


朝の光を受けてキラキラと輝くその姿は、まるで巨大な宝石のようだった。


「すごい……。いつの間にあんなものが」


昨日の夕方にはなかったはずだ。

世界樹の成長速度は知っていたつもりけれど、一晩でこんな立派な蕾をつけるなんて。


「ねえママ、あれなに? 新しいフルーツ?」


ユユが私のエプロンを引っ張る。

彼女の頭上の双葉が、ワクワクしたように揺れている。


「そうねぇ……形からすると、桃かしら? それともイチジク?」


私は顎に手を当てて観察した。

植物学者の知識を総動員しても、該当する品種が見当たらない。

まあ、世界樹の実なのだから、既存の果物枠に当てはまるわけがないか。


「きっと、すっごく美味しいフルーツよ。ジャムにしたら最高かもね」


「わぁい! ジャム! パンにぬるやつ!」


ユユが目を輝かせる。

食いしん坊なところは、完全に私とレンさん譲りだ。


「……あるいは」


ユユは少し真面目な顔をして、空を見上げた。


「おとうとか、いもうとかな?」


「えっ?」


「だってね、きさんが言ってるの。『新しい命だよ』って。だから、ユユのきょうだいかも!」


ユユは世界樹の声が聞こえる。

彼女がそう言うなら、ただの果実ではないのかもしれない。

もしかしたら、ユユのように、あの中から可愛い赤ちゃんが生まれてくるのだろうか。


「そうかぁ。ユユもお姉ちゃんになるのね」


「うん! ユユ、おねえちゃんやる! オムツもかえるよ!」


「頼もしいわね」


私は微笑んで、ユユの頭を撫でた。

果実にしろ、赤ちゃんにしろ、このエデンに新しい家族が増えるのは嬉しいことだ。

元気に育ってもらうためにも、庭師としてやるべきことは一つしかない。


「よし。特製肥料を作りましょう!」


「ひりょう! まぜまぜする!」


私たちは畑仕事を中断して、肥料作りの準備に取り掛かった。


        ◇


エデンの広場に、大釜を用意する。

ここに入れるのは、選りすぐりの栄養素たちだ。


まずは、ベースとなる腐葉土。

世界樹の落ち葉を発酵させた、最高級のふかふか土だ。

これを惜しげもなく投入する。


「次はミネラルね」


第3部の冒険で手に入れた、海藻の粉末を入れる。

海の力が、果実の瑞々しさを引き立ててくれるはずだ。


「それから、カルシウム!」


ドラゴンの骨粉(レンさんが狩ってきたやつ)をパラパラと振りかける。

これで丈夫な皮や骨ができる。


「仕上げに、私の魔力と……愛情!」


私は釜の中に両手をかざした。

イメージするのは、太陽の温かさと、雨の優しさ。

そして、この世界への感謝。


「美味しくなーれ、元気になーれ!」


ボワッ。


釜の中身が黄金色に発光し、甘く香ばしい匂いが立ち昇った。

成功だ。

これを根元に撒けば、世界樹は喜び、蕾にたっぷりと栄養を送ってくれるだろう。


「できたわ! ユユ、運ぶのを手伝って」


「はーい!」


私たちが肥料を入れたバケツを持って歩き出すと、リビングからレンさんが出てきた。

彼は寝癖のついた髪をかき上げながら、少し眠たげな目をこすっている。


「……おはよう、フローリア。朝から随分と賑やかだな」


「おはようございます、レンさん! 見てください、世界樹に赤ちゃんができたんです!」


「……は?」


レンさんの動きが止まった。

彼はコーヒーカップを持ったまま、ゆっくりと視線を上げ、世界樹の頂上を見た。


ガシャン。


カップが手から滑り落ち、地面で砕け散った。


「…………ッ!?」


レンさんは目を見開き、絶句していた。

彼の顔色が、さっと青ざめていく。


「ど、どうしたんですかレンさん? そんなに驚かなくても」


「フローリア……あれは……」


レンさんの声が震えている。


「あれは、『千年果実』……! 帝国の古文書に記されていた、伝説の果実か!?」


「千年果実? 美味しそうな名前ですね」


「呑気なことを言っている場合か! あれを食べれば不老不死になるとか、万能の魔力を得られるとか、世界を統べる王になれるとか……とにかく、とんでもない代物だぞ!」


レンさんは頭を抱えた。


「マズい……。こんなものが実ったと知れたら、世界中が黙っていない。戦争の火種だ」


「またまたぁ。レンさんは心配性ですね」


私は笑い飛ばした。

不老不死だなんて、お伽話みたいなことを。

きっと、すごーく栄養価が高いだけだ。

食べて元気になれば、それはある意味で「不老」みたいなものだし。


「大丈夫ですよ。ジャムにして瓶詰めすれば、みんなで分け合えますから」


「ジャム……?」


レンさんは脱力したように肩を落とした。


「……君の発想には、いつも救われるよ。だが、現実はそう甘くないかもしれん」


彼は鋭い眼光で、エデンの外――結界の向こう側を睨みつけた。


「……来たか」


「え?」


レンさんの視線を追って、私も外を見た。

エデンを取り囲む荒野の地平線。

そこから、土煙が上がっているのが見えた。


一つではない。

東からも、西からも、南からも。

無数の土煙が、こちらに向かって押し寄せてきている。


「な、なんですかアレ?」


目を凝らすと、土煙の中に、色とりどりの旗が見えた。

赤、青、緑、黒。

様々な紋章が描かれた旗が、風になびいている。


「帝国の双頭竜、王国の獅子、海賊のドクロ……それに、神聖教団の十字架か」


レンさんが低い声で呟いた。


「オールスター勢揃いだ。……鼻が利く連中め」


「わあ、すごい! お祭りですか?」


私は手を叩いた。

懐かしい紋章ばかりだ。

第1部から第4部まで、私たちが関わってきた人たちが、みんなで遊びに来てくれたのだろうか。


「きっと、新しいフルーツの収穫を手伝いに来てくれたんですよ! 人手は多い方が助かります!」


「……フローリア。君は本当に、ブレないな」


レンさんは苦笑し、腰の剣に手をかけた。

その瞳には、すでに戦士の色が宿っている。


「だが、あの連中が友好的に来たとは思えん。……ユユ、ママを守れ」


「うん! パパ、たたかうの?」


ユユが翼を広げて身構える。


「いや、まずは俺が『挨拶』をしてくる。……俺の庭に土足で踏み込もうとする無礼者どもにな」


レンさんから、黄金の覇気が立ち昇る。

すごい迫力だ。

お客さんを出迎えるにしては、ちょっと圧が強すぎる気もするけれど。


「レンさん、暴力はいけませんよ! まずは話し合いです!」


「ああ。分かっている。……だが、俺の家族の平穏を乱すなら、国の一つや二つ、消し飛ばす覚悟はある」


レンさんはそう言い残し、風のように飛んでいった。

相変わらずの過保護パパだ。


「もう……。せっかくの収穫祭なんだから、仲良くすればいいのに」


私はバケツを持ち直した。

外の騒ぎはレンさんに任せよう。

私には、私の仕事がある。


「さあユユ、肥料を撒きに行くわよ! お客さんが到着する前に、この子を元気にしなくちゃ!」


「はーい!」


私たちは世界樹の根元へと走った。

頭上では、虹色の蕾がドクン、ドクンと脈打ち、甘い芳香を放ち始めている。

その香りが風に乗って広がり、さらなる訪問者――あるいは厄介事を呼び寄せているとも知らずに。


私のスローライフ最終章。

どうやら今回も、静かに畑仕事だけ、というわけにはいかないようだ。


でも、まあいいか。

みんなで食卓を囲めば、きっと全てうまくいく。

それが、私がこの世界で学んだ一番の真理なのだから。


「大きく育ってね、私の可愛い果実ちゃん!」


私はたっぷりと肥料を撒いた。

土の匂いと、甘い果実の予感が、エデンの空に溶けていった。

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ヒロインが能天気すぎて若干イラッとする
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