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第73話 階段の向こうには

 エルレイを先頭に一行は石造りの階段を降りていた。階段の幅は二人が並んで歩けるほど、天井の高さは思い切りジャンプすれば届くくらい。左右の壁に魔法石が等間隔で埋められており、歩く度に発光する。光量も十分なので少なくとも転ぶことは無さそうだ。

 シャルハートは歩きながらぼんやりと考えていた。歩いていると、先日のチュリアの迷宮を思い出す。前回はマァスガルドといういきなり弩級の戦力が出てきた。

 ならば今回はどうなのだろうか。


「何か今度はドラゴンでも出てきそうですよね。あっはっは」


「シャルハートさん、笑い事じゃない……笑い事じゃないよそれ……」


 ミラが顔を真っ青にしていた。

 大事な彼女にそのような顔をさせてしまったことに対し、シャルハートは一気に気持ちが落ちてしまった。


「み、ミラを怖がらせてしまった。よしちょっと死んで転生してくる」


「それも笑い事じゃないよシャルハートさん……」


「ミラだけだよ。私にこれほどまでのダメージを与えられる人間は……」


 その話題に反応を示したのはサレーナだった。彼女はすぐにミラの隣に陣取り、ファイティングポーズを取る。


「ミラ、強い? じゃあ今度私と戦おう」


「サレーナさん、目を輝かせている所ごめんね? 私、戦えないからね? お料理くらいしか出来ないからね?」


「サレーナ? 私の大事なミラを傷つけたら許さないよ? というか戦ってもし怪我させちゃったらお弁当食べられなくなるよ」


「――私の負け。ミラが強い」


 既にミラに胃袋を掴まれているサレーナにとって、その可能性はまさに死活問題。とっくの昔にサレーナはミラに逆らえないのだ。


「皆さん、遊んでないで気を引き締めてください。もし何かがいたら大変ですよ」


 模範的優等生であるアリスは毅然とした態度で叱責する。後ろを歩いていたリィファスは余りにもアクが強いメンバーを前に苦笑するだけしか出来なかった。


(……それにしても)


 雑談をしている皆をよそに、シャルハートはこの先に何があるのかを思案していた。

 今時点での感想を言えば、肩透かしである。

 あれだけ堅固な守りを施していたのだから入った時点で危険な目に遭うことまで想定していたというのにも関わらず、全く何も起きていないのだ。

 然るべき防御を施すには理由がある。なので物理的か魔力的かはさておき、必ず何か防衛機構が働いて当然。

 しかし、何も起きていない。


(良いパターンと悪いパターンがある。良いパターンは昔の防衛機構がそのまま動いていただけでこの先には何もないというオチ。そして悪いパターンは……)


 そこでシャルハートは考えるのを止めた。悪い想像は顔に出る。マイナスな空気は全体の士気に関わってくる。

 何があっても、己が対処をする。シンプルな方向に考えをまとめ、シャルハートはやる気を新たにする。


「あ! 空気が変わった!」


 アリスが喜ぶエルレイの背中に声をかける。


「空気? どういうことなのエルレイ」


「何かこう、空気が濃くなった気がする!」


「……貴方に聞いた私が馬鹿でした」


「ん? バトルの合図、それ?」


 いきなり回れ右をし、両腰の剣に手をかけたエルレイ。それに呼応するようにアリスも腰の剣へ手を伸ばす。

 その時、シャルハートが指を鳴らした。


「はい二人ともストップですー。何かあったら動かなきゃなんですから、余計な体力は使いませんよー」


 光を思わせる速度で発動した『拘束(バインド)』が二人の動きを一時的に拘束する。発生速度に魔力リソースを使ったため、拘束時間はほんの少しの間。

 だが、その時間は二人の頭を冷やすのには十分だった。


「シャルハートさんの言うとおりですね。こんな所で無駄な体力を使うべきではありません」


「ぶー。戦えると思ったのに~。でもそうだね! いざとなって動けなくなったら困るもんね! ありがとうシャルハート!」


 シャルハートの目にはエルレイとディノラスがダブって映った。流石は娘である。普段は聞き分けが良いのに、いざ戦闘となると思考能力が本能に支配される。良い面でもあり、悪い面でもあるだろう。

 そんな事をしている内に、階段が終わりを迎える。


「あ! なんだろうあれ!」


「台座……?」


 広間に出た。壁や天井全てが明るめの白だった。目がチカチカするような空間の中央には台座らしきものがあった。三階層構成。大きな正八角形を下にし、徐々に小さくなった正八角形が積まれている。素材は滑らかで磨けば鏡のように光るだろうことが予想される石材。

 しかし、それよりもシャルハート達の目を引くものがあった。


「……何あれ? 杖?」


 台座の頂点に刺さっている細く長い棒状の物体。先端には三つの突起がついている。その突起の根本一つ一つに埋め込まれている魔石から、シャルハートはそれを魔法行使を補助する杖と断定した。

 その造りを見て、彼女は内心驚いていた。


(何だあの杖……途方も無く作り込まれた杖だ。あれならどんな高難度魔法でも『火炎(フレア)』を使うように容易く使えてしまう。それだけの魔力ブースト機能、それに高性能なアシスト機能……使い方次第では一日で一国を滅ぼせちゃうかもな)


 自分なら五分ほど貰えればすぐだけどね、とシャルハートは謎の対抗意識を燃やす。


「……皆、ちょっと動かないでもらっていいですか?」


 あの杖は異常だ。異常すぎて誰も、サレーナでさえ気づいていない。

 そうなるとあの杖のことを正確に理解できる己が全力で気を回さなくてはならない。

 外の過剰な防御の理由がようやく分かったからには何事もなくこの状況を越えなければならない――シャルハートは軽く両頬を叩いた。

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