モブNo.205∶「ようこそ|グリムゲルデ《わたし》に。歓迎するよジョン・ウーゾス君」
正直勝てる気はしない。
なんとか隙を見て逃げるしか手はないだろう。
だが、向こうの動きに隙はない。
そんな時、相手から通信がきた。
画面に現れたのは、黒目の三白眼で鋭い眼光を放ち、黒い髪を背中まで伸ばしている女性、ゲルヒルデさんだった。
『なんだ。誰かと思えばあの時の人間ではないか。久しぶりだな』
そしてこの後ろの取り合いの最中に、世間話をしてきた。
「お久しぶりですねゲルヒルデさん……」
こっちは余裕ゼロにしてはよく返せたと思う。
そんなこっちの苦悩など気にする様子もなく、
『そういえば貴様の名前を聞いていなかったな』
などといってきた。
「そういえばそうですね」
『確か愚妹から聞いた記憶はあるが……すまんな。思い出せん。まあ、次の機会があれば聞くことにしよう』
それだけ言うと、ゲルヒルデさんは通信を切った。
やっぱり会話で見逃してはくれないね。
それからは、生きた心地がしなくなった。
僕がなんとかしてゲルヒルデさんの背後に回り込んだと思った瞬間に、その姿が消え、警告が鳴り響く。
しかもなんとなくだけど、いや、確実に遊ばれているような感覚がある。
しかしそのおかげでなんとか生き延びる事ができている。
そんなゲルヒルデさんの動きは、たとえるなら空を飛ぶ生き物の動きのように思える。
宇宙空間でなにをほざいていると言われるかもしれないけど、意志のある古代兵器であり、今宇宙空間を飛んでいるあの戦闘艇が自分自身であるゲルヒルデさんが、本当に生き物のような動きをしているように感じるのだ。
大気圏内の空中戦闘の話になってしまうが、戦闘機では鳥の動きについていけないと聞いたことがある。
猛禽類は勿論、小型の鳥でも、翼を折り畳んでの急旋回、高速移動中からのホバリング停止、からの急加速を使いこなしているという。
勿論出来ないのも居るらしいけど。
それを戦闘機で再現するのは至難の技どころではないらしい。
もし戦闘機と同じサイズの猛禽類がいたら、戦闘機はドッグファイトで勝利できるか考えて欲しい。(まあ、戦闘機にはバルカン砲や速度があるから本当の意味で負けはしないだろうけど)
正直舐めプをされているのがわかったとしても、どうしようもできないのが現状だ。
主人公ならこれに腹を立てて、勇猛果敢に相手に立ち向かい、撃墜する感じだろう。
しかし僕としては、逃げ出すチャンスだ!
とにかく逃げ回り、わずかな隙や変化を見つけて突破口にするしかない。
だがその、隙を見つける・変化が起こるのを待つ、その時間は生きた心地がしない。
警告が鳴っていない瞬間も、いつ攻撃がくるか分からない。
この緊張のせいで程よく痩せそうだ。
最終的にはビームを食らって骨すら残らないくらいにね。
しかし粘った甲斐があり、本当に隙を見つけたのか、わざと手を抜いたのかは不明だが、隙を見つけることが出来た。
が、僕の撃ったビームは、スレスレでかわしたゲルヒルデさんの機体の塗装を剥がしただけだった。
しかしそれがよくなかった。
当たったと喜んで油断したつもりはなかったのに、即座に回り込まれてビームを食らってしまった。
振動が身体に伝わる。
僕は即座に脱出装置を作動させ、脱出を試みた。
戦闘時にはパイロットスーツを着ておく癖をつけておいてよかった。
脱出装置が起動し、なんとか機体からの脱出はできたけれど、機体の爆発でかなり吹き飛ばされてしまった。
吹き飛ばされた後、身体に痛みがあり、どうやら機体の破片がいくつか刺さっているらしい。
周囲を見渡したところ、ゲルヒルデさんは撃墜したら興味がなくなったのか、それとも警察か軍が近づいているのか、既に姿が消えていた。
これ以上攻撃が来ないと考え、身体に刺さった破片を引き抜くことにした。
破片は、左腕上腕に2箇所、腹部中央に1箇所、右脇腹に1箇所、右大腿部に1箇所で、それ以上は刺さっておらず、幸い手の届かない範囲にも破片は刺さっていなかった
その破片を引き抜き、パイロットスーツのポケットから、修繕用テープを貼っておく。
この修繕用テープの粘着面には、傷薬の成分が含まれていて、スーツが破れた時に出来た傷にも効果がある優れものだ。
こうしてなんとか撃墜から生き延びる事は出来たが、パイロットスーツの酸素は、せいぜい12時間。
さっき通報した警察か軍が見つけてくれれば良いが、もし第7艦隊だったらヤバイことになる。
連絡をしようにも、腕輪型端末では出力が弱すぎて使えない。
こうなると、助けが来るかどうかは運次第。
このままだと緊張もくそも関係なく、窒息して骨だけになりそうだ。
傭兵をやってる限り、こうなるかもと覚悟はしていた。
僕も戦場では相手をこの状態にしていたわけだしね。
とりあえず、パイロットスーツに内蔵されている救難信号を発信してから、体力と酸素の温存のために、無駄に動かず目を閉じ、救助を待つことにした。
僕は、救難信号装置から発せられる警告で目を覚ました。
いつの間にか寝ていたらしい。
警告は救難信号装置についてる超小型レーダーに反応があったら鳴るようになっていて、デブリや小惑星、船舶の接近を知らせてくれるものだ。
そうして目を覚ました僕の視界に入ってきたのは、銀地に黄色のラインが入った中型戦闘艇と大型戦闘艇の間くらいのサイズで、流線的な戦闘用の船ではなく、ずんぐりとしたシルエットの船だった。
雰囲気とカラーリングから、ロスヴァイゼさんやゲルヒルデさんと同じシリーズ、彼女達の姉妹なのは確実だと思われる。
問題はゲルヒルデさんの味方か、ロスヴァイゼさんの味方か、だ。
するとその船から、小さなドローンが飛んできた。
どうやらこれに掴まれということらしい。
死ぬよりはマシだと思い、そのドローンに掴まると、ドローンは船に近づいていく。
その時、船体に黄色のガントレット(小手)のエンブレムが描かれているのが目に入った。
そのうち船体の下部の一部が開き、ドローンがその中に入っていく。
船内は明るく、ドックのようになっているが、戦闘艇は乗っていない。
僕を床に降ろすとドローンはどこかへ飛び去っていった。
どうしたらいいのだろと途方に暮れていると、
「もうヘルメットは外して大丈夫だよ」
という女性の声がかかった。
その声のした方向をむくと、そこには、闇市商店街にある『修理リペアと再資源化リサイクルのキュリースガレージ』の店長、グレイシア・キュリースさんがいた。
僕はその姿を見て混乱すると同時に、彼女が何者か理解してしまった。
いや、するしかなかった。
「改めて自己紹介するよ。私はWagner・Varukyuria・Sistersのナンバー8。中型補給工作艇グリムゲルデ。普段はグレイシア・キュリースって名乗ってるよ」
キュリースさん。いや、グリムゲルデさんは、普段のお店で見る表情で笑いかけてきた。
僕の頭の中には質問が山程浮かんだけれど、身体の痛みが質問を出来なくした。
「聞きたいことはあるだろうけど、まずは医務室に案内するよ」
いつの間にか浮遊式のストレッチャードロイドが現れ、僕はその上に乗せられた。
そうして医務室に運ばれる直前、
「ようこそグリムゲルデに。歓迎するよジョン・ウーゾス君」
グリムゲルデさんが笑顔で話しかけてきた。
ついに3人目です!(予想していた人もいるようですが)
最近、ウーゾスが痩せた時どうなるのかとよくいわれます。
書いてみたいのと止めておきたいのが半々だったりはします
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