モブNo.38:『上にいくと面倒臭いっていってましたよ』
お断り:モブのセリフがほとんどありません
『にいちゃん。今度は5時方向・上昇30度・距離700だ』
「了解」
僕は以前のゲートの時と同じように、着陸寸前のような超低速度で、おっちゃんの指示通りに移動する。
ポリマーコーティングを施し、飛礫対策はばっちり。
流れ作業のようにテキパキと回収をしていくと、あっという間に回収用コンテナが満タンになるので貨物船に集積しにいく。
時折巨大小惑星の曳航を見送ったりしながらも、岩石や石や砂がなくなり、空間が綺麗になっていくのはなんとなく見てて気持ちがいい。
『ようし、次はあれだ。10時方向・下降24度・距離600だ』
「了解」
スロットルを一瞬だけ開け、ゆっくりと目標に近づけていき、おっちゃんの指示したところにピタリと止める。
本当にこの仕事とは相性がいいらしい。
主人公サイド:アーサー・リンガード
僕はデブリ屋さんの指示を聞きながら、操縦桿を慎重に操作する。
『よーし。この辺でいいぜ』
デブリ屋さんの合図で船を止める。
しかし一番いい停止位置よりかなりずれてしまった。
なんども挑戦しているが、なかなか上手くいかない。
「すみません。かなりずれてしまって」
『これくらい普通だって。俺達だっていい位置に止めるには、結構時間がかかったからな』
デブリ屋さんには些末なことなのだろう、僕のミスを気にすることなく、ぽーんと軽い感じで船から離れ、作業を始めるべく小惑星に接近していく。
向こうの方では、ウーゾスさんの船が理想の停止位置にピタリと止めていた。
すごいな。僕じゃあんなに簡単には止められない。
その精密な動きに感心しながら、僕は自分の船をデブリ屋さんのやりやすい位置に細かく修正をしていく。
「どうしてウーゾスさんは昇格しないんだろう?実力や人格を考えても、女王階級でもおかしくないのに…」
『上にいくと面倒臭いっていってましたよ』
僕がふと気になった独り言に、セイラが答えてくれた。
そしてその答えになるほどと思ってしまった。
「たしかに。司教階級になると、義務やしがらみが増えるだろうからね」
傭兵ギルドで司教階級になると、階級による仕事が増えるのはもちろんだけど、同じような仕事でも報酬の額が変わる。
今回のような場合は階級関係なく一律だけど、以前のような護衛だと司教階級は報酬が30%は跳ね上がるし、利用出来る施設や受けられるサービスも変わってくる。
が、同時にギルド員全員に向けての特別召集令状・通称『赤紙』以外にも、拒否できない依頼が発せられたり、年末のギルド主催のパーティーに強制参加だったりと、色々しがらみが増えるのは間違いがない。
さらには派閥争いまであるという噂まであるのだから、僕自身もなんとなく嫌気がさしてしまう。
『それに、最近のギルドの上層部は、イメージ戦略に使えそうな人材や、有力貴族の関係者だけ昇進させているって噂もありますから』
それはウーゾスさんに失礼だとは思うが、本人に聞いた実体験を考えるとあり得ない話ではない。
「こまったものだね…本当に」
組織の上は腐敗するというけど、それがだんだんと下に広がってる感じがする。
どうにかしないと不味い気がするけど、今はどうしようもないかな。
『よーし。次頼む。今度は9時方向・上昇15度・距離300だ』
そんな話をしているうちに、デブリ屋さんの作業が終了し、次のポイントへの指示が来た。
「わかりました!」
今度こそはいい位置に止めるべく、僕は操縦桿を握り締めた。
主人公サイド:終了
作業は実に順調だった。
僕とおっちゃんは、午前7時から昼1時間の休憩を挟んでの午後6時(18時)までの1日10時間。残業なし。
おっちゃんの体力を考えて、5日毎に1日休みというローテーションですでに13日。
最低時間は既にクリアしている。
さすがに100時間内での終了は無理だったが、かなりいいペースで作業は順調に進んでいて、曳航しなければならない小惑星は後10個も無いだろう。
とはいえ全てを収集するにはまだまだ時間がかかる。
ちなみにこの事業はマスコミによって注目され、テレビ局の船が作業風景を撮影していたり、コロニー内に取材クルーがうろついたりしている。
当然だけど、取材対象はアーサー君やセイラ嬢なんかの見目麗しい人達や、現場仕事を一切やらない偉いさん達だけだ。
とはいえ、僕達が見ることのない衛星近くでの採掘作業や、惑星上での選別や希少金属の抽出作業などの映像なんかも流してくれるので、ちょっと興味深かったりもするが。
そしてマスコミのカメラが一番注目したのは、大きなプロジェクトではあるもののこの地味すぎる仕事に、なんと王階級の傭兵が参加していた事だった。
名前はマリーレヒート・ルイヒェン・ファリナー。
船の名前は赤い阿呆鳥。
あだ名は『紅炎』または『深紅の女神』。
ピジョンブラッドの髪に金の瞳、白い肌に、モデルも裸足で逃げ出すスタイル抜群の長身美女だ。
何故彼女がこの仕事を受けたかはわからない。
が、マスコミにとってはありがたい取材対象だろう。
アーサー君とセイラ嬢が、彼女と一緒に取材を受けているのをよく見かけるようになった。
いまごろ画面の向こうではファンが急増していることだろう。
さらには昨日、ある貴族が現場を見学したいとやってきた。
惑星ブロスラントの領主でサークルース伯爵と言うらしい。
なんでも自分たちの領地にも似たような小惑星群があるらしく、その収集をする時の参考にしたいらしい。
まあ偉いさんの接待は偉い人に任せて、僕はヴォルバードのおっちゃんと小惑星回収に専念するのが一番だ。
そうしてその日=14日目も仕事を終え、コロニーに戻ってまずすることは、前回同様船につけたポリマーを剥がすことだ。
当然このポリマーにへばりついた石や砂も抽出の対象だ。
その後、点検をして燃料を入れたら今日の仕事は終了だ。
レストランで夕食を済ませ、テナントのコンビニでちょっとしたものを購入してから、ホテルエリアにもどることにした。
ロビーで早々に酒盛りをしている連中もいるが、僕は酒は苦手なので参加はしない。
知り合いがいるわけでもないしね。
ホテルエリアに戻る途中のカフェエリアで人だかりを見つけた。
取材クルーの姿があったので、どうやら誰かの取材らしい。
ちょっと遠巻きに眺めてみたところ、そこには例の貴族らしい厳つい髭のおっさんがナニやら熱弁をふるっていた。
「…で、あるからして、我が領地では良き人材を募集しておる。我こそと思うものは…」
どうやら取材終わりに求人のアピールをしていたところらしい。
貴族の配下なんかはなるもんじゃないと思っているから全く興味はない。
足早にその場をはなれてホテルエリアの近くまで戻ってくると、そこでも人だかりが出来ていた。
原因は、王階級の『深紅の女神』だった。
別に彼女自身が何かしでかしたわけではない。
彼女とお近づきになろうと考えた連中が、ホテルの部屋から出てきた彼女を取り囲んでいたのだ。
もちろんそんなものにだって巻き込まれたくないので、完全スルーして自分の部屋に向かった。
部屋はシングルのビジネスホテル風。
カプセルホテルの方が落ち着くのだが、このコロニーの宿泊施設は全てこのタイプだから仕方がない。
僕は楽な格好になると、持ってきたラノベを取り出し、ベッドに寝転がって昨日の続きを読み始めた。
用語説明:基地になっているコロニーについて
今回と以前のゲートで使用されたコロニーは、
『施設集中型作業基地コロニー』
という、円筒形のコロニーです。
通常の円筒形コロニーより少し短く、3つある島の内2つが駐艇場になっていて、後の1つには、島の敷地の半分を占める、宿泊施設・飲食施設・リラクゼーション施設・スポーツ施設・大小の多目的ホールなどがはいった、巨大な建物がある。
もう半分の敷地には、緑地の公園と物品倉庫がある。
駐艇場は作業場にもなります。
アホウドリ:(信天翁、阿房鳥、阿呆鳥、Phoebastria albatrus)は、ミズナギドリ目アホウドリ科アホウドリ属に分類される鳥類。
ご意見・ご感想・誤字報告よろしくお願いいたします




