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第54話 自分の気持ち

 壁に手を当て、シャルハートは目を閉じた。

 彼女が何かをすると理解したサレーナ。背中を守るように位置取りをする。


「……シャルハートが気になるってことは多分、何か面白いことが起こるっていうこと」


 そんなサレーナにつられて、ミラも可愛らしいファイティングポーズを取った。


「わ、私もシャルハートさんを守ります! ……どこまで力になれるか分からないけど」


「ありがとうミラ、サレーナ。ごめんねアリスさん、エルレイさん、リィファス様。すぐ終わらせますから」


「すぐ終わらせる、か」


 その言葉に、リィファスも前へ出た。


「なら僕も待たせてもらおうかな。一応この国の王子だからね、この先に何があるか把握しておかないと駄目だろう?」


「じゃあボクも待つ~! 何か面白そうだし! ね、アリスはどうする?」


「私は……」


 そこでアリスは言葉をつまらせた。

 優等生気質なアリスは、一刻も早く奥へと行きたかった。そして、一番に戻り、勇者の娘であることをしっかりと証明する。

 アリス・シグニスタにとっては大事なことなのだ。

 だからこそ、アリスは皆を放って一人で行く選択肢もあった。さっきのようなスケルトンならば戦わずしてもやりようはいくらでもある。


(そうだ、私は別に待つ必要はない。私はちゃんと一人でも出来る。勇者の娘として、しっかりと。だけど――)


 この思考はもう何度目だろう。

 そして、いつもこの時点で止まってしまう。


(どうして私は、皆と居たいんだろう。目的は最奥部。今すぐにでも行かなければならないのに)


 答えが出ないアリスの視線は、シャルハートの背中へと注がれていた。


(妙な封印だな)


 正しい魔力を流すため、この壁の魔力構成を読み取っていたシャルハートはそう感想を漏らした。

 結論から言うと、既にこの封印はいつでも解ける状態になっていた。

 だが、シャルハートは腑に落ちなかった。


 “簡単過ぎる”のだ。


 そしてこの簡単とは、仕掛けが単純というようなことではなく、既に答えが用意されているといった類の簡単。

 迷路に挑もうとしたら、いきなりゴールへと連れて行かれたようなそんな不愉快さがある。

 そんな疑問を一言で要約するとしたら、こうだろう。


「……気に食わないな」


 何より気に入らないのが、中途半端に封印が解かれている点。

 これではまるで、誰か気づいた者が“後は解いてくれ”と言っているようなものだ。

 だからこそ、シャルハートは乗ることにした。

 何かの影を感じるが、それを真正面から突破してこそ“不道魔王”。

 壁は重苦しい音を立て、左右に開いていく。

 その奥には通路が広がっていた。


「これは……隠し通路?」


 アリスは思わずそう口にしていた。

 何かがあるとは思っていたが、まさか隠し通路になっているとは思いもしなかった。


「……何か、奥に感じる」


 サレーナの表情は穏やかではなかった。眼を細め、奥の奥まで見透かさそうとしている。


「ふおおお! 隠し通路だ!? ね、行こうよ! ボク行きたい!」


「まあまあエルレイさん。ちょっと待ってくれないかい?」


 アリスが止めるよりも早く、リィファスがエルレイの前へと出ていた。

 彼は真剣な表情で、シャルハート達を見回す。


「シャルハートさんが首尾よく隠し通路を見つけてくれた。これは何となくの僕の想像だけど、多分この先は今回の授業とは関係ない所だと思うんだ」


 シャルハートもそれには同感だった。

 口に出さなかったが、既に他の組の魔力らが別方向へと向かっているのを掴んでいた。

 つまり、ここは寄り道も寄り道。

 下手すれば、(やぶ)をつついてとんでもない物と出会う羽目になる可能性がある。


「だから、ここからは決を取りたい。本来の目的を達成するか、寄り道するかのね」


 リィファスは手を挙げ、こう言った。


「寄り道したい人……はい!」


 真っ先にリィファスが高く手を伸ばした。


「意外ですね……リィファス王子が手を挙げるなんて。しかも寄り道の方に」


 アリスは目を丸くしていた。

 対するリィファスは照れくさそうに、頬を指で掻く。


「いやぁ……はは。実は憧れててね。友人と目的から外れた事するのって」


「あれれ? リィファス様、中々王子らしからぬ事考えてますね~? このこの」


「しゃ、シャルハートさん! リィファス様は王子様だよ!?」


 肘で小突くシャルハートを見て、ミラは顔面蒼白となった。

 この友人の破天荒な行動はいつ見ても、ハラハラさせられる。

 とはいいつつも、ミラはそんなシャルハートに付いて行きたくて。彼女はちらっと自分で挙げた手を見上げた。


「ボクはもちろん挙手するよ! もちろん両手でね! アリスはどうするの?」


 サレーナも挙手しているため、後残すところはアリス一人。

 皆の注目が集まる中、彼女は意外にもあっさりと右手を挙げた。


「良いんですか? アリスさん」


「ええ。良いですよシャルハートさん。もしお父様ならどうするか、それを考えたら行くしかありません」


 “お父様なら”。確かに好奇心の塊であるアルザならばノータイムで賛同していただろう。

 だが――シャルハートはアリスの顔をじっと見つめる。


「アリスさん“は”どうなんですか?」


「私……ですか?」


「はい、アリスさんはアルザじゃない。私はアリスさんの気持ちを聞きたいです」


「私、は……」


 いつの間にかエルレイがアリスの隣にいた。

 そして、口をつぐんだアリスの肩をがっしりと掴む。


「行こっ! アリス! 考えるより行く! これ大事だよ!」


「ちょ、エルレイ! 貴方、またそうやって考えなしに――」


 そこでアリスは言葉を止め、首を静かに横へ振った。


「いいえ、ここはエルレイの言うとおりかもしれませんね。ではシャルハートさん改めて言います。行きましょう。……正直に言うと、純粋に興味が湧いています」


「それを聞きたかったです」


 その時のシャルハートは、とてもいい笑顔を浮かべていた。

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