モブNo.207∶『もちろん!』
とりあえず報告は終わったし、報酬も貰ったので帰ろうとしたら、何者かがローンズのおっちゃんに話しかけた。
「ローンズ主任。ウーゾスさんって帰ってきたんですか?」
その正体は、受付嬢の1人、ミーヤ・アウシムさんだった。
彼女は、僕が傭兵になりたての時には既に受付嬢をやっていた人で、その時はまだアルバイトで高校生だったらしい。
しっかりした人で、僕が色々嫌がらせを受けていた時にも普通に接してくれた人だ。
そのアウシムさんから僕の所在を聞かれたおっちゃんは、
「戻って来てるぜ」
と、僕を指さした。
するとアウシムさんは暫く僕を見つめると、
「えっと……弟さんですか?」
と、尋ねてきた。
痩せたとはいえ、顔のパーツ的なものは変わってないはずだから、そういう反応が出てもおかしくはない。が、やはり僕の印象は『太っている』なのだろう。
するとそこに、傭兵ギルドイッツ支部でNo.1受付嬢であるアルフォンス・ゼイストール氏がやってきた。
そして僕を見ると開口一番、
「あ、ウーゾスさん。お戻りになったんですね」
と、笑顔で声をかけてきた。
「え?」
その発言に、アウシムさんは一瞬呆けた表情を浮かべた。
「ジョン・ウーゾスさん本人ですよ。かなり痩せたみたいですけどね」
困惑しているアウシムさんに、ゼイストール氏が説明をしてくれた。
「本当に……?」
それでもアウシムさんは信じられなかったらしく、近寄って僕の顔をじっと見つめてきた。
「たしかによく見たらそうかも?」
美人に近寄られるのは、僕みたいな人間には苦行か嫌がらせにしかならないからやめて欲しい。
「おっちゃんもゼイストール氏もよくわかったねえ。自分でも違和感があるのに……」
しかし、ローンズのおっちゃんにしてもゼイストール氏にしても、かなり印象が変わったはずなのになぜわかったのだろうと不思議に思い、尋ねてみた。
「まあ、長い付き合いだからなんとなくな」
「顔の特徴や声はそのままでしたからね。それに受付としてはお客の顔を覚えるのも大切ですからね」
どうやら、受付としての年期と技術の賜物だったらしい。
そのあとなぜかアウシムさんとゼイストール氏に、写真を撮らせてくれと頼まれてしまった。
写真は苦手なので遠慮したかったが、両側から腕を掴まれて逃げることができなかった。
なんとか傭兵ギルドから脱出したあとは、ゴンザレスに会うべく闇市商店街に向かった。
その途中、例の肉屋さんで『地の底の生命を擂り潰しモノにて顕現する至福の黄金』を6個購入し、『ウイッチ・ベーカリー』では、たまごサラダのサンドイッチ2つと、揚げたてのチーズ入りカレーパンを4つ購入、そのあとは自販機で炭酸飲料を買い、パットソン調剤薬局に向かった。
あいつのことだから、僕が撃墜されたことは知ってるだろう。
なので特に気にすることなく、いつも通り中に入っていった。
「よう」
ゴンザレスの奴は、いつも通りの格好に咥えタバコで新聞を読んでいた。
俺の声に反応して顔をあげると、
「お、死にかけて全身サイバー化したのか?」
と、言ってきた。
誰だ? とならなかったのはちょっと嬉しかったけど、そっちの方向に考えるとは思わなかった。
「助けてくれた人が、怪我の治療中に勝手に痩身処置をやったんだよ」
「その方が健康には良いんだから暫くそうしてろ」
「違和感が半端ないんだけど……」
ゴンザレスはクスクス笑いながら新聞をたたみ、僕が持ってきたチーズ入りカレーパンを手に取った。
そうしてコロッケとカレーパンとサンドイッチを味わいながら、ゴンザレスは分かっているだけの情報を話し始めた。
「第7艦隊は、今かなり世間からバッシングを受けてる。民間船を襲ったのは悪手だった感じだな。しかし同時に、トーンチード准将の家庭環境やら生い立ちやらの情報が流れてきて、同情的になってる奴もいる」
トーンチード准将の家庭環境と生い立ちをきいたけど、たしかに同情したくはなる。
だからといって民間船を襲って構わないとはならないから、同情的なのは反帝国思想の連中だろうけど、純粋な平民にも同情する人達は居るだろう。
「バカな貴族に恨みがある人は多いからねえ」
平民だけではなく、同じ貴族同士でも恨みを持っているわけだから、その数は計り知れない。
「ところでウーゾス。せっかく痩せたんだから、健康のためにできるだけ維持しろ。揚げ物とか控えろよ」
そう言ってゴンザレスは残っていたコロッケをサッと奪っていった。
たしかに健康のためには痩せているほうがいいんだろうが、違和感が半端ないんだよなあ……。
どうしたものかと考えながら、久しぶりの自宅に帰った時、腕輪型端末が鳴った。
相手はグレイシア・キュリースさんだった。
「もしもし」
『やあウーゾス君』
「改めて、助けていただいてありがとうございます」
画面に映るキュリースさんに、心から頭を下げる。
救助してもらえず、あのまま宇宙空間を漂っていたら、間違いなく死んでいたはず。
それを考えると、自然と頭が下がる。
『そこまで感謝されていると思うとちょっと心苦しいんだけど、実は、救助時の費用、治療費、惑星イッツへの輸送費、服の代金。しめて1億クレジットを払ってもらおうと思ってね』
かなり高額、というかボッタクリどころでは無いけれど、救助義務のある警察や軍隊ではないし、命を救ってもらったわけだから、救助費用の請求は別におかしなことではない。
相手に、本来ならば乗員の為に使用するための、燃料・酸素・食料・医薬品や医療器具を消耗・使用させるのだから当然の権利だ。
幸い預貯金にはそれなりの額がある。
ばあちゃんの言ったとおり、戻ってきた金をもらっておいてよかった。
「すぐには無理なので、暫くお待ちいただけますか?」
『まったまった! 流石に億は冗談だよ』
僕が平然と払おうとすると、キュリースさんの方が待ったを掛けてきた。
こっちは真剣だというのに、あまり笑えない冗談だ。
『実は、治療費のかわりに買ってもらいたいものがあるんだよ』
「なんですか?」
『私が設計した汎用型の戦闘艇』
キュリースさんは自信に満ちた表情でガッツポーズをしてみせた。
キュリースさんが、ビル・ドルグのおやっさんのように普通の人間のエンジニアだったら何の問題もない。
それこそ喜んで話を受けていたかもしれない。
しかし彼女は、意志のある古代兵器、Wagner・Varukyuria・Sistersのナンバー8。
ロスヴァイゼさんの姉でゲルヒルデさんの妹だ。
正直油断はできない。
「そういう設定にした姉妹の誰かじゃないですよね? 後、新造した意志のある現代兵器も絶対にお断りです」
とりあえず疑いの表情をしながら、キュリースさんに質問をする。
『それはないから大丈夫。君が使っていたイオフス社のノルテゲレームをベースに、船体素材・エンジン・レーダー・操縦性・武装なんかを私が設計して製作した機体なの。それを買ってくれることで、治療費の請求は無しってことにするからさ』
キュリースさんの表情をみる限りは、姉を押し付けたり、新しい妹を押し付けるつもりは無さそうだ。
まあ、もし押し付けられたら、即座に返品すればいいだろうし、なんだったら、恩を仇で返す形にはなってしまうが、ブレスキン閣下にグリムゲルデさんの情報ごと売り払ってもいいだろう。
それさえないなら、恩人でもあるのだから購入もやぶさかではない。
「お値段はどのくらいになるんですか?」
『一千万クレジットぐらいにはなっちゃうかな。でも性能から考えたら破格のお値段だよ』
そこまで言うのなら信用できる性能なんだろう。
その時僕はある兵装を思いだした。
あれなら目立つようなものでは無いし、戦闘にも有用だ。
「じゃあ追加で武装をお願いしてもいいですか?」
『もちろん!』
キュリースさんは嬉しそうに親指を立てた。
書籍版第六巻の発売が決定し、追加分の執筆のため、
こちらの更新は暫くお休みさせていただきます。
御了承くださいますようお願い致します。
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