モブNo.171∶『そこの薄汚いやつ! 一番弱そうなお前からぶち殺してやる!』
首脳陣が発表した、戦闘開始まであと6時間という時に、やっぱりと言うかなんというか、敵は開始時間なんてものを守るつもりはなかったらしく、偵察部隊を撃破して進軍してきた。
僕達傭兵はなんとなしには警戒していたけど、ラニアン陣営の正規兵や首脳陣は微塵も考えていなかったらしく、かなりのパニックに陥っていた。
特に第二夫人のポーラは、
『やっぱり下民は下民ね! 貴族の儀礼など理解出来ないんだわ!』
と、喚き散らしていたらしい。
ちなみに、デウクイルとヤルエという2つの衛星は、どちらも惑星コルブの赤道上にあり、そこを中心に対称の位置にあり、常に一定の距離を保っている。
そしてこの惑星コルブは、赤道を中心にして文明圏があるため、戦闘は極方向に向け、影響を最小限にすることと言うのが条件だが、これは向こう側も守っているようだ。
まあ、当主に収まったあとに、財源が減っているのは嫌だろうから、妥当ではある。
そんな首脳陣と正規兵の慌てぶりを眺めていると、不意に全軍に一斉通信が入った。
『全軍に通達します。正規部隊は前進して敵部隊の迎撃を! 傭兵部隊は防御を固めてください! 後余裕があれは正規部隊の援護をお願いします!』
それはしっかりとした少年の声で伝えられた。
初めて聞く声であったが、その正体が、パランストイ伯爵の五男であるラニアンであることは直ぐにわかった。
黒い短髪に緑の瞳に白い肌、一瞬長女のプリシラが男装でもしているのかと疑うほどの綺麗な顔をしていた。
薄い本を書く連中なら喜んで飛びつきそうな外見だ。
しかしその表情は、当主として務めを果たそうとする決意の溢れる顔だった。
最初に第二夫人がしゃしゃりでてきたのは、彼に主導権を取られないためだったのだろう。
ともかくその声に、ようやく全軍が動き始めた。
前線の正規軍はなかなか頑張っているようで、後方までくる敵はすくない。
その理由として、敵側の連携が全く取れていないことが挙げられる。
僕達傭兵も基本好き勝手に動くが、ある程度は全体の動きに合わせる。
が、敵の動きはとにかく滅茶苦茶で、あまりにも幼稚すぎるのだ。
レイオス陣営には、街の不良、いわゆるストリートギャングみたいな連中がいるわけだが、まさかそいつらに出撃させているのだろうか?
そんなのは、免許の勉強を始めたばかりの人をレースに出場させるようなものだが、いったい何を考えてるんだろう?
しかしそのおかげでこちらの士気が高まり、じんわりと押し返せているようだ。
この後の展開としては、
『このまま敵陣に攻め込む』
『いったん補給をして出方を待つ』
というのがあり得るけど、そのあたりはどうするのかと思っていると、
『このまま進軍してください! 今なら敵も油断しているはずです』
と、再度ラニアンの命令が下った。
流石に本人がこの判断を下しているとは思わないけれど、これだけ堂々としているのはやはり素質があるのだろう。
☆ ☆ ☆
【サイド∶レイオス・パランストイ陣営・第三者視点】
衛星デウクイルの表面には、宇宙港として建設中のドームがあった。
しかし、財政難や反乱、ネキレルマとの戦争の影響で、ずっと放置されていたものだった。
そのなかでも完成している部分の一つである港長室で、灰色の髪に黒色の瞳、整った顔立ちの青年が大量の書類と対峙していた。
そこに、ノックもせずに軍服の男が飛び込んできた。
「レイオス様! たいへんです!」
「どうしました?」
「軍の一部が、戦闘開始時間前にも関わらず、出撃してしまいました!」
飛び込んできた男の無作法を咎めることも、書類から目を離すこともせずに、冷静に返答し、男の報告を聞いた。
そうしてため息をついた後、
「やっぱりですか……。出撃したのはストリートギャングの連中ですね」
「はい。艦船や戦闘艇を与えられて調子に乗ったようです。呼び戻しますか?」
「いえ。放って置きましょう。彼等でも敵の数を減らしてくれたら十分です。それより、残っている部隊に防衛の準備を」
「はっ!」
男は敬礼をすると、急いで部屋から出ていった。
「所詮は街の不良グループですかね。時間稼ぎぐらいにしか使えないんですから、できるだけ時間を稼いで欲しいものですね……」
レイオスは表情の一つも変えることなく、再び書類仕事に戻った。
★ ★ ★
ラニアンからの進軍の命令が下ってからは、正規兵にますます勢いがつき、敵軍を押し返すことができるようになっていた。
しかしここにきて、急に足が止まった。
『おい! 元気がいいのがいるぞ!』
その原因は、メタリックイエローとメタリックパープルに塗られたマックスボーグ社製のG/F22『ヴァンダー』だった。
他の機体とは明らかに機体の機動がよく、かけだしの傭兵ぐらいな動きはしていた。
『オラオラ! かかってこいよ雑魚共!』
しかもどういうつもりなのか、オープン回線でものすごくオラついていた。
さらに画面に姿が映っているわけだが、その見た目は明らかにストリートギャングのリーダーっぽい人物だった。
学生時代、いや、いまでも避けて通りたい外見をしているが、傭兵としての仕事の最中であるなら逃げるわけにはいかない。
とはいえ僕以外にも傭兵はたくさんいるし、こういうヤカラに強い人もいるはずだ。
相手のストリートギャングのリーダーもそれは理解しているらしく、焦っている様子も見て取れる。
傭兵達が、『こいつどうしてやろうか』となっていると、ストリートギャングのリーダーがいきなり動き出し、
『そこの薄汚いやつ! 一番弱そうなお前からぶち殺してやる!』
と、叫びながら、なんと僕に向かって襲いかかってきた。
マックスボーグ社製のG/F22『ヴァンダー』は、初心者にも扱い易いのに高性能という良い機体だが、重要なのは乗り手の腕だ。
仕方ないのでスロットルを開いて移動し、相手をすることにした。
相手は機体の性能もあってかなり良い動きをしていたが、正直素人丸出しだ。
にも関わらず、
『オラオラどうしたよ! 俺様相手にビビって手も足も出ないのか?』
と、かなりオラつきながらこちらに罵声を浴びせてきた。
どうせならギリギリで勝利したように見せたいけど、これは無理かな。
仕方ないので普通にループを使って撹乱した後に撃墜させてもらった。
撃墜された後も何か喚き散らしていたが、気にしないことにした。
第4巻今月25日に発売予定です
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