第8話 無人島リゾート計画
「……ここが、目的地ですか?」
私はカボチャの馬車の窓から顔を出し、目の前に広がる光景に絶句した。
港町『ポルト・マーレ』での一件を片付けた私たちは、レンさんの案内で沖合にある無人島へとやってきた。
お腹の結晶ちゃんが『ここがいい!』と強く反応した場所だ。
きっと、南国の楽園のような美しい島なのだろうと期待していたのだが。
「岩……ですね」
そこにあったのは、ゴツゴツとした黒い岩肌がむき出しになった、殺風景極まりない孤島だった。
砂浜はない。
木も生えていない。
あるのは、打ち寄せる荒波と、海鳥のフンで白くなった岩場だけ。
リゾートというよりは、流刑地と呼ぶ方が相応しい。
「あー……地図上ではもう少し緑があったはずなんだが」
レンさんが気まずそうに頭をかく。
どうやら、長年の風雨と潮風で風化してしまったらしい。
「ふ、ふざけるなよ……」
後ろの座席で、鎖に繋がれたオスカーが呻いた。
彼は現在、私たちが港町で接収した「賠償金代わりの労働力」として連行されている。
高級スーツはボロボロで、すっかりやつれていた。
「こんな岩場で野宿しろと言うのか? 水もない、ベッドもない! 拷問だ!」
「うるさい。文句があるなら泳いで帰れ。サメの餌になるがな」
レンさんが冷たく言い放つと、オスカーは「ヒィッ」と悲鳴を上げて縮こまった。
確かに、今のままでは妊婦が過ごす環境ではない。
でも、お腹の子はここを気に入っているみたいだ。
ドクン、ドクンと温かい脈動が伝わってくる。
「……やりましょう、レンさん」
私は馬車を降り、岩場に立った。
潮風が強く吹き付け、髪が乱れる。
でも、足元の岩盤からは、微かだが力強い大地の鼓動を感じる。
「ここを、世界一のリゾート地に改造します!」
「改造、だと?」
「はい。ないものは作ればいいんです。私には植物魔法がありますから!」
私は拳を握りしめ、高らかに宣言した。
更地からの開拓は、エデンで経験済みだ。
それに比べれば、海がある分、ここはずっと恵まれている。
「よし。まずは拠点となる家作りですね。レンさん、場所はあそこの高台がいいと思います」
「わかった。整地する」
レンさんが剣を抜いた。
彼が軽く横になぎ払うと、高台にあった邪魔な大岩が一瞬で粉砕され、綺麗な平地が出来上がった。
相変わらずの重機いらずだ。
「タケシ、種まきお願い!」
「ウキャッ!」
タケシがリュックから取り出したのは、エデンから持ってきた【建築ヤシ(ハウジング・パーム)】の種だ。
これを地面に埋め、魔力を注ぎ込む。
「芽吹いて! 南国の王様!」
ズズズズズ……ッ!
地面が揺れ、太い幹が急速に伸びていく。
ただのヤシの木ではない。
幹の直径は数メートルあり、内部が空洞になっていて居住スペースとして使える特殊な品種だ。
さらに、葉っぱは防水性が高く、屋根の役割を果たす。
ボンッ、ボンッ!
あっという間に、三階建ての立派なツリーハウス……ならぬ、ヤシの木ハウスが完成した。
窓となる部分には、透明な樹液がガラスのように固まっている。
「な、なんだこれは……魔法か……?」
オスカーが腰を抜かしている。
「いいえ、農業です。さあオスカーさん、内装のお手伝いをお願いしますね。貴方の商会から没収した高級家具、全部運び込んでください!」
「わ、私がか!? 総帥であるこの私が!?」
「嫌ならイカの餌にしますよ?」
「やります! やらせていただきます!」
オスカーは泣きながら、カボチャの馬車から家具を運び出し始めた。
マリアベルさんも手伝ってくれている。
彼女はすっかり逞しくなり、重いソファを軽々と持ち上げていた。
「次は、お庭ですね。やっぱりリゾートには白い砂浜が必要です!」
私は海岸線に降り立った。
黒い岩場は無骨すぎて、裸足で歩いたら怪我をしてしまう。
「シルヴィオ様、例のサンゴを持ってきていただけますか?」
「はい! こちらです!」
シルヴィオ様が持ってきたのは、港町の市場で手に入れた【粉砕サンゴ】の袋だ。
私はそれを岩場に撒き、魔法を発動させた。
「《大地の揺り籠・砂浜生成》!」
私の魔力がサンゴと岩を包み込む。
岩の鋭い角が削れ、サンゴと混ざり合い、細かく滑らかな白砂へと変化していく。
範囲は海岸線数百メートル。
黒かった景色が、見る見るうちに純白のビーチへと塗り替えられていく。
「すげぇ……」
「嘘でしょ……」
作業をしていた全員の手が止まる。
荒涼とした流刑地が、一瞬にして絵葉書のような南国リゾートに変貌したのだ。
青い海と、白い砂浜。
そして、風に揺れる巨大なヤシの木。
「完璧です! これならお腹の子もリラックスできます!」
私は満足げに頷いた。
これでお昼寝もし放題だ。
「……フローリア。君は本当に、俺の想像を超えてくるな」
レンさんが苦笑しながら近づいてきた。
彼の手には、いつの間にかパラソルとデッキチェア(オスカー商会の在庫)が握られている。
「だが、セキュリティが甘い。島全体を結界で覆う必要がある」
「えっ、開放感がなくなっちゃいますよ」
「ダメだ。海風には塩分が含まれている。君の肌が荒れる」
レンさんは譲らなかった。
彼は空に向かって手をかざし、黄金色の魔力を放出した。
「《竜王の結界・ドーム展開》」
キィィィン……。
島全体を覆うように、薄い黄金色の膜が張られた。
この結界は、有害な紫外線と強風を遮断し、心地よいそよ風だけを通すフィルター機能付きだ。
さらに、外敵(海賊や魔物)が近づくと自動で雷撃を落とす迎撃システムも完備されている。
「これで安心だ。蚊一匹通さん」
「過保護すぎます! でも、ありがとうございます」
快適な環境が整ったところで、次はお楽しみの夕食の準備だ。
食材は、昨日の戦いで手に入れた大量の『クラーケンのイカリング』と、海中で採取した海藻たち。
「今日はバーベキューにしましょう! マリアベルさん、畑の準備はどうですか?」
「バッチリよ! 砂地でも育つ【速成スイカ】と【浜辺のトウモロコシ】、もう実がなってるわ!」
マリアベルさんが親指を立てる。
彼女は到着してすぐに、砂浜の一角を畑に変えていたのだ。
仕事が早い。
日が暮れる頃。
私たちは白砂の上にテーブルを出し、盛大なバーベキューパーティーを開始した。
「カンパーイ!」
ジュウウウッ……。
鉄板の上で、分厚いイカのステーキが焼ける音がする。
醤油とバターの香ばしい匂いが、結界内部に充満する。
採れたてのトウモロコシも、焦げ目がついて甘い香りを放っている。
「うめぇ……! なんだこのイカ、柔らかすぎる!」
労働の後に食べるご飯は格別のようで、オスカーも涙を流して食べていた。
「どうですか、オスカーさん。悪徳商売で稼いだ金で食べるフォアグラより、汗水流して食べるイカの方が美味しいでしょう?」
「ぐっ……否定できないのが悔しい……!」
彼はイカを噛み締めながら、何か大切なことに気づきかけているようだった。
「フローリア先生、これを見てください!」
シルヴィオ様が、興奮した様子で駆け寄ってきた。
彼の手には、虹色に輝く小さな珠が握られている。
「これ、海岸で見つけたんです。ただの貝殻かと思ったんですが……」
「わあ、綺麗! 真珠ですか?」
私が覗き込むと、それはビー玉ほどの大きさの真珠だった。
しかし、色が違う。
見る角度によって七色に変化し、内部から強い魔力の光を放っている。
「……【虹色真珠】か」
レンさんが肉を焼く手を止めて言った。
「伝説の素材だ。海が極限まで浄化された場所にしか現れないと言われている。……昨日の君の『海藻浄化』の影響だろうな」
「これが伝説の……!?」
私は目を輝かせた。
綺麗。すごく綺麗だ。
これがあれば、素敵なアクセサリーが作れるかもしれない。
「シルヴィオ様、これもっとありますか?」
「ええ! 波打ち際にたくさん打ち上げられていますよ!」
「拾いましょう! オスカーさん、食後の運動ですよ!」
「また私か!?」
私たちは夕食後、ランタンを手にビーチコーミング(漂着物拾い)をすることになった。
白い砂浜に、星屑のように散らばる虹色真珠。
それを一つ一つ拾い集める作業は、宝探しのようで心が躍った。
「……綺麗だな」
隣で一緒に拾っていたレンさんが、拾った真珠を月にかざして呟いた。
「でも、君の瞳の方が綺麗だ」
「……っ!」
不意打ちの口説き文句に、私は真珠を取り落としそうになった。
レンさんは悪戯っぽく笑い、私の髪に真珠を一粒、髪飾りのように挿してくれた。
「よく似合ってる。……愛しているよ、フローリア」
「も、もう……レンさんったら」
私たちは月明かりの下、波音を聞きながら寄り添った。
お腹の結晶ちゃんも、静かに、でも力強く『シアワセ』と伝えてくる。
ここは本当に楽園だ。
誰にも邪魔されない、私たちだけの聖域。
……と、思っていたのだが。
「あー、テステス。聞こえるかい、カボチャ娘」
突然、私の首元のペンダント――マリーナさんから貰った『法螺貝』の通信機が震え出した。
マリーナさんの声だ。
「はい、聞こえてますよ。どうしました?」
『アンタたちが向かった島の方角から、とんでもない魔力反応が出てるんだよ。……もしかして、もうリゾート完成させちまったのかい?』
「ええ、一通りは。快適ですよ」
『ははっ、仕事が早ぇな! ……で、忠告だ。その島の近くの海域に、妙な船団が向かってる』
「船団?」
『ああ。旗印は……「神聖教団」。アンタの作った野菜を「悪魔の果実」だと決めつけて、浄化しに来るつもりらしいよ』
神聖教団。
聞いたことがある。
極端な自然崇拝を掲げ、魔法による品種改良を「神への冒涜」として敵視している過激な宗教団体だ。
どうやら、港町での騒ぎ(魔魚を野菜で倒した件)を聞きつけて、私を異端認定しに来たらしい。
「……面倒な連中が来たな」
レンさんが顔をしかめる。
「せっかくの胎教旅行だというのに、次から次へと……」
「大丈夫ですよレンさん。ここには最強のセキュリティがありますから」
私はニッコリと笑った。
結界だけじゃない。
この島には、私が植えた植物たちがいる。
それに、海には私の味方をしてくれる海藻たちもいるのだ。
「来るなら来ればいいです。私の野菜の美味しさで、改宗させてあげますから!」
私の言葉に、レンさんは「頼もしい妻だ」と笑った。
翌朝。
水平線の向こうから、白装束の集団を乗せた船団が現れることになる。
しかし、彼らはまだ知らない。
この島が、常識の通じない『魔境リゾート』であることを。
そして、ここで振る舞われる朝食(虹色真珠入りのクラムチャウダー)が、彼らの信仰心を揺るがすほど美味しいことを。
マタニティ・ライフ第3章、宗教勧誘(物理)編のスタート……にはならないだろうけど、迎撃準備は万端だ。
「マリアベルさん! トウモロコシ・キャノン(迎撃用)の配置をお願いします!」
「任せなさい! 聖女の慈悲(物理)を叩き込んでやるわ!」
平和な無人島の朝は、賑やかに始まった。




