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第43話 勇者アルザの特別授業 その2

 人間界の勇者アルザとのエキシビションマッチは盛り上がっていた。

 今現在、選ばれし者が人間界の勇者に胸を借りている最中である。


「アルザ、楽しそうだなぁ」


 ライル・エキサリスがアルザと戦っていた。

 エキサリス家の長男として、どこまでやれるのか少しばかり楽しみにしながらも、シャルハートはアルザの動きを目で追っていた。

 アルザは刃を潰した長剣を持ち、ライルから放たれる土属性の魔法に対処していた。


「『土岩創造(クリエイト・アース)』!」


「これは、壁……!」


 アルザの周囲に岩の壁がせり出てくる。隙間なく建設されていくソレはさながら一種の牢獄と言えよう。

 ライルの目論見の第一段階はこれで終了。あとは詰めの一手を指すだけだ。

 対する勇者は、楽しげに微笑んでいた。


「僕の周囲に障害物を置き、行動を封じる。そして……!」


 アルザは唯一開けた箇所となる上空へと視線を移した。

 そこには巨大な岩石がさながら槌のように形作られ、振り下ろされるときを今か今かと待っていた。


「アルザ様、お覚悟! 『岩石槌(アース・ハンマー)』!!」


 振り下ろされた。圧倒的な破壊をもたらす槌を。

 直撃すれば大怪我は免れない。そんな破壊に対し、アルザはただ剣を下段に構えるのみ。

 ここまでの流れを振り返り、アルザは素直に称賛していた。学生レベルでもうここまで戦えるようになっているのかと。

 だけどまだ負ける訳にはいかない。

 これからの若者の成長に期待を抱きながらも、今回は勝ちを譲ってもらうことにした。


「真上からの攻撃! いい組み合わせだね。しかし、こういった攻撃は既にもらったことがあるんだ」


 剣に魔力を込めたアルザは、真上の岩石へ向け、一気に振り抜いた。

 魔力が込められた斬撃は一直線に飛んでいき、ライルの攻撃魔法を斬り裂く。まるで熱したナイフでバターを切ったような、そんな呆気なさがあった。


「なぁ……!?」


 そのままアルザは目の前の『土岩創造(クリエイト・アース)』で形成された壁目掛け、強烈な突きを放ち、人が通れるくらいの大穴を開けた。

 すぐに迎撃行動へ移ろうと焦るライルの近くには、既にアルザが立ち、剣を突きつけていた。


「僕の勝ちかな?」


「ま、参りました……」


 刃を潰しているとは言え、人間界の勇者に剣を向けられ、平気な人間はいない。ライルは抵抗の二文字など全く浮かばず、潔く負けを認めた。

 その一瞬の勝利に、生徒たち興奮する。

 伝説の勇者の圧倒的な強さ。生の戦いを目の当たりにし、興奮しない者は誰もいないのだ。


 ……ただ一人を除いては。


(本当にじゃれついているだけか。まあ、学生相手ならこれはだいぶ花を持たせた方かもね。……ディノラスならもっと大人気なかったんだろうけど)


 ここにはいない魔界の勇者を思い出すシャルハート。彼は良くも悪くも正直なので、余計な一言が生徒を傷つけることは大いにあり得る。

 いなくて良かった、というのが彼女の正直な感想だ。


「さて、皆さんそろそろいいですね? エキシビションマッチはそろそろお開きです。アルザ様、本日はどうもありがとうございました」


「あ、すいません。最後に一人だけ見たい子がいるんですが……」


「? どなたでしょうか?」


 シャルハートは何だか嫌な予感がした。念には念の為、気配を消す魔法を発動しようかと思った。

 その時だった。


「この子、シャルハートさんと一手お手合わせしたいなと」


 一瞬で距離を詰めていたアルザによって、しっかりと手を握られていた。これならば魔法を使っても意味がない。


「あ、アルザ様……? どうして私と、なんですか?」


「君、アリスとエルレイを倒したよね? 君の強さにちょっと興味があるんだ」


 少年のように笑いかけるアルザ。傍から見れば、羨ましい光景なのだろう。

 しかし、シャルハートにとってはそんなもの羨ましくもなんとも無い。

 ディノラスほどではないが、こういう生死が絡まない戦闘なら好戦的になるのがアルザなのだ。

 こうなったアルザはどう説得しても折れてはくれない。


「倒せたのはたまたまですよ?」


「たまたまで倒せるほど僕の娘とエルレイは油断しないと思うよ?」


 「この頑固者が!」と叫びたくなったが、それを飲み込み、シャルハートはアルザの申し出を受け入れることにした。

 普通の生徒ならば、こういう機会は涙を流して喜ぶようだから。


「それでは、アルザ様とシャルハートさんのエキシビションマッチを始めたいと思います。二人共準備はいいですか?」


「はい! よろしくねシャルハートさん」


「こちらこそよろしくお願いします、アルザ様」



 実に二十年ぶり。ザーラレイド時代を思い出す。

 彼はいつも心折れずに立ち向かってきた。

 世界を平和にするために、隣人に笑顔をもたらすために。

 だからこそ、ザーラレイドは信じられたのだ。

 裏表なく、ただ目の前に出来事に取り組める彼を。

 グラゼリオが合図をすると、エキシビションマッチが始まった。二十年ぶりの決戦とも言える。


「いくよシャルハートさん!」


「いいです、よ……!?」


 左手を翳すと、アルザの中から魔力が吹き荒れる。

 “その魔法”を彼女は知っていた。少なくとも、“学生に放つ魔法ではない”。

 シャルハートの四方に光輝く巨大な十字架が現れる。

 そこからの流れは、良く知っていた。

 アルザにだけ聞こえるような声量で、シャルハートは抗議をする。


「最近の人間界の勇者様は、『光の雷撃棺(ライト・コフィン)』を学生に放つものなんですね」


「この魔法をひと目で見破れる人は、僕の中では学生カウントしていないかな? それに、少しは僕の本気を見せてから帰りたいなって」


「大人げないですよ、それ」


 四方の十字架から雷電が迸る。雷と光の属性を持つ複合魔法にして、アルザの得意な攻撃魔法の一つである。

 直撃すれば少し火傷するくらいの威力。食らってもいいが、普通の学生はきっと防御をするのだろう。

 そう考えたシャルハートは即、防御魔法を展開。四方からの雷撃を遮る。


「そう言って、すぐに防御する辺りやっぱり君は……いや、まだ断言はしないでおくよ。だけど……!」


 シャルハートは背後に複数の魔法陣を発生させ、そこから牽制の魔力弾をばら撒く。

 弾幕は密度と威力を秘め、見る者からすれば、これが本命の攻撃に見えるだろう。


 だが、アルザは彼女の意図に気づいていた。


 防御魔法は張らず、素早い足捌きだけで弾幕を掻い潜っていく。


「君と戦っていると、懐かしさが滲み出す……!!」


 アルザの声には心の底から“嬉しい”という感情が込められていた。

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