モブNo.206∶「ただいま」
あれから僕は、患者用の貫頭衣を着せられた後、チューブのついたマスクを付けられ、液体の入った透明な円筒型の容器、いわゆる治療器に入れられ、そのまま意識を失った。
というか、治療器で治療を受ける場合は、マスクから睡眠薬が投与されるのは当たり前の処置だ。
そして目を覚ました時には、僕の怪我は影も形もなく完治しており、おまけに惑星イッツの衛星軌道上まで連れてきてもらっていた。
惑星イッツの衛星軌道上には衛星ショータムがあり、その表側、惑星イッツに面している側、には居住用ドームがいくつもあり、帝国の首都からやってきた貴族達の高級住宅街になっていることもあって、宇宙港からは直通の往復シャトルが出ている。
そしてその裏側、惑星イッツに面していない側、は、小惑星を改造した別荘兼個人停泊地の集積地で、大小様々な小惑星が並んでいる。
そのなかに、グレイシア・キュリース名義で、グリムゲルデさんの本体が収納できるサイズの小惑星を所有しているそうで、その小惑星の内部を改造して、本体の停泊地兼ドック兼デブリ収集倉庫兼商品倉庫としてつかっているそうで『工房』と呼んでいるそうだ。
そんな現状を、僕はグリムゲルデさんの船内にある医務室で聞いていた。
ちなみに今からメディカルチェックを受けるところだ。
「それじゃあ、今からチェックするからね。ぷぷっ!」
「なんで笑うんですか?」
「いやあ。痩せたら意外と? まあイケメンじゃない感じだけど、悪くないんじゃない」
実は今現在の僕は、かなり痩せてしまっていた。
どうやらグリムゲルデさんが、怪我の治療と同時に、勝手に痩身処置を施したらしい。
その理由は、『健康には良くない』と『面白そうだったから』だ、そうだ。
今の技術では、検査→脂肪消去の薬剤注射(24時間経過の必要→余剰皮膚の除去手術)の手順が必要なのに、治療器だけで全て行えるのはさすが古代兵器の医療器具だ。
まあ、簡単に痩せると、ありがたみがなくなり料金もとれなくなるから、逆に手間を戻したのかもしれないけど。
現在の自分を鏡で見ると、自分なのはわかるけど何故か違和感がある。
そしてどことなく父さんにも似ている気がする。
まあそのへんは親子だから当たり前だけどね。
グリムゲルデさん。いや今までどおりグレイシア・キュリースさんと呼ぶことにしよう。は、医療用スキャナーを使用し、僕の全身をチェックしていく。
「傷は塞がったし、健康面も問題ないみたいだね」
なぜ彼女があの場にいたのか?
なぜ僕を助けてくれたのか?
その意図は未だに分からないが、命の恩人なのは間違いない。
「あらためて、助けていただきありがとうございます」
僕は心から感謝しながら頭を下げる。
「気にしないでいいよ。それより、まさかゲルヒルデ姉さんにあんな量産機で一発でも掠めるなんて。なかなかいい腕だね!」
キュリースさんはニコニコとしながら、僕とゲルヒルデさんの戦闘の感想を口にする。
「必死だっただけです」
彼女がどんな答えを期待したのかは知らないが、僕からはその一言しかでなかった。
正直二度とやりたくない。
僅かだけど、沈黙が続いた時、円筒型のドロイドがボックスを持ってきた。
その上には、僕の腕輪型端末があった。
「貴方の服もパイロットスーツも廃棄するしかなかったから、これを使ってね」
開けてみると、服が入っていた。
しかもイッツの宇宙港で売っているサイズ調整機能が付いてるやつだった。
今までは大きいサイズの専門店の『グッドエルド』に行くしか無かったから、普通の洋品店の服を着るのはなかなか新鮮だった。
「じゃあ今からイッツの宇宙港に向かおうか」
そうして案内されたのは、ドックの隅であり、そこにあったのは、サンフィールド社製貨物船の最新型『ネオ・キャリーエースⅦ型』だった。
僕が運転するといったのだが、『これは私のだから』と代わってはくれなかった。
よく考えると、船が船を操縦するという不思議な状態だったりする。
そうして『ネオ・キャリーエースⅦ型』に乗り込むと、ちょっと気になっていた事を尋ねてみた。
「そういえば、おやっさんとは先代からの付き合いって言ってましたが……」
「アバターを複数用意してるのさ。老婆に中年女性。ベースにしているこの若年女性と、若年女性のパターン違い。あとはティーンエイジャーと幼児ね。3体までなら同時かつバラバラに動かせるよ」
キュリースさんは、僕の質問を待っていましたとばかりに答えてくれた。
もしかして自慢だったりするんだろうか?
そうこうしているうちに宇宙港に到着すると、
「じゃあ私はまだやることがあるからここで失礼するね」
キュリースさんはそう言って『工房』にとんぼ返りしてしまった。
幸い、腕輪型端末の情報は無事だったので、軌道エレベーターの料金を払い、惑星上に降りた。
軌道エレベーターの地上基地があるのは海上で、長距離移動用の高速超電導浮上式鉄道の駅や、短距離用の大気圏内専用噴流式航空機(ジャンボジェット機)の空港、貨物用トラックの搬入口、自家用車用の駐車場と昇降スペース、多数のビジネスホテルやシティーホテルがあり、人間と物流のターミナルになっている。
普段宇宙港に行くときは、自分の船で直接向かっているから、軌道エレベーターの地上部分をみるのは新鮮だ。
僕は高速超電導浮上式鉄道に乗り込んで1時間ほどした後、傭兵ギルドのあるパルベア市に帰ってくることができた。
大した時間は経っていないはずなのだけれど、妙に感慨深いのは、命の危険があったからかもしれない。
僕はまず、ローンズのおっちゃんのところに向かった。
「ただいま」
おっちゃんは驚いた表情を浮かべたが、すぐにいつもの表情に戻り、
「おう。随分様変わりしたじゃねえか」
にやりと笑った。
「不本意だけどね」
「案外最初からそれだったら嫌がらせは少なかったかもな」
「どうかな」
たられば話ほど無意味なものはないので、現実の話をすることする。
「それで、依頼のほうはどうなったの?」
僕がそう質問すると、おっちゃんは色々書類を取り出し、
「今回お前達が受けた、『スターライト・コメット』社の貨物輸送船の護衛依頼は、ユーリィの奴が1人でとはいえ、無事目的地に到着させたから成功ということになる。お前以外のメンバーも全員救助された。ただ、司教階級のカイ・サブレスは傭兵を引退するそうだ。元々今回の依頼が終わればそうするつもりだったらしい上に、撃墜の時に片足を失ったらしく、現在クローン再生の治療を受けているしな。なにはともあれ、依頼としては成功したわけだから、報酬は支払われる」
色々と説明した後に、現金と情報を渡してきたので、ありがたく受け取った。
「で、今回の事で第7艦隊のやったことは明るみに出ることになった。トーンチード伯爵家は『自分達は無関係。サラマスの独断だ』と主張しているそうだ。軍の見立てだと、実家は確かに関わってないらしいが、肩身は狭くなっているらしい。軍自体も対応に追われてるらしい」
そして僕が報酬を受け取ると、表情を引き締めながら、今回の第7艦隊の現状を説明してくれた。
「影響も大きそうだね」
混乱を避けるためにと隠蔽していたとしても、民間船を軍艦が襲撃してしまっては言い逃れは出来なくなる。
それなら責任の所在を明らかにすれば多少の分散はできるだろうと、公表に踏み切ったんだろう。
こういうことを考えそうな人は……偉い人にはいっぱいいそうだよね……。
デブなキモオタモブ痩せる!
イラストレーターのハム様の絵で痩せたと考えると、
身長は低いですが、空の◯界にでてくる黒◯幹◯みたいになりそうです。
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