モブNo.35:『もちろん。私の遠隔式人形(ひとがた)ボディを製作するためですよ』
ヒーロー君の立ち直りの瞬間を目撃した翌日。
僕は久々に充実した1日を過ごすことができた。
朝起きて朝食を食べたあと、洗濯機を回してからまず部屋の掃除とゴミ捨て。
それが終わる頃には洗濯が終わっているから、それを畳んでタンスにしまう。
それからその日の分の食料品の買い出しが終了すれば、あとはアニメ三昧だ。
溜めてあった『鬼殺しの剣』の劇場版や、『呪殺連戦』『こんな素晴らしい異世界で幸福を・シーズン3』なんかを一気見した。
しかしその最高の1日のあとには、憂鬱な半日が来ることがわかっていた。
船が戻ってくるのは嬉しいが、それをギルドの駐艇場にもっていかないといけないからだ。
普段なら気にすることもない事だが、ローンズのおっちゃんがいないというだけでこんなに不安になるというのはヤバい気がする。
最悪の事態(ローンズのおっちゃんが退職もしくは免職)になった場合、ゼイストール氏は仕事はまともなので、受付をお願いしても大丈夫だろう。
色々弊害はありそうだけど。
男性受付も他にいなくはないが、数が少ない上にイケメンがほとんどで、大概女性傭兵がへばりついてたりするため話しかけられないのだ。
まあ駐艇場に船を停泊させるだけなら駐艇場の管理の人と話して手続きするだけなんだけどね。
そして翌日。
『ドルグ整備工場』に船を引き取りにいった。
「こんちわっす」
「おう、出来てるぞ。代金はいつもどおりだ」
ドルグさん=おやっさんは何かの修理をしながら返事をした。
「じゃあ、支払いはこっちでお願いしますね」
「あ、はい」
そのおやっさんの代わりに、奥さんが応対をしてくれた。
小柄で筋肉質で腹も出ていて髭面のためか、近所の人やメカニック仲間からは『ドワーフ』なんて呼ばれているにも拘らず、奥さんは年齢を重ねている今現在でも美人なのが間違いない人だ。
若い頃ならさぞかしモテたのは間違いない。
なんでも奥さんの方から交際を迫ったらしい。
そうして支払いをしていると、
「そうそう、そいつのエンジンのメーカーが生産を止めちまったらしい。だから修理部品の在庫がつきたら載せ換えをかんがえとけよ」
おやっさんがとんでもない爆弾を落としてくれた。
「えー!?あのメーカー頑張ってくれてたのに…さすがにエンジンの自作は出来ないからなあ」
「せいぜい壊さないようにするんだな」
僕の船『パッチワーク号』は、元々この店に置いてあった中古品を買い取り、足りない部分や補強するために、色んなパーツを取り替えたりくっつけたりして作り上げたものだ。
とはいえ、エンジンだけは下手な事ができないので純正品を使う必要がある。
なのでもし壊れるようなことがあれば、おやっさんのいう通り、載せ換えをしないといけなくなる。
これからますます慎重にいかないとな。
おやっさんの所で船を受けとると、そのまま傭兵ギルドの駐艇場に向かった。
「こちらECIM―987072。ジョン・ウーゾスです。着陸許可願います」
『こちら傭兵ギルドイッツ支部管制塔。着陸を許可する。J―910に着陸してくれ』
「了解」
そして指示どおり着陸すると、地上にいた管理の職員さんが声をかけてきた。
「いやあ、ありがたいよ。やっぱり実力のある人は違うね」
「いやいや。僕は万年騎士階級だから」
職員さんがお世辞を言ってきたので、やんわりと否定した。
「階級は関係ないんだよ」
すると職員さんは首を横に振り、真面目な雰囲気で語り始めた。
「この駐艇場は、俺達職員が台数や利便性、離着陸のやり易さなんかで停泊位置をきめてる。
実力のあるやつはその辺りもきっちりと理解してくれてるから、こっちの指示したところにキチンと停めてくれて、しかも停めかたが綺麗だ。
しかし腕がない奴は指示した場所には停めるが、停めかたが汚い。
粋がった奴は指示したところに停めない。俺の好きな数字に停めさせろとか、ラッキーナンバーがいいとかな。
あの『漆黒の悪魔』やうちのエースの『羽兜』なんかは、指示したところにぴたっと綺麗に停めてくれるんだよ」
どうやら色々と苦労があるらしい。
「それならその話を広めればいいのに」
その話が広まれば、腕利きを自称する連中は競って指示に従い、綺麗にとめるだろう。
しかし職員さんはまたも首を横に振る。
「これは俺たち施設管理職員の独断の基準だからな。噂の出どころがわかれば。そういう連中は聞く耳もたないよ」
職員さんは寂しそうに笑った。
もしかすると以前に噂を流したものの、さっき言った理由で無視されてしまったことが有るのかも知れない。
駐艇場から傭兵ギルドの施設外に出るには、どうしてもギルドの建物を通らないといけない。
誰にも絡まれなければ、それは実に容易いことだ。
しかしそうはならなかった。
不意に僕の腕輪型端末からコール音が鳴り響いた。
僕は直ぐ様人気の少ないところにある長椅子に移動し、そこに座って通信を受けた。
ちなみにその相手はロスヴァイゼさんだった。
まあ生身の人間でないことが救いだ。
「もしもし?どうかしたんですか?」
『お久し振りですキャプテンウーゾス。今日はちょっとお願いがありまして』
「いやな予感しかないんでお断りします」
ロスヴァイゼさんのお願いは、間違いなくろくなことじゃない。
『どうしてです?まだ何もいってないのに?』
「なんとなく嫌な予感がしたので」
『ともかく話を聞いて下さい!』
「はいはい…」
多分着信拒否設定にしたとしてもかかってくるので、話を聞いた方が面倒が早めに終わるはずだ。
『実は、アンドロイドを注文したいのです。良いお店をしりませんか?』
「僕はアンドロイドには詳しくないですから、大手の所しかしりませんよ。それぐらいなら、ロスヴァイゼさんなら簡単に調べられるでしょう?」
『ですから、場末の穴場な所を知っている人を教えてもらえませんか?』
残念だが、僕はアンドロイド関係は本当に詳しくない。
それに僕は彼女のパートナーではないのだから、そういう相談をされても困るだけだ。
「そういうのはパートナーに頼むべきじゃないの?」
『あれはいま昇進試験のための勉強をさせているので』
「たしか司教階級への無条件での昇進を蹴ったんでしたっけ」
『試験が関わる特別扱いはトラブルの元になるからまともに受けたいって』
そう。イキリ君ことランベルト・リアグラズ君は、様々な戦績からあっというまに騎士階級になり、すぐさま司教階級への無試験での昇進を打診された。
だがそれを断わり、ちゃんと試験を受けて昇進したいと言ったのは、かなり有名な話になっている。
意外に真面目なんだなとちょっと感心した。
「それより。アンドロイドなんか何につかうんです?」
『もちろん。私の遠隔式人形ボディを製作するためですよ』
質問が来たときから薄々はわかっていたけれど、しっかり言葉にされると不安が増す。
それこそ古代の技術で作れば凄いのが作れそうだけど、そのあたりは流石に無理なのだろう。
「ともかく。そういう方面では僕はお役には立てませんよ。医療用具関係のサイトをみて見るといいとおもいますよ。医療現場はアンドロイドが結構使われてますから、情報も多いと思います。それから、アンドロイドフェチのサイトなんかで聞いてもいいと思いますよ」
『そうなのですか?じゃあそっちを覗いてみますね。ご助言ありがとうございました。ではまた』
そうしてロスヴァイゼさんは通信を切った。
できればロスヴァイゼさんの企みが成就するのが、1分1秒でも遅れることを祈るしかない。
そのボディが出来上がり、親しく話しかけられたりすれば、身の破滅につながるからだ。
モブにとって悪い事の足音が少しずつ近付いてきます。
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