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第56話 暴力、解き放たれる

 シャルハートはまずどういう対応をしたら良いか悩んだ。

 ザーラレイド時代の経験で言うなら、怪しきものは即攻撃。だが、今はそういう時代ではない。


「こんにちはー! 何でお姉さん、そこで縛られているのー?」


 凄まじい胆力と言えば良いのだろうか、エルレイが真っ先に手を振りながら、近づこうとする。

 止めるべきか、一瞬思考を巡らせたが、もし本当に悪質ならもう攻撃を仕掛けてくるはずだ。

 甘い。シャルハートはいつからこんなに甘くなったのかと自省する。

 シャルハートは念の為、エルレイのカバーに入れるような距離を位置取った。


「入、る……な……!」


 初めて女性から聞くまともな言葉。呻き声だけではなく、コミュニケーションが取れる存在であることが分かった。


「何で? 今その鎖を解いてあげるよ!」


 断じて言うが、これから起こることに対して、エルレイに落ち度はなかった。ただ、エルレイに知識が足りなかっただけ。

 そして、この“罠”を仕掛けた者が悪辣なだけだった。

 エルレイが女性へ近づくのを見守るシャルハートは、何か境界線のような物を地面に見つけた。

 チョークで描いたような線ではない。これはそう、


「魔力的な――エルレイ、駄目だ!」


 敬称を付けることすら忘れ、“ザーラレイド”でシャルハートは叫んでいた。


「え――」


 だが、遅かった。

 魔力で構成された線が強烈な発光を見せたと思ったら、エルレイが大きく弾かれていた。すぐにアリスが彼女を受け止める。

 シャルハートはそれが魔力的な攻撃と判断し、防御魔法を展開しようと試みる。

 その時だった。


「なっ……!」


 放出された魔力線が突然シャルハート目掛けて襲い掛かる。いきなりのことにシャルハートの防御が一瞬だけ遅れてしまった。


「くそ……しくじった」


 魔力線が彼女を包み込み、球体へと姿を変える。


「シャルハートさん!?」


 ミラの声を最後に、シャルハートの視界が遮られる。暗い。だが完全な闇、という訳ではない。まるで深夜の空のように。小さく無数の星がシャルハートの頭上に輝く。

 この現象に対し、彼女は確実な答えを持ち合わせていた。


「……空間拘束魔法『星見の(スターリー・スカイ)』。魔力によって生み出された空間に対象を移動、そして封じ込める上級魔法だったな」


 前方に手を(かざ)したシャルハートはおもむろに攻撃魔法の準備をする。


「『剣の通り(ソード・オブ・レイニー)』」


 その瞬間、中心のシャルハートを避けるように“大豪雨”が起こる。

 絶え間なく降り注ぐ音、剣が突き刺さる衝撃。さながら滝のように魔力剣が降り注ぐ。

 魔力剣の本数、百や千では済まない。そして、既に数えることは非現実的である。

 人間や魔族、魔物がこの絶殺空間にいたとすれば――おそらく形すら残らないだろう。

 時間にして丁度一分。雨が止んだ。

 しかし、空間には何ら変化はない。

 シャルハートは形の良い顎に指を当て、思考を開始する。


「うん、まあこんなジャブ程度の攻撃でぶっ壊せるとは思ってなかったけどさ」


 そう言うシャルハートの表情に悔しさや諦めといった色は見えなかった。むしろ、口元には笑み。


「認めるよ。この空間拘束魔法は素晴らしい出来だ。常人ならこの効果が解除されるまで待ちぼうけを食らうことになるはずだ」


 『星見の(スターリー・スカイ)』は時限式の魔法だ。無限ではない。

 この魔法の魔力構成を見るに、拘束から解かれるのはざっと見積もって“一時間”。

 解除されるまで待つのもやぶさかではない。ここに危険な相手がいて、そしてミラがいなければ。

 シャルハートは目を閉じる。


「気に食わない。勇者の娘であるアリスやエルレイを差し置いて、あの魔法は私を狙い撃ちにした。つまり、私に何か動かれたら困るんだ」


 胸騒ぎがする。同時に、“怒り”を覚えた。

 開眼したシャルハートの紺碧の瞳からハイライトが消失していた。



「こ の “ 不 道 魔 王 ” を 舐 め る な よ」



 何より怒りを感じたのは、“この程度の魔法”で自分を閉じ込められると術者が甘い見積もりをしたことに対してだ。



 ◆ ◆ ◆



「シャルハートさん! シャルハートさん!」


「駄目よミラさん、集中!」


 球体を何度も両手で叩くミラの肩を掴むアリス。

 彼女の視線は、仮面の女性へと向けられる。

 四肢の鎖、そして魔力的拘束にヒビが入っていき、それらはやがて粒子となって消えていった。


「ァァァァ!!!」


 仮面の女性が側に刺さっている剣に手をかけた。刀身から柄まで白銀。鍔には宝石が埋め込まれている。戦闘用の剣、と言うよりは何かの美術品と言われても頷ける美しさがあった。

 彼女が剣を構える。


「――! エルレイ、そっち行った!!」


 アリスが声を上げた。


「えっ――!?」


 それは幸運に近かった。

 エルレイが本能で双剣を盾のように構えたのと、仮面の女性が剣を真横から振り抜いていたのは、ほぼ同じタイミングだった。


「何のぉー!!」


 飛ばされるエルレイ。だが、超人的なバランス感覚を以て、宙空で身を捻らせ、態勢を立て直す。

 すぐに地面へ双剣を突き立て、斬撃の威力を殺し、完全に停止する。


「『氷の(アイシクル・ソーン)』……!」


 敵対行動を確認したサレーナ。もう様子を窺う必要はないと判断を下す。

 詠唱直後、彼女の周囲から氷の茨が何本も出現。高速で地を這い、仮面の女性へ襲いかかる。


「ォァァァァァァ……!」


 回避行動を取らない仮面の女性。代わりに、白銀の剣へ魔力を纏わせる。

 その行動を見たサレーナ、悪寒が走る。

 追撃を選択していたが即撤回。すぐに別魔法の準備をする。


「ァァァ!!」


「『防壁(プロテクション)』」


 仮面の女性が剣を地面に叩きつける。直後、魔力を纏った衝撃波が『氷の(アイシクル・ソーン)』を真っ向から粉砕し、サレーナ目掛けて飛んでいく。

 地面を抉りながら進む衝撃波は、数秒もしない内に防御魔法へ直撃する。

 保ったのは一瞬、


「壊される……」


 防御魔法の維持を諦めたサレーナが真横へ跳び、地面を転がる。

 そのまま衝撃波は壁を破壊する。


「サレーナさん大丈夫かい!?」


 リィファスの声には答えず、サレーナは飛び散る破片や抉られた地面を一瞥した。

 もし防御魔法を維持し続けていれば――そう考えたサレーナは寒気を覚える。


「ゥゥゥァァァ……」


 仮面の女性が次の相手を求め、辺りを見回す。

 そんな彼女の前へ、アリスが一歩踏み出した。


「一体何が原因で貴方がそうなっているかは分かりません。言葉を発したと思ったら、またそうやって唸るだけ。何かがあるのは間違いないでしょう。ですが――」


 直剣を抜き、構える。

 目は鋭く、唇は油断なく引き結ばれている。



「私の友人達を傷つけた罪が消える訳ではありませんよ」



 己の中の恐れを全て吐き出すように、彼女は声を大きくする。

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