モブNo.59:「なのに、愚鈍な権力者はそういう時に限って、焦って余計な事をするから失脚をするんだよ」
別サイド:アルティシュルト・ビンギル・オーヴォールス公爵邸
広い温室で、植木鉢に如雨露で水をやっている作業着姿の老人の下に、きっちりとした身なりの執事らしき男が姿を現す。
「閣下。ご報告がございます」
「なにかな?」
閣下とよばれた老人は、植木鉢に水をやりながら返答する。
「数時間前に捕らえた2人組ですが、先だっての傭兵が提出した資料どおり純粋に海賊でした。傭兵ギルドを通じて警察から賞金をかけられております」
「ほう。となると、その2人組を追ってきた傭兵は、本当にその2人組を追いかけてきただけということか…。
だとすると、こちらの『不手際』で申し訳ない事をしてしまったな」
「その『不手際』で放たれていた『猟犬』が撃墜されて戻ってまいりました。機体は放棄したそうです」
「あれを殺さない様に落とすか…その傭兵は随分腕が立つようだな」
公爵は水をやるのを止めて、如雨露を元の場所に戻しにいく。
「いかがいたしましょう?」
「放っておけ。なにもするな。
向こうとしては、追っていた海賊が貴族の領地に入り込んで警備隊に止められた。
なので、海賊の処理を警備隊に任せて引き下がった。という真っ当な理由しかない。
こちらも、公爵領に勝手に入るな。賊はこちらで捕まえるという真っ当な理由しか言っていない。
捕まえた海賊を警察に引き渡せば、流石は公爵家の警備隊だと感心して話はそれで終わりだ」
公爵は如雨露を棚に戻すと、ティーセットの用意してあるテーブルに座り、自分でカップに紅茶を入れた。
「なのに、愚鈍な権力者はそういう時に限って、焦って余計な事をするから失脚をするんだよ」
公爵は自ら入れた紅茶を口にする。
「相手側は、よくある事だと怪しみすらしていないのに、疑心暗鬼に駆られ、配下に命令して相手側を襲ったりしたら、わざわざ自分達は怪しいですとアピールするようなものじゃないか。
もう一度だけ言うぞ。なにもするな」
終止穏やかな口調だったが、最後の言葉には力がこめられていた。
「かしこまりました。『猟犬』にも言い付けておきます」
「あれはいい『猟犬』だ。そして言われるままに狩りに出た『猟犬』に罪はない。
私の『猟犬』を勝手に狩りに使用した警備隊長は、翌朝までに更迭しておいてくれ」
「かしこまりました」
穏やかに紅茶を飲む公爵に対し、執事は深々と頭を下げた。
別サイド:『猟犬』
「くそっ!」
オーヴォールス公爵邸の敷地内にある使用人宿舎の1室で、ヘルメットを床にたたきつける音が響いた。
「ごめんなさい姉さん。私のせいで…」
「あんたのせいじゃない…相手が私達より上手だっただけよ」
パイロット用の宇宙服を着た、10代後半と思われる2人の人物が、ベッドに座って大きく項垂れていた。
「まさか反応されるとは思わなかった…。今度会ったら絶対に撃墜してやる…」
「難しいかもね」
「どうしてよ姉さん!」
「あいつは多分手加減してた。私達の船の噴射口を潰して、私達を尋問するために」
「!」
片方を姉と呼んだ妹の方が、親指の爪を噛みながら怨嗟の声をあげるが、姉によって窘められる。
その指摘に妹も驚愕し、より強く爪を噛む。
「次に勝つためには、きっちり腕を磨かないとね!」
「そうね姉さん!」
姉妹はそう固く決意する。
「にしても、私達を手玉にとるなんて、相手はどんな奴なんだろう?爽やかなイケメン?!ダンディなイケオジ?!可愛い男の娘だったりしてー!」
「姉さん…」
そうして次の瞬間には浮わついた話題にシフトチェンジし、その姉の思考に妹は頭を抱える。
「やり取りの画像を見せてもらえばすぐにわかるでしょう?それにもしかしたら、骨太ゴリマッチョとか、小太りオタクとか、ナルシスト野郎とかかもしれませんよ?」
「あんたはなんでそんな嫌なこというのよー!」
自分達を負かした相手で妄想する姉と、現実をみる妹との姉妹喧嘩はたえない。
別サイド:終了
傭兵ギルドでの嫌なことを払拭するべく向かった『アニメンバー』では、
『アルティメットロード』
『大森さん家の男装執事』
『化物話コミカライズ版』
それぞれの新刊をゲットし、
『せいざばん』では、手に入れてなかった『7頭身の許嫁』ノベライズと、人気ゲーム『クリーチャーハンターシリーズ』の同人誌をゲットした。
そうしてほくほく顔での帰路の途中に、あのピンク髪の女性、たしかアコ・シャンデラさん。が僕の目の前に現れた。
「こんなところででくわすなんて、神様は私の味方ね!」
そう言ってにやにや笑いながら僕を睨み付け、街中であるにも関わらず僕に銃を突きつけた。
その行動に、周りの人がワッと声をあげる。
こんな人通りの多いところで、襲われたわけでもないのに銃を抜くなんて何を考えてるんだろう?
とにかく僕は両手をあげ、抵抗の意思がないことを示した。
「いったい何の用ですか?」
すると彼女は、
「さっきもいったでしょう?『バステス』を買い戻して完璧に修理して私に献上しなさい!あ、どうせならマックスボーグ社製のG-32『ディリタ』とか、ジェルマッキン・ロミクス社製のG-42『ラスジャルト』なんかの新品でもいいわよね!」
傭兵ギルドで僕に言いはなった内容を突きつけ、さらにそれ以上の要求をしてきた。
ちなみに追加されたそれはどちらも帝国軍の主力戦闘艇じゃん!
しかもどっちも御値段が1000万越えなんだけど?
「お断りします。そもそもどうして僕がそんなことをしないといけないんです?」
もちろん即座に拒絶する。
「あんたみたいなやつが稼いだお金は、私のような選ばれた人間が使ってあげるのが当然でしょう?」
しかし彼女は平然とこう言いはなった。
彼女ははっきりいって頭がおかしい。
なんで初対面の僕にそんな要求を平気で出来るんだろう?
それに対する推測は出来たが、ともかく今やるべき事は一つだ。
「あーもしもし警察ですか、65ブロックのバズンビルっていう雑居ビルの前で変な女に恐喝されてまして、すぐ来てもらえませんか?」
僕は腕輪型端末で警察に連絡した。
「ちょっと!なんで警察に通報なんかしてるのよ!?切りなさい!」
「この通りなんで、できるだけ早くお願いしま「バシュ!」」
そして電話を切る前に、彼女が僕の足元を銃で撃った。
僕の腕輪型端末は相手方の画像がでるタイプの奴なので、オペレーターの女性の姿が確認できる。
その映像と会話の内容で、僕が電話をしたのが戦闘艇を買うためのものではなく、警察官に連絡したと分かったからだろう。
「この私が!どうして警察に通報してるのかって聞いてるのよ?!さっさと答えなさい!」
さっきの『なんで初対面の僕にそんな要求を平気で出来るんだろう?』という推測の答えだが、それはたぶん彼女が貴族だからだろう。
しかも、今代の皇帝陛下を嫌い貴族らしい生活を唱える反皇帝派閥の貴族なら、こういう行動・言動も理解できる。
しかし彼女が貴族ならそれなりの金銭や権力は所持しているはずだし、彼女が趣味で傭兵をしているなら、親にねだれば『バステス』ぐらいは手に入るはずだ。
その事から考えると、彼女は没落貴族か、爵位を剥奪された元貴族なんじゃないだろうか。
ともかく撃たれてはたまらないので理由を説明する。
「いや、どう考えたって貴女のやってる事は犯罪ですからね?通報して当たり前です」
「はあ?下民のあんたが貴族の私に新品の戦闘艇を献上すればいいだけの話がなんで犯罪なのよ?!」
「貴族に対して、そういう事をしないようにという法律を先代の皇帝陛下が勅命で施行して、今代の皇帝陛下もそれを実行してるのを知らないんですか?」
「あの女の命令なんかに従う必要なんか無いわよ!」
やっぱり彼女は貴族で、皇帝陛下とも面識なり関係なりあるのだろう。
特に今代の皇帝陛下に恨みがあるのかもしれない。
まあ、年齢も近そうだからなにかあったのかもしれないかな。
「いいからさっさと承諾して購入しにいきなさいよ!」
ついに我慢の限界がきたのか、彼女は金切り声をあげつつ、また僕の足元を銃で撃った。
すると次の瞬間、銃を持った彼女の腕が何者かにつかまれ、彼女は地面に倒されてしまった。
「警察だ!脅迫の現行犯で逮捕する!」
警察だった。
どうやら、彼女に気付かれないように、パトカーのサイレンを鳴らさずに近寄ってくれていたらしい。
4人いて、2人は彼女を拘束、あとの2人は周りの人から話を聞いたりしていた。
どうやら通報してくれた人がいるらしい。
「なにするのよ!私はあの下民に身の程を教えてやろうとしただけよ!」
「はいはい。事情は署でゆっくり聞くから」
彼女は色々わめきちらすも警官達は聞く耳を持たず、手錠をかけられるとそのままパトカーに押し込められた。
そこに、繋ぎっぱなしだったオペレーターの人が声をかけてきた。
『通報者の方。署員は間に合ったみたいですね』
「あっはい。切らずに失礼しました」
『いえ。お陰で状況がわかりやすかったですよ。後は現場の署員にお任せください』
「ありがとうございました」
オペレーターの人にお礼をいって電話を切ると、警官の1人が僕に近づいてきた。
「被害者の方?」
「はい」
「やり取りは電話の音声を聞いていましたので大丈夫です。被害届を作成しますので身分証をお願いします」
「はい」
腕輪型端末を差し出し、警官の持っている薄板に身分証のデータを送る。
その間、パトカーの中でもう警官達に挟まれているアコ・シャンデラさんがずっとこっちを睨んでいたのは見なかったことにしよう。
「では、脅迫被害という事で提出しておきますので」
「ありがとうございます」
被害届が出来上がると、その警官はパトカーに乗って彼女を連行していった。
でもなんとなく、あの被害届はギルドから取り下げを頼まれそうな気がする。
さっさと帰って新刊読もう…。
例の彼女は再登場します。
関係ありませんが、スノボのハーフパイプの技が中二病チックだと思うのは私だけでしょうか…?
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