モブNo.177∶「こいつは牢に入れておけ。処分はしばらく考える」
いったいどれぐらいの時間戦闘を続けているのか朦朧としてきた時、開きっぱなしにしてあった通信チャンネルから驚くべき事が告げられた。
その内容は、
『プルファナ様とポーラ様がレイオスの手の者に襲撃され死亡! それを阻止しようとしたプリシラ様は重体! 繰り返す……』
という凶事であった。
あの母親2人はともかく、プリシラ嬢が撃たれたのは可哀想だが、この混乱状態での退却はほぼ不可能だ。
さて、ラニアン少年はどうするのかと思っていると、
『全軍このまま攻撃を! 正規軍は別働隊を出して伏兵がいないか捜索を! レイオス兄様ならなにか仕掛けていてもおかしくありません!』
ラニアン少年が、泣くのをこらえた表情で指示をだす。
一部のショタコン女が見たら、
『泣くのを我慢する美少年の表情は大すこのすこ!』
とか言って大興奮しそうな感じだ。
まあそんな感じで勇気を振り絞った少年に報いてやろうと考えた連中は多そうだ。
そんな少年に、神様がご褒美をくれたのだろう。
『味方が敵旗艦を大破! 繰り返す! 味方が敵旗艦を大破! 敵旗艦からは白旗を確認! しかし他の艦からの攻撃は停止せず!』
という朗報が飛び込んできた。
これを聞いたラニアン少年は、
『別働隊は敵旗艦に突入してレイオス兄様を確保して下さい! あ、罠には気を付けて下さい!』
という指示をだした。
それからは一方的だった。
やはり旗艦が居なくなった事は大きく、敵陣は少しずつ崩れていった。
新たに降伏するもの。徹底抗戦するもの、逃げ出すものと様々だ。
そうして戦闘の殆どが停止したころに、衛星デウクイルに突入した部隊から、汚職役人達を大量に確保したので、護送をして欲しいという連絡があり、さらにはレイオス・パランストイが捕獲されたという報告まで入った。
まるで誰かが引き際を演出したような感じだが、これで僕達の仕事は終わり。
あとは帰って依頼達成の証明をもらえば帰ることができる。
何とか生き延びられたか……。
そう思っていた時間が僕にもありました。
ラニアン陣営の基地である衛星ヤルエに戻ると、休息時間の後の祝勝会の予定が待っていた。
まあこれは予想が出来ていた。
なので、それが始まる前に、依頼終了証明書をもらいにいったところ、
「ラニアン様が許可を出してないからね。多分、祝勝会が終わった後には出せると思うよ」
それを聞いた僕は、仕方なく自分の船に戻り、ロスヴァイゼさんにお礼を言ったあと、祝勝会の終了まで惰眠を貪る事を決めた。
☆ ☆ ☆
【サイド∶ラニアン・パランストイ】
衛星デウクイルにあるレイオス兄様の陣営の基地の広間に、僕の異母兄であるレイオス兄様が拘束されていた。
レイオス兄様は僕を見つけると、
「ラニアン。今からでも遅くない。私に継承権を譲れ。お前では軍人に舐められ、役人に利用され、領民からは馬鹿にされるだけだ。その点私なら全てを押さえつけられる。何よりお前はまだ子供だ。そもそもそのような役目を与えられるべきではない。お前を金づるとしか思っていない第一、第二夫人はもういない。お前はまだ子供としての時間を生きるべきだ」
と、真剣な表情で話しかけてきた。
レイオス兄様の言っていることは正しい。
子供の僕が当主になっても、部下になる人達は言う事を聞いてはくれないだろう。
でも、
「なぜその言葉を、戦争を起こす前に私におっしゃってくれなかったんですか? それなら私は喜んでお譲りしたのに!」
戦争を起こし、何人もの人達の命を奪う結果になったいま、それに頷くことはできない。
「それをよく思わないお前の母親とポーラ第二夫人と、プリシラが邪魔をしてくれたからだ。まあ、ようやく排除できたがな」
レイオス兄様は忌々しそうな表情を浮かべた後、くっくっと笑った。
「つまり……母様たちを殺害する機会を得るために戦争を起こしたのですか?」
「そうだ。案外あの金の亡者共はガードが固くてな。勝てば堂々と、劣勢ならばこっそりと始末する予定だった。お前も薄っすらとは感じていただろう。母親のプルファナから、金づるとしか見られていないのを」
「……」
僕はこの言葉に反論出来なかった。
母様もポーラ様も、僕を金づるとしか見て居ないのは間違いない。
「最後の通告だ。今からでも遅くない。私に継承権を譲れ。そして子供である時間を過ごせ」
レイオス兄様は本当に心配している様に見える。
でもそれは、レイオス兄様が当主の座を手に入れるための方便にしか過ぎない。
「もしそれを受け入れたとしても、安全ではありませんよね? 三男のヤルサル兄様と四男のティット兄様を殺害したのはレイオス兄様ですよね?」
「ああそうだ。あの2人は母親同様にパランストイ家の財産を食い尽くすことしか出来ない連中だ。領地経営の勉強どころか、学校の勉強すらろくにやっていなかった。宿題は私に丸投げ。成績は金を積んでの偽物。奴らを生かしてなんになる?」
「レイオス兄様から見れば私も同じでしょう?」
「そうだな。多少はマシといったところか。そうやって今のまま勉強を続けていれば、評価は上がるかもしれんな」
レイオス兄様の口調は、穏やかで冷静だった。
僕の事を心配し、成長することを期待しているように思える。
何度もそのような発言を聞いているが、それは全て僕から当主の座を奪うため。
また戦争を起こさせないためには、討ち取るしかない。
僕はそう決意し、銃を取ろうとした次の瞬間、
「兄貴の敵ぃー!」
と、叫びながら、僕と年齢の変わらない少年が飛び出してきて、手にもった熱線銃でレイオス兄様に向けて引き金を引いた。
熱線銃は偶然にもレイオス兄様の胸部を貫き、撃った少年はすぐに取り押さえられた。
少年はレイオス兄様が倒れたのを見て、
「ざまぁみろ! お前が兄貴の頭を撃って殺したのを兵士から聞いたんだ!」
床に頭を押し付けられたまま叫んだ。
レイオス陣営でなにがあったかは分からないけど、レイオス兄様は彼の兄を殺したのだろう。
それが事実なら、自業自得としかいいようはない。
よくもレイオス兄様を! という怒りの感情と同時に、レイオス兄様を手にかけずにすんだという安堵の感情が湧き、その二つが頭の中をぐるぐると周り始めた。
そんな状態だった僕は、
「医療班を呼べ! 早く!」
兵士のこの一言で我に返った。
「兄様! レイオス兄様! しっかりして下さい!」
直ぐに到着した医療班の救急カプセルに収納されたレイオス兄様に声をかけると、レイオス兄様はなぜか安堵したような笑みを浮かべていた。
ほんの数秒前まで殺そうとしていた僕に対してどうしてそんな表情をするのか?
僕は複雑な気持ちになりながらも、レイオス兄様を見送った。
レイオス兄様を見送った後、僕はレイオス兄様を撃った少年に声をかけた。
「お前の兄貴というのは何者だ?」
「俺の兄貴はストリートで最強のチーム『略奪者』のリーダーのジンガー・エルアールだ!」
少年は、頭を押さえつけられたままで、自慢気に自分の兄の名前を口にした。
たしか、街に闊歩する不良集団だと、報告書で目にした覚えがある。
そんな事を思い出していた僕に対して、少年はまた口を開く。
「お前があいつの敵ってことは、俺達の仲間を殺った連中の大将だな? 俺の仲間を殺った連中はどんな奴らなんだ? みんな喧嘩や銃や車の運転には自信があった。兄貴はそれこそ全部無敵だったんだ! それがどうして……」
少年にとっては、街中でのこと、仲間内でのことが世界の全てだったのだろう。
でも、本当の世界は物凄く広大なんだ。
「お前の仲間の相手をしたのは、私の陣営が雇った傭兵達だ。お前達が強いといっても所詮は素人。戦闘のプロである傭兵に格闘や射撃、ましてや戦闘艇での戦闘で勝てるわけがないだろう」
もしかすると少年もうっすらと理解していたのかも知れない。
自分達が戦争のプロに敵うはずがないことを。
「うっ……ううっ!」
少年は涙を流しながら嗚咽し始めた。
それと同時に、レイオス兄様が息を引き取った事が報告された。
「こいつは牢に入れておけ。処分はしばらく考える」
「はっ!」
兵士の手で起こされた少年は、泣き止む事なく、そのまま連行されていった。
その時にわかったことだが、レイオス兄様に兄を殺され、レイオス兄様に復讐を遂げた『少年』は、『少女』だった。
★ ★ ★
やっと戦争が終了。
この後どうしよう……?
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