第58話 圧倒、叩きつけられる現実
五対一の戦いの火蓋が切って落とされた。
打ち合わせ通り、まずはアリスとエルレイが仮面の女性へ斬りかかる。
アリスが上段から切り下ろし、エルレイが下段を薙ぎ払う。昔からの付き合いが生んだ不可避のコンビネーション。
これへの対処法は後退することのみ。
その回避行動の隙を突き、一気に仕留めるというのがアリスの中の計画だった。
しかし、仮面の女性はそうしなかった。
エルレイの薙ぎ払いを右足で踏みつけ、アリスの上からの斬撃は真正面から受け止める。完全に攻撃を見切っていなければ不可能な防御。
「……っ!」
アリスは歯噛みし、悔しげな表情を浮かべる。
――ここまで“差”があるのか。
口には出来ない事実が彼女へ重くのしかかる。
「ァァ……!」
女性の空いた左手に魔力が収束する。何かしらの攻撃魔法の気配。
一刻も早く離れたいが、既に女性の間合いに入っているため、容易くは逃げられない。
その時、女性の背中に炎の球が直撃、小さな爆発を起こした。
「あ、アリスさんエルレイさん! 早く!」
攻撃の主はミラだった。丁度、女性の死角に位置取っていた彼女はアリス達の危険を察知し、咄嗟に『炎球』を撃ち込んだのだ。
殺さないように威力を抑えられているとはいえ、無防備に食らったせいで仮面の女性の力が一瞬緩んだ。
「エルレイ」
「合点承知」
押さえつけられていた双剣を素早く引き抜いたエルレイは高く跳ね上がり、その身を縦回転させる。勢いのままエルレイは剣を何度も叩きつけた。身軽なエルレイだからこそ為せるアクロバティックな攻撃。
仮面の女性の防御態勢は崩れない。
あともう一手が欲しい。誰かいないか。
――いた。その硬直を見逃さずに行動できた人間がいた。
「『聖光』!」
リィファスの掌から白と新緑の色が螺旋となった光線が放たれる。王子リィファスもアリス同様、光の魔法を扱えたのだ。
女性の脇腹に光線が直撃する。一瞬踏みとどまろうとした女性だったが、直ぐに光線の圧力に耐えきれず、吹き飛んだ。しかし彼女は宙空でバランスを取り、危なげなく着地を成功させる。
一瞬ガクつく女性。
それを確認したサレーナは迷わず追撃を選択した。
組んだ両手を前に突き出すと、氷が手に集まり、やがて氷は小型の竜の頭へと形を変えた。大きく開いた竜の口に青白い魔力の光が収束する。
「『氷竜の吐息・易』……!」
以前の『氷竜の吐息』に比べると威力は格段に落ちるが、それでも対人用としては未だ絶大な威力を誇る。
全てを凍てつかせる暴力的な死の旋風が真っ直ぐに仮面の女性を呑み込まんと襲いかかる。
「流石にこれなら……!」
その威力を見て、既に下がっていたアリスは勝ちを確信する。
攻撃速度を考えたらもう間に合わない。五人がかりで掴んだ勝利の予感。
エルレイも、ミラも、リィファスも、そして術者であるサレーナも、全ての人間がそう思った。
次の瞬間までは。
「――!」
女性の握っていた白銀の剣が不可解な輝きを見せる。
無造作に剣を振るうと何ということだろうか。暴力を秘めた吹雪が白銀の剣に阻まれ、女性に当たらぬよう、左右に分けられてしまったではないか。
それを見たサレーナは、すぐにその剣の効果だということに気づいた。
「あれはまさか、対魔力防御の効果を宿した剣……! っ!?」
目の前に仮面の女性がいた。あの距離からどうやってここまでやってきたのか、それは既に考えていなかった。
それ以上に察することが出来たことはただ一つ。
「サレーナさん!?」
焦りで染まったミラの声も既に届かないサレーナ。ただ目の前に迫る剣の行方を追っていた。
「……まだ本気じゃなかった、ってことか」
サレーナの意識はそこで途切れた。
「サレーナ! よくも!」
倒れたサレーナを目にしたエルレイは、大きく跳び上がっていた。今度は独楽のように身体を横回転させ、剣を叩きつけようと試みる。
しかし、女性が繰り出す蹴撃の方が早かった。
「ぁ……かは……」
槍のように突き出した蹴りがエルレイに突き刺さる。身体をくの字に曲げ、しばし静止した彼女の身体は地面へと吸い込まれていった。
「エルレイさん!」
「ォォォォ!」
リィファスへと顔を向けた女性。エルレイの腕を掴み、リィファスへ放り投げる。中々の速度。これを避ければ受け身の取れないエルレイが重症を負うことは目に見えていた。
選択の余地はない。
「くっ……!」
剣を地面に刺し、エルレイを受け止めるリィファス。直ぐに地面に降ろし、剣を取ろうと手を伸ばす。
しかし、先に柄頭を押さえていたのは仮面の女性であった。
「剣が無くても僕には魔法が……!」
リィファスが女性へと掌を向けようとするが、時既に遅し。彼の腕を掴み、捻じり上げていた。
「うあぁぁぁ!!」
耐え難い激痛にリィファスは叫び声をあげる。そしてそのまま彼女は剣の柄頭で彼を殴りつけた。痛みに顔を歪ませながら、彼はそのまま意識を闇へ落とす。
三人。
女性があっという間に沈めた人数だ。
残るはアリスとミラだけ。
「み、皆……」
ミラが戦意を失いかけているのを横目に、アリスはまだ戦う意志を枯らしておらず、剣を構え直す。視線は白銀の剣へ。
(薄々勘付いていたけど、まさか本当に手を抜かれていたとは)
あまりにも動きが違いすぎる。今までのは遊ばれていたと見て、もう疑いの余地はない。
気づけば女性の剣が閃いていた。防御するので精一杯だったアリスは一瞬ミラを見やり、彼女から距離を離すようにあえて前進した。
迷っている暇はないアリスは斜め下からの斬り上げ、そこからの突き、そして薙ぎ払った。先程と同様、女性は真っ向から避け、迎撃をする。
「まだ……まだぁ!」
圧倒的技量。後半になってくると、もはや予知のレベルで攻撃の“起こり”を潰されていた。
いつの間にか逆転する攻防。
その終わりはあっけないものだった。
「ぐぅ……!」
アリスの腹に、女性の鋭い蹴りが突き刺さっていた。鋭く、重い。胃の中の物が全部出そうになった。思わず崩折れる。完全に晒した無防備。
女性が剣を振り上げる。その白銀の輝きが、今は死を暗示させる不吉な凶光へと変わっていた。
「――」
無感動に、女性は剣を振り下ろした。
アリスは腕を交差させ、防御の姿勢を取った。もう意味はないのに、せめてもの抵抗だった。
その時だった。
「アリスさん!!」
ミラの声がした。同時に、アリスは彼女によって突き飛ばされた。
「っ……ミラさん」
背を向けるミラ。直後、彼女の背中から鮮血が吹き出した。




