モブNo.91:「ねえ。うちの店って出張もしてるんだけど、御利用する気はないかしら?」
ポウト宙域にある惑星ネゴラは、宇宙空間から見ると黄緑色をした美しい惑星だ。
しかしその黄緑色の大気は非常に濃い塩素で構成されているために呼吸は不可能であり、専用のスーツがなければ死は確実だ。
その黄緑色の大気を抜けると、そこには広大な銀鉱石の大地が広がっていて、その銀の埋蔵量は無尽蔵とも言われている。
そのため衛星軌道上には採掘基地のコロニーがいくつもあり、ここから採掘専用のドロイドを遠隔操作して採掘を行っている。
生身の人間が惑星上に降り立つのは、ドロイドのメンテナンス時か、なにがしらのトラブルがあった場合のみだ。
かなり昔には、当時でも性能の良くない耐塩素スーツを着せられての銀鉱石採掘が、犯罪者の刑罰としてあったらしい。
ともかく金ほどではないものの、鉱山があるからには人が集まり町ができる。
とはいえ宇宙空間なので、採掘基地コロニー群を中心に、居住用コロニー・小惑星住宅・古い船を改造したマンション・サービスエリア・船舶の修理工場・エネルギースタンドなんかが集まった、見た目だけならちょっとした宇宙の墓場か、歪な形の衛星みたいになってしまっている。
今回の目標であるホチコルド元伯爵夫人とその息子本人とその所有している船の目撃情報がこの辺りであったので、取り敢えずこの『採掘基地街』に調査にやってきた次第だ。
まあこれだけの船やらコロニーやら小惑星住宅やらが集まっているなら、隠れ住むにはうってつけではある。
事実、犯罪者の潜伏先候補に真っ先に名前があがる所でもあるのだ。
貴族名鑑があるから、ホチコルド元伯爵夫人とその息子の顔は判るけど、顔を変えていたり、身体そのものを変えていたりする可能性もあるわけだし、あんまり期待はしないでおくことにしよう。
取り敢えずは採掘基地以外で一番大きなコロニーである繁華街コロニーに行ってみるかな。
この繁華街コロニーは、鉱山で働く連中がメインターゲットなのもあって、各種商店・酒場・食堂・旅行客のための宿泊施設・風俗店などが軒を連ねる中心街区画。
この繁華街コロニーで働く人達が住んでいる下町区画。
高級ホテルや高級ブティック。高級エステサロン・高級レストラン・総合病院・警察署なんかもある上流階級区画 が存在する。
何故鉱山街であるこの『採掘基地街』に、旅行客のための宿泊施設や上流階級区画 が存在するのかという理由としては、
惑星ネゴラ周辺にはかなりの長距離を移動できるゲートがいくつか集まっているのだけれど、肝心の惑星ネゴラの近くに移動するためのゲートがないため、どうしてもここに来るために時間がかかってしまう。一番近いゲートからも5日かかるくらいだ。
そのため、この『採掘基地街』で補給なり休憩なりしていく事が通例で、それは貴族も同じであり、貴族達が中心街区画の宿泊施設に泊まる訳はないので、そういった区画を作らせたらしい。
そんなことを考えながら、繁華街コロニーの駐艇場に船を泊め、燃料と水を補給すると、コロニーの中心街区画に向かった。
中心街区画は基本的には鉱山労働者の集まるエリアで、ホチコルド元伯爵夫人とその息子は、元貴族とはいえ没落したし海賊をしているのだからこちらに出入りしているはずだ。
下町区画に行ってもいいのだけど、海賊をしているホチコルド親子が定住するとは考えにくい。するとしても、中心街区画を十分に調査してからだね。
顔写真を見せて、商店街や酒場や食堂で聞き込みをしていくも、なかなか目撃情報は集まらない。
これは顔なり身体なり変えている可能性が高いかな。一回海賊行為をしておいてから顔や身体を変えれば、なかなか見付かりにくくなり、そうなると一気に難易度がはねあがる。
しかしこちらの情報は顔写真ぐらいしかないので、このまま地道に顔写真を見せて聞き込みをしていくしかないだろう。
とはいえ酒場は結構回ったので、次はどこに行こうかと考えていた時に、不意に声をかけられた。
「ねえお兄さん。安くしとくけどどうかしら?」
その正体は、栗色のロングヘアをうなじの辺りで縛り、パッと見はスーツっぽいけど、胸元は大胆に開き、タイトなスカートは凄いミニな格好の、いわゆる風俗のお姉さんだった。
以前に、今は引退している数少ない親切にしてくれた傭兵の先輩に、その手の店に連れていってもらった時にかなり嫌な目にあった(その先輩が悪いのではなく店側の責任)ので、この手のお姉さんはなんとなく苦手だ。
しかし今回は、いずれはこちらから話しかける必要があったため好都合だ。
「あーそれはまた今度で。それよりこの人達しりませんかね?」
「なに? お兄さん探偵かなんか?」
「まあそんなとこです」
「ふ~ん」
風俗のお姉さんは、僕が見せたホチコルド元伯爵夫人とその息子の顔写真をじっと見つめると、
「あ、この人みたことあるよ」
といって、息子のほうを指差した。
「え? 本当?!」
僕が驚いて尋ねると、お姉さんが手のひらを差し出してきたので、仕方なく1000クレジット硬貨を手のひらにのせる。
「最近この辺の風俗店によく来るわ。うちのお店にも来たわね」
すると、それを胸の谷間にしまいながらちゃんと情報を教えてくれた。
情報から考えると、採掘基地街にいるのは間違い無さそうだ。
「いつ頃くるかわかりますか?」
「時間的にはそろそろじゃないかな?あ、ほらあれ」
お姉さんが指差した方向には、間違いなくホチコルド元伯爵令息がいて、一軒の風俗店に入っていく。
これは運がいいと言わざるをえない。息子が出てきたところを後をつければ、船や母親の居場所も判るだろう。
まるで主人公のようなご都合展開は、はっきりいって後が怖いが、仕事の為には悪いことじゃない。
しかし問題は見張る時間をどうやって怪しまれずに過ごすかだ。近くに食堂なり酒場なり喫茶店があればいいんだけど。
しかし見渡すかぎり、その店を見張れる場所は風俗店ばかりで、あとは裏路地やその手の安ホテルやらしかない。
こんなところで男一人、しかも僕みたいなのが一人でいたら怪しまれることこの上ない。今度からは監視用のナノカメラでも用意しないとなあ。
その手の安ホテルから見張るとしても、一人で入ると目立って怪しまれてしまうだろう。
するとそこに、お姉さんが声をかけてきた。
「ねえ。うちの店って出張もしてるんだけど、御利用する気はないかしら?」
つまりこのお姉さんは、僕の目的を察し、つけこんできたわけだ。
まあ、目立ってホチコルド元伯爵令息に悟られるよりはいいので、お姉さんのお誘いに乗ることにした。
モブの日常のお仕事の再開です
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