モブNo.158:『いやあ、ありがとう。ここ迄来ればもう十分だ。終了証明書を全員に送ろう。報酬は後からもらってくれたまえ』
僕は赤に追いかけられた状態のままで、不意に左右のどちらかに急旋回し、すぐに追いつかれるという行動を繰り返した。
こうすれば、相手は次第に苛立つと同時に、スピードにもなれて来るはずだ。
引っかかるかどうかは賭けだけど、掛かればこっちが有利になる。
幸い他の襲撃者はこちらには目もくれず、他の人に向かっていったので、赤だけに注意すればよかったのでありがたかった。
しばらくのあいだ振り回した後、そろそろかと思い、思い切り左に旋回し、一瞬だけ相手の死角である機体の下方に潜り込むと、すぐさま姿勢制御用のスラスターを使って右方向に機首を向け、ブースターで距離を取ってから、こちらを追って左旋回した相手の後方につくと、鹵獲及び捕虜にするべく、本体を破壊しないように、メイン噴射口を破壊した。
実はこの技は、相手が気がついていたり、即座に反応されたりすると、かなり間抜けな結果になるわけだけど、今回は上手くいってくれた。
相手の機体が次第に惰性で移動し始め、そろそろ捕縛出来るかなとおもった瞬間、相手の機体から、緊急脱出用カプセルが射出された。
以前にも同じ感じで逃げられたのだから警戒するべきだったのに、また逃げられるとは、油断のしすぎとしかいえないだろう。
とはいえ、赤を撃退したわけだから、残りの襲撃者をと思ったのだけれど、赤の退却と同時に、いや、その前からパラパラと撤退していたらしく、すでにいなくなっていた。
『よし。敵機影はなし。今からゲートを開けるから、急いで本隊と合流するといい。君たちが撃墜した機体は、こちらが回収して傭兵ギルドのほうに報告書を出しておこう』
ゲート警備隊の方から有り難い話もでたところで、今回の襲撃事件は一応の終了となった。
ゲートをくぐると、眼前には惑星ボルトグラスの姿があり、惑星の警備艇が何十隻ととびまわり、ゲート方向や惑星周辺を警戒していた。
どうやら最初に、ゲートを渡った連中が通報してくれたらしい。
ゲートの移動先にまで追ってきた場合に備えての当然の対応だ。
それでも俺達は警戒しつつ、ザクウン商会の船を宇宙港まで護衛していった。
そして停泊地に入港する直前で、
『いやあ、ありがとう。ここ迄来ればもう十分だ。終了証明書を全員に送ろう。報酬は後からもらってくれたまえ』
商会長のアマス・ザクウン氏からそんな通信があった。
全員から安堵と歓喜の表情が浮かんだその瞬間、惑星ポルトグラスの警備艇の1隻が、ザクウン商会の船を攻撃した。
停泊地への入港前は、護衛といえど一定の距離を取らないといけないため、庇うことすらできなかった。
恐らくこの瞬間を狙っての襲撃だったのだろう。
まさか惑星ボルトグラスの警備艇に偽装しているとは思わなかったし、その警備艇も怪しい行動はまったくしておらず、攻撃する予兆すら感じられなかった。
しかもご丁寧に、エンジンのあるであろう位置を撃ちやがった。
そのため船体に小爆発がいくつも発生し、最後には大きな爆発が起こった。
そのため宇宙港の外壁や入り口を開けていた停泊地の内壁にもダメージがはいっていた。
もちろん全員でその警備艇を攻撃しようとしたが、惑星ボルトグラスの警備艇が先にその船を完全に拿捕していた。
すぐに救助隊やら消防隊やらが来てくれたが、当然乗員は全員死亡していた。
さらに言えば、終了証明書はまだ渡されて居なかったので、この護衛依頼は失敗、しかも依頼者死亡という不名誉なものということになる。
警備艇のパイロットが、先の襲撃者である赤の仲間であるなら、彼等の作戦は、目論見どおり成功したことになる。
ちなみに警備艇の襲撃者は、強制停止させてコックピットに侵入し、声をかけた瞬間に不敵に笑いながら血反吐を吐いて死んだらしい。
その報告を聞いた僕の感想としては、赤を含めた襲撃者とは別口なんじゃないだろうかと思ってしまった。
☆ ☆ ☆
【サイド:アルティシュルト・ビンギル・オーヴォールス公爵邸・第三者視点】
豪奢ではあるが、質実で機能美に満ち、金持ち特有の嫌味が感じられない執務室で、その館の主人が書類仕事をしていた。
そこに、丁寧なノックの音が響く。
「入りたまえ」
「失礼いたします」
執務室に入ってきたのは、きっちりとした格好の執事だった。
「ご報告がございます」
「聞こうか」
公爵は書類仕事の手を止める。
「はい。まず、反帝国主義者の吸収派の始末ですが、失敗しましたが目的は達したという状態に落ち着きました」
「どういう事かね?」
執事の報告に、公爵は不思議そうな顔をする。
「反帝国主義者・吸収派の隠れ蓑であるザクウン商会の会長及び幹部を始末するために二段構えの襲撃計画を実行いたしました。その結果第一段は失敗いたしましたが。そして第二段を発動する寸前に、何者かがザクウン商会の船に攻撃をしかけました。結果船は爆発、乗員は全員死亡というものです」
「その余計な功労者は何処の誰なんだね?」
「犯人は、惑星ボルトグラスの警備部隊に数日前に配備されたヘンリー・ブラウンという男で、襲撃後に確保された時に、服毒自殺をしたようです。入隊前の経歴は全て偽物でした。そしてどうやら、反帝国主義者の殲滅派の人間ではないかとのことです」
執事の報告に、公爵はため息をつきながら、椅子に深く座り直す。
「吸収派には、貴族が多数在籍しているようだからな。殲滅派の彼等に取っては、敵ということか。しかし釈然としないな。勢い込んで試合に挑もうとしたのに、相手がこなくて不戦勝になった感じだ」
「それともう一つ。今回の第一段階に参加した『猟犬の赤』ですが、指揮官の言葉を聞かず、暴走したそうです」
「ふむ。まあ、戦闘で他人の指揮下に入るという訓練はあまり芳しくはなかったが、悪い癖がでたか……」
「いかが致しましょう?」
「癖のある犬もそれなりに使い所はある。ほうっておけ。が、失敗に対しての罰は与えておくように」
「かしこまりました」
公爵か再び執務に戻ると、執事は音もなく執務室から出ていった。
☆ ☆ ☆
【サイド:エリサ・ラドゥーム】
今回私達に与えられた使命は、反帝国主義者・吸収派の幹部連中の一掃だ。
姉さんは第一段階、私は第二段階の部隊に配備された。
その事自体には少し不安があった。
姉さんはいつも私と2人で任務をしていた。
その際の主導権を持っているのは姉さんだった。
その姉さんが、他人の部下として働けるか不安だった。
そしてその不安は当たってしまった。
ターゲットの護衛艇のメンバーに『土埃』がいたのを見つけると、指揮官の指示を無視して突貫していったという。
敗北をしてしまった相手に対して、リベンジをしたいというのはわかります。
ですが、最初は自分達より上手だと言っていた相手に対して、外見が自分の好む人物でなかったという理由で、自分より弱いと思い込んでしまった状態では勝てるはずはありません。
その原因は、姉さんの面食いな嗜好と、姉さんのいままでの人生において、敗北してきたのがイケメンやイケオジや美少年ばかりで、そうでない人には全て勝利してきたためと考えられますが、本当のところは私にもわかりません。
今回の事で少しは考えを改めてくれると有り難いのだけど……。
難しいでしょうね。
★ ★ ★
公爵と執事の会話が楽しい……
台風の影響もあり、ゲリラ豪雨にやられました……
ご意見・ご感想・誤字報告よろしくお願いいたします




