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第84話 行動開始

 ルルアンリに連れられ、シャルハートは学園長室までやってきた。

 入室するなり、彼女は深刻そうな表情でこう言った。


「グラゼリオが姿を消したわ。どこにもいないの」


「……『入れない棟』だ。多分、グラゼリオはあの『入れない棟』の中にある『常識喰らいの大杖(おおづえ)』を押さえた」


 その単語を聞いたルルアンリの表情が真っ青になる。


「まさか!! いえ、それよりも貴方はどこで聞いたのその情報を!?」


 一瞬だけエルレイを庇うための嘘を考えたが、これは非常事態。必要以上に彼女へ被害がいかないように、出来るだけ言葉を選んだ。


「そうですね……事の発端はエルレイさんが『入れない棟』の入り口を見つけた事から始まります」


 エルレイがまず見つけたこと。シャルハートがその探検隊の一員になったこと、他にもミラやアリス、そしてサレーナやリィファスもそれに同行したことを手始めに喋った。


「え、エルレイ・ドーンガルドさんか……。流石は勇者の娘とでも言えば良いのかしら? とんでもない嗅覚ね……」


「ええ、まあ私もそう思います。……多分何か特殊な力を使ったわけでもなく、単純に勘で見つけたのですから」


「規格外ね」


 シャルハートは話を続ける。

 そこで待ち構えていたルルアンリのものと思わせる防御機構と一戦交え、破壊したことを報告すると、ルルアンリは卒倒しそうになっていた。

 その時に『常識喰らいの大杖(おおづえ)』を確認し、想像以上の代物だったのでその時点で撤退。その後、時間が経てば防御機構が戻ると確信していたシャルハートはその場で待機することを選択する。


「……色々と、理解したわ。色々と言いたいことはあるけど、まずはこれから言おうかしら……」


 腕を組んで聞いていたルルアンリがシャルハートの元まで近づいていく。


「どうして私渾身の防御が破壊されるのよ!? 大人しく死になさいよ!」


「死んでたまるかっ!」


 哀れにも迷い込み、命の危険に晒された生徒へ対する態度ではなかった。

 やはり自分至上主義のルルアンリ。言うことが違う。

 シャルハートは思わず昔の口調で返していた。一瞬だけルルアンリの表情が険しくなったことに彼女は気づいていなかった。


「……私が作った防御は最高だという前提があった。だからこれは色々重なった事故だということにしましょう。この際、シャルハートというイレギュラーについて何も考慮していなかった私のミス。だからこそ、リカバリーの手立てを考える」


 デスクの(へり)に腰掛け、ルルアンリは再び腕を組み直す。


「とりあえず現状を整理しましょう。グラゼリオの目的は前から分かっていた通り、古の魔王ゼロガの復活。そのために『常識喰らいの大杖(おおづえ)』を必要とした。そしてそれを彼が手に入れたとして、一体どこに消えたのか……」


 するとシャルハートは指を下に向けた。

 一瞬何をやっているか分からなかったが、次の彼女の言葉でそれを理解した。


「ここです。このクレゼリア学園にいます」


「……冗談でしょ?」


「いいえ冗談じゃありません。グラゼリオの魔力は既に掴んでいます」


「……まさか、『位置追跡(トラッキング)』?」


「はい。そのまさかです」


 こと魔力の扱いに関しては一家言持つ女シャルハート。既にグラゼリオの魔力は彼女が仕掛けた追跡魔法によって完全に掴んでいた。

 それによれば、彼は『入れない棟』の中にいるだろう。否、確実にいる。

 すぐに場所を移さない辺り、グラゼリオはもはや逃げる気など無いのだろう。


「それなら私がすぐに――」


 飛び出そうとするルルアンリの前に、シャルハートが立ち塞がった。


「ルルアンリ先生が行く必要はありません。私がグラゼリオを止めに行きます」


「いいえ、貴方の役目は終わりました。ここからは大人に任せて頂戴」


「それでも、です」


 シン、と室内が沈黙に包まれる。

 お互いによく分かっていた。どちらも引く気はないということを。

 だからこそ、二人は一歩前に出る。


「殺されるかも知れない相手の所にみすみす行かせるつもりはないわ。ましてや貴方は子供。これ以上の理由はないわ」


「その子供に自慢の防御をぶち壊されたのはどこの誰でしょうかね?」


「あ?」


 すぐに口を手で塞いだルルアンリは再びシャルハートへ鋭い視線を送る。

 それを見ていたシャルハートは『戻った』と感じていた。元々ガラが悪い人間なので、むしろよくここまで持ちこたえられたなと褒めたいぐらいである。

 ようやく彼女に対しての調子が戻ってきたシャルハート。故に、遠慮はいらない。


「シャルハート、どうしても行くつもりなら私は貴方を止めなければならないわ」


「構いません」


 そこでとうとうルルアンリの堪忍袋の緒が切れた。

 見逃していた部分が積もりに積もり、ルルアンリのイライラは最高潮に達した。



「い い 加 減 に 弁 え ろ」


「出 来 る か よ。こっちは友達に手出されてるんだ。きっちり分からせなきゃいけないんだよ」



 その『眼』を見たルルアンリは息を呑んだ。

 どうしても重なる。『あの男』と。

 圧倒的な力、どんな逆境にも立ち向かえる不屈の精神。敵だったとはいえ、その姿にはある種の尊敬すら覚えていた。

 思わず、ルルアンリはその名を口にしていた。



「――――ザーラレイド」



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