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第63話 死闘後の事情聴取

 その後の話である。

 グラゼリオとシャルハートはそれ以降、何も喋ることなく『チュリアの迷宮』を出た。

 ミラ達に心配されたが、そこは代表してグラゼリオが上手く誤魔化してくれた。

 本来ならば、すぐにでも何があったか事情を聞く場面だ。

 しかしルクレツィアとグラゼリオの判断で先日はすぐに皆、家へと帰された。詳しい事情は後日聞くということだった。

 とにかく身体を休める事が大事だと、グラゼリオはいつもどおりクールな表情を浮かべながら言ったのだ。

 そして、今日がその事情聴取の日。


「ドキドキするねシャルハートさん」


「うん、本当にドキドキする。……色んな意味で」


 『学園長室』とプレートが貼られた扉の前に立つのはシャルハートとミラ。後でリィファスやサレーナ、そしてアリスとエルレイも来るらしい。

 それについて、シャルハートはホッとしていた。ルルアンリと二人きりになるのなど死んでも御免なのだ。


「……今なら何か理由つけたらこの場から去れるかな?」


「だ、駄目だよシャルハートさん! ここまで来ていなくなろうと考えるのは遅すぎるよ!」


「だよねー。じゃあ覚悟も決まったし、先に入っておこうか」


 そう言いながら、シャルハートは扉へ手を伸ばした。

 だが、ドアノブへと伸びた手は空を切る。


「シャルハートさん、ミラさん。早かったわね」


 見計らったようなタイミングでルルアンリが扉を開けたのだ。思わぬ出来事に、つい前のめりになるシャルハート。


「あらシャルハートさんはそんなに私の事が好きなの? わざわざ胸に飛び込んできてくれるだなんて」


 シャルハートは大きな胸にダイブする格好となってしまった。誰のせいでこうなったのかと抗議の一つでもあげたかったが、ミラがいるのでその辺りは空気を読み、言葉を飲み込んだ。

 そんなシャルハートの耳元にルルアンリが顔を寄せる。長めの灰色髪がシャルハートの鼻をくすぐった。


「ま、狙ってやったんですけどね」


「で し ょ う ね」


 ルルアンリ・イーシリア。

 ザーラレイド(昔)の時といい、シャルハート(今)の時といい、人の神経を逆撫でするのがとても得意な人間なのだ。そして何よりしつこい。戦闘になれば無限に追いかけてくるので、撒くのが本当に手間だった。

 しみじみとシャルハートが思い出していると、ルルアンリがいつの間にか二人の間に入り込み、肩を掴んでいた。


「さぁ先客もいるから早くお入りなさい」


「先客? 先客って一体……」


 セミロングの黒髪が目に入った。そして次に目に入ったのはその整った顔立ち。

 応接用の椅子に座っていたのはマァスガルド・ローペンワッジ。昨日シャルハート達と死闘を繰り広げたレクレフリア王国が誇る精鋭部隊『白銀三姉妹』の長女である。土や埃塗れだった服から一転、レクレフリア王国の紋章である翼の付いたベルが縫われた軍服を身に着けていた。


「マァ、一番手が来たわよ。シャルハート・グリルラーズとミラ・アルカイトね」


 彼女はシャルハートとミラを見るなり、すぐに起立した。


「昨日ぶりだな。シャルハート殿、ミラ殿」


 そしてすぐにマァスガルドは二人へ頭を下げた。


「え、ま、マァスガルドさん!?」


「まずは二人に()びたい。シャルハート殿、そして特にミラ殿。レクレフリア王国の騎士として、そして魔族として、道から外れた事を行ってしまった。詫びて許される簡単な話だとは思っていないが、それでもマァスガルド・ローペンワッジは二人に心からの謝罪をしたい。申し訳なかった」


 突然のことにミラが慌てる。


「い、いえ! マァスガルドさんも色々と事情があったみたいだし、私はちゃんと理由が聞かせてもらえれば、それで良いです!」


 マァスガルドを(おもんばか)ろうとする彼女を見ていたシャルハートは、つくづく優しい子だと惚れ直す。

 圧倒的勝利を収めたシャルハート(自分)ならともかく、ミラは殺されかけていたのだ。実際、シャルハートが回復魔法を行使するのが遅かったらミラは助からなかっただろう。

 その事実を認識しているのかいないのか、それを問いただすのは野暮だとは思いつつも、それでも聞いてみたかった。


「ミラはそれで良いの?」


「え、うん。いいかな? だってこうやってマァスガルドさんはちゃんと謝ってくれたんだし!」


「やっぱりミラは強いね。私よりも強いかも」


「え、私が!? ないない! ないよ! シャルハートさんの方が何万倍も強いよ!」


 シャルハートは首を横に振り、ミラの胸辺りを指差した。


「ソコだけは、ミラには敵わないよ」


「こほん。さてイチャイチャも良いけど、そろそろ座りなさい。ほら、マァも座って」


 マァスガルドはジッとルルアンリを見つめる。


「了解した。……しかしルルアンリ殿、こういった場で“マァ”という愛称は止めてもらえないだろうか。ミィスガルドやムゥスガルドだって(わきま)えているぞ」


「次女と三女の教育が行き届いている証拠じゃない。喜ばしいことよ」


「……貴方と喋っていると何だか力を吸われていくようだな」


 そこでシャルハートは確信していた。マァスガルドもルルアンリの玩具になっているのだと。

 ルルアンリは誰にでもこうなのだ。イジれそうな人間を見つけたら、自分が満足するまでイジり倒す。ちなみにアルザやディノラスも彼女の餌食になっている。


「ところでシャルハート殿、皆が揃う前に先に聞いておきたい事があるのだが」


 マァスガルドは真剣な面持ちでシャルハートへ声をかける。

 対するシャルハート、次に言われる言葉を何となく察していた。


「単刀直入に聞きたい。君が単独で私を止めてくれた――そう、昨日あの迷宮を出る際にリィファス王子から聞いたのだが、これは本当なのだろうか?」


 ルルアンリが目を細める。

 それを見逃さなかったシャルハートは一瞬で言葉を考える。これをしくじれば、きっと面倒なことになることが分かっていたから。


「ええ、私が止めました」


 直球勝負。下手に誤魔化せば、ルルアンリは一生食い付いてくる。ならば、さっさと喋って切り上げるほうが得策と判断したのだ。


「……やはり、そうなのだな。実はあの仮面を付けている間の記憶は朧げながらあるのだ。……ミラ殿を殺しかけたことも覚えている。そして、シャルハート殿に真っ向から打ち倒されたことも」


 マァスガルドはちらりと腰に差している白銀の剣へ視線を落とした。

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