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第16話 二人目の友達、なお身分は

 現在、グリルラーズ邸の応接室には四人がいた。

 クレゼリア王国の王子であるリィファス・デル・クレゼリア。

 王と王子の二人に忠誠を誓い、ずっとお付きでいる執事セバス。

 シャルハートの父親であるガレハド。

 そして、下手をすれば不敬罪で処刑待ったなしのシャルハートである。


「申し訳! ございませんでしたぁ!!」


 シャルハート、深々と頭を下げていた。額と膝がくっつくのではないかというほどの折り曲がり具合。

 そんな愛しい娘の様子を見ていたガレハド、一つため息を漏らし、自らも頭を下げた。


「リィファス王子殿下、この度は我が娘のシャルハートが大変な失礼を働きました。謝って済む問題だとは思っておりませんが、それでも謝罪をさせて頂きたい。申し訳ございませんでした」


「ガレハド卿、それにシャルハートさん、でいいかな? 頭を上げてください」


 リィファスはセバスと顔を見合わせると、互いに笑った。


「確かにシャルハートさんは前を見ていなかったかもしれない、だけどあの時は僕もセバスと話していて前を見ていなかったんだ。僕としては、どちらも悪いってことって終わりたいんだけど、どうかな?」


 そうは言うが、流石にすぐ“はい、ありがとうございます”と返せるわけもなく。ガレハドは少しばかり答えに窮してしまった。

 それに、とリィファスは続ける。


「グリルラーズ家にはいつもお世話になっているからね、こんなことで今まで培ってきた仲を壊したくないんだよ」


「……ありがたき幸せ。娘には良く言い聞かせておきます」


「王子、寛大な処置に感謝申し上げます」


 また深々と頭を下げるシャルハート。

 ザーラレイド時代に一人であった寂しさからか、一人二役で部下と王様ごっこをやっていた彼女にとって、頭を下げることに何ら抵抗はない。

 それよりも、百を超える“話し合い”の手段を行使しなくて良くなったことにシャルハートは安堵していた。

 そんなことは何も知らないリィファスは、シャルハートの顔をじっと見る。


「えと、私の顔に何か?」


「いや、何ていうか、僕と同い年くらいの子は皆、僕のことを知ったら態度が少し変わるのに、君は変わらないんだなって思って」


「いくら貴いお方とはいえ、皆、心臓貫かれたら死ぬことには変わりないと思っているせいですかね……」


「こらシャルハート……」


 ガレハドは顔を手で覆っていた。

 昔から物怖じしない子とは思っていたが、まさかここまでとは想定外だったのだ。

 もう十二歳。

 多少の物の道理は分かるよう、育て上げたつもりだが、この度胸までは考慮に入れていなかった。

 そんな父の思いは生憎とシャルハートには届いていなかった。

 何故なら、彼女は人の階級をそこまで深く重要視していなかったのだ。

 前世の話だが、人間界と魔界に牙を剥く前までは、結構な頻度で両界の王の所に顔を出して酒盛りをしていたこともある。

 そして、彼女自身が今発言した、相手が誰であろうと心臓を潰せば皆死ぬ。

 そういった経験と考えもあってか、相手が誰であろうが別に良いのだ。

 シャルハートにとっては、自分と自分の周りに害をなしてくるかどうか、だけなのだ。


「ふふ、聞いたかいセバス?」


「ええ、中々に豪胆なお嬢様だとこのセバス、思いました」


「うん、僕もそう思うよ。こんな子、初めてだ」


 リィファスは裏表なく、本当にそう思っていた。

 王子だと知った者は皆、態度を変える。どんな年代でも、だ。

 だが、この銀髪が美しい少女は全くそんな気配はなく、最初にぶつかった時から一貫してこの態度なのだ。


「ねぇシャルハートさん」


「はい?」



「もしよかったら、なんだけど僕と友達になってもらえないだろうか?」



「喜んで! あ、お父様……良いです、よね?」


「お前の人生で、お前の交友関係だ。私はそんなお前の選択を止めないよ」


 “友達”という存在に飢えているシャルハートにとって、この申し出はまさに渡りに船。

 ありがたいことこの上ない。ミラに続いて、二人目の友達。

 これが嬉しくないわけがないシャルハートである。


「良かった。それじゃあこれからよろしくね、シャルハートさん」


「よろしくねリィファス王子殿下」


「あ、王子殿下はいらないよ。リィファスで構わない」


「そっか、じゃあリィファス様で!」


 いつもならばここで呼び捨てにするところではあるが、一応、相手の立場を考慮して“様”をつけておくことにした。

 差し出されたリィファスの手を握り返すシャルハート。友達が増えるのは良いことだ。

 クレゼリア学園ではミラと、そして学園外ではリィファスと遊べる。

 その程度にしかシャルハートは考えていなかった。

 しかし、彼女は翌日の入学式から痛感することになる。



 この王国の王子と友だちになることとは、どういうことなのかと。



 ◆ ◆ ◆



「おはようミラ!」


「おはようシャルハートさん!」


 抱き合い、また会えたことを喜ぶ二人。

 今日はクレゼリア学園の入学式。

 正門で待ち合わせをしていた二人は早速、敷地内に足を踏み入れたようとしたその時、



「やぁシャルハートさん!」



 歩く道全てに花が咲くようなそんな爽やかさ。

 金髪に、朝日が良く似合う。まさに美少年。

 登校する民草、騒然とする。

 それはそうだろう。入学試験の時にはいなかったとんでもない大物がやってきたのだから。


「昨日ぶりだね!」


 颯爽と、そして流麗に、彼――リィファスは現れたのだ。

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