第77話 疑念爆発
周囲を確認し、これ以上の追撃はないと断定したシャルハートはとりあえず皆を一箇所に集めることにした。ルルアンリのことだ、ここまで来て新たな一手が来ないとも限らないからだ。
「シャルハートさん、大丈夫!?」
「ん、無事だよ。ありがとうミラ!」
ミラに抱きつき、先程の戦闘で消失した『ミラ成分』を吸収する。この一杯のために戦ったと言っても過言ではない。シャルハートの胸には、確かな達成感があった。
そんな二人を見ていたアリスの目は少し鋭かった。
しばらく見つめていた彼女は意を決し、シャルハートへ歩み寄る。
「重力魔法」
「偶然、たまたま、出ましたね! それがどうしたんですか?」
そんな訳あるか、とアリスは声を大にして叫びたかった。重力魔法の難易度はアリスも良く知っていた。その上で断言しよう。
――学園の生徒如きが手を出せる魔法じゃない。
求められる魔力量、制御能力、そして精神力は少し修行した程度じゃ一生届かない領域だ。
それをたまたま出た? 馬鹿にするな。それは運の領域ではない、実力の領域だ。
アリスは自分が拳を握り込んでいたことに気づいていなかった。
勇者の娘として、アリスは常に研鑽を積んでいる。多少の相手には負けない自信がある。
なのに、目の前に立つシャルハートにだけはそんな自信が一ミリも湧かないのだ。
屈辱、という言葉では生ぬるい。
「重力魔法はたまたまなんかじゃ出ません。そうでしょサレーナさん?」
アリスと目が合ったサレーナはすぐに頷いた。
「使える人間は限られている。それぐらい難しい魔法。流石はシャルハート、今度はそれ使って戦おう」
それを好機と捉えたシャルハートはすぐにサレーナの調子に合わせる。
「オッケー! けどさっきのは偶然だったし、次も――」
「ふざけないでください!」
シン、と室内が静まり返った。
その怒声を受けたシャルハートは、気持ちを切り替える。
「ちょ、ちょっとアリス~。何も怒鳴らなくたって……」
「エルレイは黙っていて。……シャルハートさん、ここを出たらお願いしたいことがあります」
「……良いですよ」
何を言うか、おおよその想像がついているシャルハートは内容も聞かずに即答した。
「ありがとうございます。怒鳴ってしまってすいません」
「いいえ、それよりもあの杖のことを話しても良いですか?」
アリスが頷き、他の皆も無言で了承したので、シャルハートは杖へと近寄った。
「結論から言います。これは魔法具です。しかも国の運命を左右するレベルの超弩級魔法具」
「……国の運命を左右する? もしかして」
考え込んでいたリィファスが答えに辿り着いた、とばかりに顔を上げた。その表情には僅かな恐れが見られる。
「リィファス様、知っているんですか?」
「父上から聞いた話通りの物ならね。確かにそれは杖だ。かつて世界を震撼させた大賢者『ワイズマン・セルクロウリィ』が作り上げた至高の魔法具の一作とされている」
その名にアリスは反応した。
「わ、ワイズマン・セルクロウリィ様!? ならこれがワイズマンシリーズの一つ、『常識喰らいの大杖』……!」
「ワイズマン・セルクロウリィ……?」
「しゃ、シャルハートさん知らないの!?」
ミラに驚かれるが、知らないものは知らない。少なくとも世界を相手に戦っていたのでそんな情報を仕入れる機会もなかった。……その時代から常識レベルの偉人ならば、それはただのシャルハートの勉強不足ではあるが。
それを見ていたサレーナが説明をしてくれた。
ワイズマン・セルクロウリィ。
端的に言えば、人間や魔族といった人類の能力の上限を破った人間と呼ばれている。
超人、神の使い、世界が生んだ意思、導き手。様々な名で呼ばれているが、その中で最もメジャーな呼ばれ方が先程の“大賢者”。
特に魔力においては無限大とされ、放てぬ魔法は無いとされた。
彼が動くということはそのまま世界が動くことを意味する。
サレーナの説明に皆が頷く。
だが、そんな説明を聞いてもなお、シャルハートはピンと来なかった。
ザーラレイド時代よりも前の人間だったらしいので、単なる勉強不足ということが確定した。少し、恥ずかしくなったシャルハートである。
「と、とにかく! それならここの防衛レベルが高い理由が分かったよ」
ルルアンリが本気で防衛をしようとしていたのがようやく理解できた。
それならば、一つ問題が出てきた。
「……どうしよう。防御ぶっ壊しちゃった」
ここの防衛は時間が経てば復活するタイプだが、それには幾ばくかの時間を要する。
「る、ルルアンリ様に謝ったほうが……」
「それよりかは、ここの封印が復活するまで見守っていたほうが良いかもね。ざっと一時間くらいで復活すると思うから一度外に出て、ここを見張ることにするよ」
シャルハートの見立てはほぼ正確であった。
一時間、というのは長いように見えてこのレベルなら爆速と言って差し支えないだろう。ルルアンリの能力がそれほどまでに高いという証拠である。
「そういうことならば、私とエルレイが見ています」
「ええっ!? ボクも!?」
「当たり前でしょう。元々は貴方発端なんですから。私も一緒に責任を取るので、大人しく一時間見張っていましょう」
アリスの言葉には一つも間違ったところがなかったので、エルレイは言い返す事が出来なかった。
エルレイが頷いたことで話が纏まったので、一行は外を目指すことにした。
階段を上がっている最中、ミラがこそっと耳打ちをする。
「ねえシャルハートさん、さっきの……アリスさんとのことは大丈夫?」
「うん。私も少しおちゃらけが過ぎたみたいだから、良い反省のキッカケになったよ」
「あ、アリスさんも悪気があってシャルハートさんのことを怒鳴ったわけじゃないと思う。思う……から、アリスさんとちゃんと話をして欲しいな」
ミラが真剣な顔でそう言った。そんな彼女の言葉を、シャルハートは重く受け止めた。
(アリスさんはきっと私に――)
もしそうなら、シャルハートの選択は決まっていた。




