モブNo.148:「ないね。雲の上の話だもの」
可哀想なおじさん、スティーブ・マルダオ氏を警察に引き渡した後、イッツに戻ってきた僕に待ち受けていたのは、皇帝陛下の皇配は誰になるかという話題と、それに伴うブックメーカーの盛り上がりぶりだった。
この前の戦争の戦後処理がまだまだ終わっていない上に、国内の不穏分子もいるのにと思うが、多分わざとだろう。
少しでも明るい、景気の良い話題を提供して、不安をなくそうというのが狙いといったところだ。
ブックメーカーが出した一覧には、皇帝陛下のお相手になりそうな人物の名前が並んでいて、その中には本物の公爵閣下の孫の名前も上がっていた。
しかしその候補の中に、知り合いの名前があるとは思わなかった。
そう、大銀河帝国軍・惑星防衛艦隊・帝都惑星ハイン防衛部隊・別名帝都防衛部隊所属・第18航宙部隊隊長の、リオル・バーンネクスト少佐殿だ。
それなりの家の人だとは思っていたけれど、皇配候補の一人にエントリーしているとは思わなかった。
僕のうんざりとした表情を見たローンズのおっちゃんは、
「どんな奴が皇配になるか興味ないのか?」
と、聞いてきた。
「ないね。雲の上の話だもの」
賭けのメインである皇配候補の一覧をおっちゃんに返すと、今度は依頼の一覧を手に取った。
「大気圏は毎度突破してるじゃねえか」
「意味が違うっしょ」
ローンズのおっちゃんは何人かに賭けるつもりらしく、皇配候補の一覧を真剣に眺めていた。
そんな与太話をしながら依頼の一覧をよく見ると、旧ネキレルマ星王国領域の惑星内警備の仕事があった。
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業務内容:旧ネキレルマ星王国領域の惑星バルダルの惑星上警備及び巡回。
業務期間:銀河標準時間で約1ヶ月(30日間)
3交代制の8時間連続勤務で16時間の待機休憩。
業務環境:管理基地内にある宿泊施設(カプセルホテル式)の無料使用・食事の無料支給。
大気圏内で運用可能な乗り物の燃料支給。
業務条件:大気圏内で運用可能な航空機・宇宙船・車両等の持ち込み必須。
持ち込んだ航空機・宇宙船・車両が破損した場合の修理費は自腹。
緊急時には、待機休憩時でも対処・出撃すること。
上記理由により、待機休憩時の基地外への無断外出不可。
報酬: 60万クレジット・固定。危険手当有り。(旧ネキレルマ星王国軍残党との戦闘の可能性あり)
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宇宙空間ではなく、大気圏内の警備・巡回というのが、対テロリストを警戒しているのが丸分かりだ。
この惑星バルダルは、イコライ伯爵領惑星テウラが荒野の惑星なら、こちらはまさに砂漠の惑星だ。
広大な砂漠にいくつかのオアシスが点在し、惑星表面の5割を海が占めている。
惑星テウラにトライダム鉱石の鉱脈があったことから、近似した環境のこの惑星にも以前から調査が行われていたが、調査を任された貴族は、与えられた調査費で贅沢三昧していたため、調査は進んでいなかった。
更にはカイエセ・ドーウィンが実権を握ってからは、軍備に集中したために、ますます放置されていたらしい。
もしこれでダルバルにもトライダム鉱石の鉱脈があったとしたら、旧ネキレルマ星王国は、巨大な燃料資源を2つも有しておきながら、自分達の傲慢により見逃していたということになる。
元々ここの開発を任されていた貴族、ダッサリアヌ男爵は戦争で死去、その家族が惑星の権利を主張したが、今までの調査費の着服や調査の怠慢などを理由に却下された。
その不満の溜まっているであろう不穏分子を警戒してのことらしい。
似たような状況だが、こういう事が傭兵の仕事だし、戦闘に出くわさない場合だってあるわけだから割のいい仕事なのは間違いない。
「よし。じゃあこれにするよ」
「わかった。ちょっとまってな」
おっちゃんは賭けの予想をやめ、処理を始めた。
おっちゃん。ギャンブルは小遣い程度でやめとけよ?
仕事の依頼を受け、その足でパットソン調剤薬局に向かって情報を買い、『アニメンバー』で新作のラノベと漫画を購入し、次の日には現地である惑星バルダルに向かった。
ちなみにゴンザレスは僕と違い、皇配候補レースに興味津々だった。
正確には皇配候補本人ではなく、その実家の方だったけれど。
「馬鹿な家が権力持つとやばいからな」
とのご意見だ。
そうして2日ほどで惑星バルダルに到着し、惑星上のオアシスの近くにある荒野の上の基地にたどり着いた。
砂漠の惑星といっても、海があり、オアシスがあり、テウラほどではないが荒野だってあるのである。
僕以外にも傭兵は多くいたけれど幸いにして知り合いは一人も居なかった。
まあそれはそれでさみしくはあるけれど、絡んできそうな人物も見当たらないので、平穏な仕事と生活が送れそうだ。
と、思っていたのだけれど、
「よく集まってくれた傭兵諸君。この惑星バルダルの開発を任されたピルオネス・ヘンドリックスだ。伯爵の位と帝国軍准将・中央艦隊討伐部隊第6艦隊司令官の地位を任されているものだ!」
まさか惑星調査の責任者が、ヘンドリックス伯爵に変更されているとは思わなかった。
彼、第6艦隊司令官であるピルオネス・ヘンドリックス准将は、実に平均的な帝国貴族だ。
その領地は、栄えてもいなければ、領民が圧政で苦しんでもいない。
本人は貴族なので威張ってはいるが、欠点を指摘されると素直に反省するし、行列の順番を守ったりする。
さらには、彼の年齢は22歳ということだが、童顔の為かどう見てもティーンエイジャーにしか見えない。
さらにこの第6艦隊の司令官の座は、彼の父親からの引き継ぎだ。
聞いた話ではあるけど、本来彼は跡継ぎではなく、優秀な兄が司令官と伯爵の地位に収まる予定だったらしいが、父親と兄が不慮の事故にあい、亡くなってしまったために、急遽その穴を埋める為にその地位についたらしい。
まあ、大変だね。
しかし問題はそこじゃない。
本来惑星封鎖の為に派遣された筈の第6艦隊の司令官が、どうして開発の責任者も兼任しているかだ。
実はこのヘンドリックス准将は、自軍の強化の為に、色々なところに声をかけまくっているらしい。
噂によると、あのプリシラ・ハイリアット大尉と同じぐらいしつこい勧誘があるそうだ。
惑星封鎖なら地上には降りてこないから大丈夫だろうと思っていたのに……。
まさかこの調査依頼も勧誘のためにカモフラージュしてたんじゃないだろうな?
まあそんな事を言っても始まらないが、とりあえず挨拶が終わるまでは静かにしておこう。
無駄な発言をして目をつけられたらたまったものじゃないからね。
書籍化作業の後に風邪を引いてしまいました。
しかも未だに完治せず……
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