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第5話 鋼鉄の弟子と冥府からのノック

「はい、あーん」


「あーん! おいしー!」


復活したマザー・ツリーの木漏れ日の中。

私はレジャーシートの上で、ユユの口にサンドイッチを運んでいた。


具材は、エデンから持参した厚切りベーコンと、シャキシャキのレタス。

そして、この天空都市で即席栽培した【雲カボチャ】のマッシュサラダだ。

雲の水分を吸って育ったカボチャは、驚くほどふわふわで、口の中で綿菓子のように溶ける。


「パパも! パパもあーん!」


「……仕方ないな」


レンさんが嬉しそうに口を開ける。

ユユが小さな手でサンドイッチを押し込むと、最強の竜公爵は目尻を下げて咀嚼した。


「悪くない。雲カボチャの甘みが、ベーコンの塩気とよく合っている」


「でしょう? ここの環境、意外と農業に向いてるかもしれません」


私は周囲を見渡した。

ドームの中は、今や立食パーティー会場のようになっていた。


かつて私たちが「不法侵入者」として警戒されていたのが嘘のようだ。

白衣の研究員や、鎧を脱いだ騎士たちが、私が作った料理を囲んで談笑している。


「これ、本当に土からできたのか?」

「うまい……。完全栄養食とは比べ物にならん」

「あっちのトマトも食べてみろ! 涙が出るぞ!」


彼らの顔には、人間らしい血色が戻っていた。

美味しいものは、世界を救う。

私の持論は、空の上でも証明されたようだ。


「……フローリア殿」


声をかけられて振り返ると、騎士団長のゼファーさんが立っていた。

彼の純白のマントは泥だらけのままだが、その表情は晴れやかだった。


「どうしました? おかわりですか?」


「いや、違う。……その、教えを乞いたい」


彼はモジモジしながら、背中に隠していたものを取り出した。

それは、私が持ち込んだ予備のスコップだった。


「先ほどの……『泥遊び』だ。いや、土壌改良作業と言うべきか」


彼は頬を赤らめて言った。


「貴女が土を触っている時、とても楽しそうに見えた。……私も、その、土に触れてみたいと思ってな」


潔癖症だった彼が、自ら土に触れたいと言うなんて。

私は嬉しくなって、スコップを握る彼の手を包み込んだ。


「もちろんです! まずはプランター作りから始めましょうか。土は汚いものじゃありません。命の源なんですよ」


「い、命の源……。なるほど、深いな」


ゼファーさんは感動したように頷き、早速マリアベルさんの指導の下、プランター用土の配合を始めた。

堆肥たいひの黄金比率は3対1よ!」とマリアベルさんの檄が飛んでいる。

いいコンビになりそうだ。


さて、一息つこうかと思った時だった。


『……対象、フローリア・グリーンを発見』


背後から、機械的な声がした。

振り返ると、管理ユニットのNo.9が立っていた。

彼女(?)は私の目の前まで来ると、ガシャン、と音を立ててその場に正座した。

そして、床に額をこすりつけるように深く頭を下げた。


「えっ、ちょっ、どうしたんですかNo.9さん!?」


『嘆願する。……当機を、貴女の弟子にしてほしい』


「弟子?」


『肯定する』


No.9は顔を上げ、赤いレンズを明滅させた。


『当機の演算能力を持ってしても、貴女の「料理」というプロセスが解析できない。食材の選定、加熱時間、調味料の配合……全てが数値化できない「感覚」で行われている』


彼女は自分の胸に手を当てた。


『なのに、それを摂取すると、システムが「幸福」という未定義のエラーを吐き出す。……知りたい。このエラーの正体を。貴女の技術を』


彼女の声は平坦だったけれど、必死さが伝わってきた。

機械が「心」を知りたがっている。

それを無下に断ることなんて、私にはできない。


「いいですよ。でも、私の修行は厳しいですよ?」


『望むところだ。当機の稼働時間はあと一万年は保証されている。時間はいくらでもある』


「一万年ですか。……じゃあ、まずは『味見』からですね」


私は残っていたサンドイッチを一つ手渡した。


「食べてみて、何を感じるか。それを言葉にすることから始めましょう」


『……了解した。マスター・フローリア』


No.9はサンドイッチを両手で大事そうに持ち、小さな口で齧った。

カシャカシャとレンズが動く。

彼女の中で、新しい回路が繋がり始めているのかもしれない。


平和だ。

マザー・ツリーは復活し、都市の人々とも和解できた。

これで一件落着――。


ドォォォォン!!


突然、凄まじい衝撃が走った。

ドーム全体が大きく揺れ、積み上げてあった皿が崩れ落ちる。


「きゃっ!?」

「地震か!?」


市民たちが悲鳴を上げる。

しかし、ここは空の上だ。地震なんて起きるはずがない。


「……またか」


レンさんが即座に反応し、私とユユを抱き寄せて結界を張った。

彼の視線は、床――金属製の地面に向けられている。


「さっきから聞こえていたノック音だ。……下から来るぞ!」


ドンドンドンドンドンッ!!


音はノックなんて可愛いものではなかった。

巨大なハンマーで叩きつけるような、乱暴な連打音。

しかも、その音源は急速に近づいている。

厚さ数メートルはあるはずの金属装甲の床が、内側からメキメキと盛り上がり始めた。


『警報。警報。地下エリア、第7層隔壁突破。第6層、第5層……突破速度、計算外!』


No.9が立ち上がり、警告を発する。


『物理的衝撃および、高密度の闇属性魔力を検知。……これは、敵襲!?』


「闇属性……?」


私が聞き返すのと同時だった。


バゴォォォォォォン!!!


私たちの目の前、ドームの中央付近の床が、爆発したように弾け飛んだ。

瓦礫と土煙が舞い上がる。

その中から、真っ黒な影が飛び出してきた。


「ゲホッ、ゲホッ! ……ったく、硬ぇ床だなオイ!」


煙の中から現れたのは、一匹の……コウモリ?

いや、違う。

背中にコウモリの翼を生やした、二頭身の黒い小悪魔だった。

手には自分の身長ほどもある巨大なツルハシを持っている。


「な、なんだあれは!?」


ゼファーさんが剣を抜く。

小悪魔は空中でホバリングしながら、埃を払った。

そして、キョロキョロと周囲を見回し、私を見つけるとビシッと指差した。


「見つけたぞ! 世界樹の加護持ち!」


甲高い、子供のような声だ。

でも、その体から放たれている魔力は、ただ事ではない。

レンさんの表情が険しくなるほどだ。


「誰ですか、あなた」


私が尋ねると、小悪魔は空中で仰々しくお辞儀をした。


「お初にお目にかかる! 我輩は『冥界』より参った使い魔、クロと申す!」


「冥界?」


「左様! 地の底、死と宝石の国! 偉大なる冥王ハーデス様の名代として参上した!」


冥界。

天の次は地底ですか。

私の冒険マップ、縦方向に広がりすぎじゃないだろうか。


「それで、冥界の方が何の用ですか? 床を壊してまで」


「用があるのは貴様らの『根っこ』だ!」


クロちゃん(勝手に命名)は、復活したマザー・ツリーを指差した。


「この木の根っこがよぉ! 最近急に元気になりやがって、冥界の天井を突き破ってきやがったんだよ!」


「えっ」


「おかげで冥王様の寝室が穴だらけだ! 安眠妨害もいいとこだぜ!」


クロちゃんは懐から、一通の黒い封筒を取り出した。

封蝋にはドクロのマークが押されている。


「ほらよ! 冥王様からの『苦情の手紙(招待状)』だ!」


彼が封筒を投げると、それはブーメランのように飛んできて、レンさんが空中でキャッチした。

レンさんは警戒しながら封を開け、中身を一読する。


「……なんて書いてありますか?」


「『根の管理もできぬ愚か者どもへ。責任を取って謝罪に来い。さもなくば、世界樹ごと地上を底なし沼に沈める』……だとさ」


「過激ですね……」


レンさんは溜息をつき、手紙を燃やした。


「どうする、フローリア。……無視して、こいつを叩き出すか?」


レンさんの手から炎が上がる。

クロちゃんが「ヒェッ、火は勘弁!」と後ずさりした。


私は少し考えた。

確かに、根っこが迷惑をかけたのはこちらの責任だ(私が元気にしすぎたせいかもしれない)。

それに、地下世界には見たこともない植物や、美味しいキノコがあるかもしれない。


「行きます」


私は即答した。


「謝罪は大事です。それに、冥王様もきっと、お腹を空かせているに違いありません!」


「……またそれか」


レンさんは苦笑したが、止める気はないようだ。


「ユユ、行ける?」


「うん! じめじめしたところ、すき!」


ユユも元気よく手を挙げた。

植物にとって、根っこが伸びる先(地底)はホームグラウンドのようなものだ。


「決まりですね。クロちゃん、案内をお願いします!」


「く、クロちゃんて呼ぶな! ……まあいい、話が早くて助かるぜ」


小悪魔はニヤリと笑い、床に開けた大穴を指差した。


「この穴が直通エレベーターだ。落ちたら死ぬかもしれねぇが、覚悟して来いよ!」


「はいはい。シルヴィオ様、マリアベルさん、準備はいいですか?」


「もちろんです! 地底植物のサンプル採取、楽しみです!」

「地底農法の実践ね。望むところよ!」


いつものメンバーが揃った。

No.9が「当機も同行する。弟子の義務だ」と言ってついてきたので、今回はさらに大所帯だ。


私たちは、天空都市の床に開いた大穴――冥界への入り口へと飛び込んだ。


「行ってきまーす!」


風を切る音と共に、視界が暗闇に染まっていく。

次は地底。

引きこもりの冥王様を、美味しいご飯で更生させる旅の始まりだ。

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― 新着の感想 ―
基本設定ができてないですね。ここまで自分なりに意味の通らない文章を置き換えてみてましたが、私にはこれ以上読むのは無理そうです。
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