第44話 勇者アルザの特別授業 その3
(マズいな。アルザ、だいぶ本気だ)
特に当てる気のない魔力弾をばらまいてみるが、アルザはその意図を正確に見抜いており、回避行動は最小限にして、どんどん接近してきている。
そのあからさまな行動にシャルハートは悩む。
――どうやってお茶を濁すかな。
問題はその一点。手段がない訳ではない。殺す気、というより半殺しが許されるなら沢山手段は持っている。
歩く魔法図書館とでも言えるシャルハートは、だからこそ“どうこの戦いを終わらせるか”という点で悩んでいた。
余りにも力を見せてしまえば、もしかしたらザーラレイドだということを見抜かれてしまう可能性がある。
アルザだけで話が収まればいいのだが、その場合、ディノラスとルルアンリの行動が予想出来ない。特に学園長が何をやらかすか想像するだけで気が滅入る。最悪、その日の内に決戦が始まってもおかしくない。
ミラを巻き込むことだけはしたくなかった彼女は、思考を巡らせる。
「あのアルザ――アルザ様? 私相手にどうしてここまで力を出すのですか? さっきも言いましたが、大人げないですよ」
「大人げない、か。多分そうなんだろうね。気づいているんだろうけど僕、これでも結構真面目にやらせてもらっているよ」
「そうなんですか、肩の力を抜いたほうが良いですよ」
「いいや、こういう事は真面目にやりたい僕がいる!」
シャルハートとアルザの戦いを見て、生徒たちは驚きの表情を浮かべていた。
「驚いたな……シャルハートさん。あのアルザさんと戦いになっているじゃないか……」
「しゃ、シャルハートさんすごすぎる……」
王子リィファスが口を開け、ミラが心配の余り両手を組んでいた。
シャルハートの一挙手一投足に目が釘付けになっているリィファスは、ぼんやりと王室を守る近衛兵達や最前線を征く精鋭部隊であるクレゼリア王国軍第一部隊の顔を思い浮かべていた。
そして、彼はついこんなことを口にしていた。
「……シャルハートさんがあのまま鍛錬を怠らなければウチの軍にスカウトしたいな」
「え、シャルハートさんをですか!?」
「ごめん、質の悪い冗談だったね。友達の君がいる前でする話じゃなかった」
「い、いいえ! 謝らないでください。でも、シャルハートさんは本当にすごいですね。アルザ様とあれだけ……」
現在の状況は地味な牽制の繰り返し。状況は硬直していた。
アルザとシャルハートによる的確な魔法の応酬が続き、あと一手、何かのキッカケがあれば一気に崩れる。そんなギリギリの状況である。
そして、それは互いに理解しているところであった。
「そろそろ終わらせたいな、シャルハートさん!」
「私もそう思っていたところです」
ここまで戦っておいて何だが、シャルハートは気づいていた。
――勝てる、と。
この肉体のスペックをフル活用すれば、掴み取れる勝利。その事実と、久々の強敵との戦いに心が躍っていた。
同時に、"これ勝ったらマズいな”、という冷静な思考も顔を覗かせる。
戦いが楽しすぎて、すっかり忘れそうになっていたが、そもそも伝説の英雄を相手に勝ってはいけない。
勝てば、確実に目をつけられる。
「……いい具合に負けるとしよう」
「何か言ったかいシャルハートさん!? まあ良い、これで決める! 手加減はしてあげるよ!」
アルザが走り出す。彼の背後から強烈な魔力を感じた。
瞬間、シャルハートは彼の最後の一手を理解する。理解した上で、思わず叫びそうになった。
(はぁ!? アルザ、ソレを使うのか!?)
それは彼の奥の手の一つ。
ザーラレイド時代、何度も喰らった彼の必技であった。
こうなったらシャルハートも手段は選んでいられない。生半可な防御は無意味に等しい。
全力で迎え撃つ。その思いで、シャルハートは魔力を高める。
その時だった。
「――ああああああああ!!! ぐぇっ」
流星のように飛んで来た“何か”。
聞き覚えのある声がそのまま頭から運動場の地面へ突き刺さる。
魔力の波長から、すぐに飛んできたのが誰か分かったシャルハートは、その者を地面から引きずり出した。
「何があってお空から飛んできたんですか――エルレイさん?」
「あ、シャルハート。やっほー。そして、めちゃくちゃ頭痛い」
「……大丈夫ですか? かなり良い勢いでしたけど」
「うん、ちょーっとパパにここまでぶっ飛ばされただけ」
「パパ? ってことは……」
遠くから見える黒髪を見て、シャルハートは事態を理解する。
「軽く撫でただけでここまで飛ばされるとはな。後で修行をつけてやる」
「うぇぇ!? 軽く!? 結構本気だったじゃん!」
マントを翻し、やってきたのは魔界の勇者ディノラスであった。
エルレイを呆れた目で見た後、すぐにシャルハートと目が合った。そしてアルザへと視線を移し、何かを言いたげな表情を浮かべる。
「ディノラス様?」
「シャルハート・グリルラーズだったな。こちらではアルザがやっていたのか」
「あ、もしかしてそっちも特別授業だったんですか?」
「そんなところだ。……お前がいるのならばこちらに来れば良かったな」
人間界と魔界の勇者。二大巨頭が揃い、騒ぎ立つ生徒たち。
グラぜリオが事態の収拾に取り掛かったのを確認したところで、シャルハートは戦闘を中断した。
良い感じにウヤムヤになってくれて、ホッと胸を撫で下ろす彼女であった。
アルザとディノラスに声を掛けられる前に、そそくさとミラの元まで駆け寄った。
「いや~流石は人間界の勇者様。凄まじい強さだったよ」
「シャルハートさんすごい! かっこよかった!」
「ミラ~! やっぱりすぐに褒めてくれるミラが一番だよ~!」
アルザとの死闘で疲れた身体にはミラとのハグ。これは古来よりの癒やしの方法である。
そんな至福の時間の最中、シャルハートに強い感情を持った視線を向ける者がいた。
「シャルハート、やっぱり私は……貴方と」
サレーナは手の中で簡単な氷魔法を発動しては消してを繰り返していた。
感情が高ぶりそうになると、いつもやっている“クセ”の一つである。
(サレーナ、ずっとこっちを見ているな)
アルザとの戦いの始まりから終わりまで。
一瞬たりとも目を離さず見ていたことに、シャルハートはとっくの昔に気づいていた。
彼女の心の中で一つ、決めたことがあった。




