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第17話 シャルハートが一番会いたくなかった人物

 ミラは、今起こっていることへの理解が追いつかない。

 友達であるシャルハートと再会できたこと、これから楽しい学園生活が送れるのだと期待に胸を膨らませていた。

 だと言うのに、今現れた人物は一体どういうことだろうか。

 何故、この国の王子が爽やかに現れたのか。

 平民出のミラですら知っている超・超・超有名人。

 この際、その辺は捨て置いても良い。

 一番はシャルハートはそんな人物と知り合えているのか、である。


「あれ? 何でリィファス様がここにいるんですか?」


「僕もこのクレゼリア学園に通うんだよ。よろしくね」


「入学試験の時、いませんでしたよね? もしかして王族特権()、使っちゃいました?」


 その瞬間、登校していた全女子がシャルハートへ強烈な視線を向けた。

 無理はない。ただでさえ王子。ただでさえ美少年。

 そんな超人に対してかける言葉ではないのだ。

 もし法律が許すなら、女子たちはシャルハートを袋叩きにし、学園中を引きずり回していたことだろう。

 そんな視線に、シャルハートは気づいていない。いや、何か見られているなぐらいには思っているが、それほどまでにドロドロとした感情とは知らないのだ。

 ザーラレイド時代に向けられていた視線は常に純粋な殺意と敵意のみ。

 良い意味でも悪い意味でも、そういうレベルでなければシャルハートは鈍感なのだ。


「しゃ、シャルハートさん……周りがすごいことになっていますよ。私はとても怖くなってきました」


 しかしミラは、びんっびんにその視線を感じ取っていた。

 自分に向けられているわけではないが、近くにいるだけではっきり分かるくらいには敵意を感じてしまう。


「おや、君は?」


「え、えと……私、でしょうか?」


 こちらを見て、そう問うているのは分かっていたが、まさか平民の自分に声をかけてくるとは思わなかったミラは硬直する。

 そんな緊張を見透かしたように、リィファスはその端正な顔を柔和な笑みへと変化させる。


「うん。君はシャルハートさんの友達かい?」


「は……はい! ミラ・アルカイト、です!」


 あまりの緊張に呼吸が止まりそうになってしまった。

 シャルハートとの付き合いを経て、少しは貴族の子供と喋ることに対して慣れつつあったが、これは話が違うだろう。

 何の前触れもなく、自分が住むこの国の王子からなどと、夢にも思わなかった。


「ミラさんだね。僕はリィファス・デル・クレゼリア。あまり、畏まらないでくれると嬉しいかな。……それにしても」


「ひゃ、ひゃい!?」


「栗毛が美しいね。これほど美しい色はそう見ないよ」


「! あ、ありがとうございます! シャルハートさんにしか言われたことがなかっ――」


 ミラはその瞬間、気づいた。

 シャルハートへ集まっていた視線の一部が、自分にも集まっていることを。

 冷や汗をだらだらと流すミラ。

 これは――これ以上は、本当にマズい。

 そう理解したミラは、シャルハートから一歩、また一歩と距離を取り、そして駆け出した。


「シャルハートさーん! 私、先に行ってますねー! 理由は特にありませんが、何となく命が危ない気がするのでー!」


「ええ!? ちょっと待ってよミラー! あ、リィファス様ごめん! ちょっと友達の所に行ってくるからまた後でね!」


 リィファスが声を掛ける隙も与えず、シャルハートはミラの元へ走り出していった。

 男勝りな脚力で走り去る彼女は、あっという間に彼の視界から姿を消した。

 ただ背中を眺めることしか出来なかった彼は、ぽつりと呟いた。



「……憧れていたんだけどな。友達と登校するの」



 彼の呟きは、他の女子生徒らが駆け寄ってくる足音に掻き消され、消えていった。

 これからの出来事を想像できないほど、リィファスは間抜けではない。

 様々な対応を頭の中で考え、そして、この国の王子として毅然とした態度で、民草へ笑顔を向けた。



 ◆ ◆ ◆



 シャルハートとミラは入学式の会場となる『中央大ホール』にやってきていた。

 どこを見ても、椅子に座る生徒ばかり。入学試験の時にいた人数よりも多く見えた。

 ミラに聞くと、入学試験は三日に分けて行われていたらしい。

 そりゃ会わなかった人もいるよな、とシャルハートは納得する。


「いやぁ、それにしてもびっくりしたよミラがいきなり走っていくからさー」


「ごめん……私、まだ死にたくないんです」


「ああ、何だか皆見てたこと? だったら大丈夫全然死なないよー! だって皆、私が昔やられたように全方位から魔法撃ってこなかったでしょ?」


「うん、そうだね。ありがとうシャルハートさん気が楽に…………うん?」


 それ以上は何故か脳が詮索を拒否したので、ミラはそこでこの話を打ち切ることにした。

 そんなミラを横目に、シャルハートはウキウキしていた。


 これが入学式。新たな生活の始まりとなる儀式。


 ザーラレイド時代には味わえなかった感覚が、ダイレクトにシャルハートの脳を揺さぶる。

 嬉しいな、と彼女は思った。

 これも全部、平和になったからこそ、である。


「ねえミラ、これから何が行われるの?」


「えっと、確かこの学園の学園長が挨拶をするはず」


「へぇ、それが終わったら次は?」


「終わりだよ。入学式とかそういうのは手短に済ませるっていう学園長の方針みたい」


「……あ、そうなのね」


 これはまあ、これで受け入れるしかないなとシャルハートは、少し想像と違うことに残念さを表しそうになったが、それをグッと飲み込んだ。

 となれば、後はその学園長とやらの挨拶をそれなりに楽しむ方向に、彼女は思考を切り替える。

 会場が暗くなった。そして、光の魔法で作った照明が舞台袖を照らし出す。

 それに合わせ、静まり返す大ホール内。

 これが入学式の始まりなのだな、とシャルハートは気持ち背筋を伸ばした。


「お、あれが学園長か」


 そして学園長が現れた。

 それに合わせ、拍手が湧き上がる。そしてなぜか歓声も。


「うわぁ本物だ、初めて見た……」


「ミラ、知っているの?」


「え? シャルハートさんは“あの人”のこと知らないの!?」


「有名人なんだ。へぇ……じゃあ私でも知っているのかな――」


 目を細め、シャルハートはその姿を捉えた。


 髪は長めの灰髪、身に纏う物は質の良さそうなワンピースとジャケットのセットスーツ、そして口にはキャンディーの棒を咥えている。


 気づけば、シャルハートは立ち上がっていた。

 見間違える訳がない。むしろ、どうしてすぐに気付けなかったと後悔する。

 相当、浮かれていたのだろう。

 ぎょっとしたミラがシャルハートを座らせようと懸命に手を引っ張り続ける。

 それでようやく気づいたシャルハートは着席をする。

 頭の中は“学園長”のことで頭が一杯である。


「あぁ……これも何かの運命なのかな。ルルアンリ“先生”」



 ルルアンリ・イーシリア。



 両界の勇者であるアルザ、そしてディノラスが師事した唯一の人物であり、世界平和の影の功労者として讃えられている大英雄である。



 そして、シャルハートが一番会いたくなかった人物でもある。

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