モブNo.139:「ついてねえ……」
敵軍の挑発に乗って突貫したカラレマ嬢達とロスヴァイゼさんのお陰で戦況は動いた。
しかもこちらに有利に。
『全艦砲撃しつつ前進!崩すわよ!』
ヴェスコーレス中将の言葉に従い、戦闘艇は艦砲射撃の邪魔にならないように下がり、艦隊は艦砲射撃をしながら前に出た。
そのお陰で、敵艦隊の何割かを削ることが出来たようだ。
そのためかどうかは分からないが、敵艦隊の一部が撤退を始めた。
それが呼び水になったのか、他の艦隊でも撤退するものがでてきた。
そこにヴェスコーレス中将からさらに指示が飛ぶ。
『よし。崩れたわね。戦闘艇部隊はそのままの位置で待機!味方艦隊の一斉射撃の後、逃げはじめる敵艦隊を追撃。ただし深追いはだめよ!釣りだしをされる可能性があるわ!』
その指示に従い、その場で待機していると、味方艦隊から敵艦隊に向けて一斉射撃が行われた。
するとヴェスコーレス中将の読みが当たり敵艦隊は本格的に撤退を始めた。
☆ ☆ ☆
【サイド:ジャック・トライダル】
どうやらこの戦闘はネキレルマ星王国の負けらしい。
敵の一斉射撃で怖じ気付いた艦隊の連中は 俺達戦闘艇部隊を囮に逃げるつもりらしい。
しかも全ての艦隊が同じ戦法をとったらしい。
逃げる事自体は悪い事ではないが、どうせなら『釣り出し』を仕掛けようとも考えていないようだ。
上が逃げているこの状況なら、たとえ命令違反になったとしても、逃げるのが一番だとだれでも理解するだろう。
まあもしも荷物隊長が生きていたなら、自分は安全圏にいて、俺達に殿をやらせ、その成果を自分だけの功績にしていただろう。
あのお荷物隊長はそうやって自分の評価と評判を上げてきたわけだ。
『隊長!あんな馬鹿な命令は無視して撤退しましょう!』
金髪ショートの女=カサンドラ・リリーシャがにこやかな口調で撤退を提案をしてきた。
たしかに生き残るためにはそれが一番だ。
しかし、
「お前らは撤退しな。俺は連中相手に一花咲かせてやる」
俺自身は撤退するつもりはなかった。
それにはある理由がある。
『そんな!なにをいってるんですか!?』
「他の連中はともかく、お荷物隊長の親が俺達をほっとくわけがねえ。帰ったら、俺達は裏切り者扱いだろうぜ」
あのお荷物が隊長になったり、俺達の手柄を全て横取りしても問題にならなかったのは、あのお荷物隊長がアトベーレ侯爵家の令嬢であるからだ。
『でしょうな。子も子なら親も親。ろくでもない言いがかりをつけてくるでしょう』
顔に傷のある男=カールトン・レンナルツは、やれやれといった感じでアトベーレ侯爵を小馬鹿にする。
『ネキレルマ星王国にも帝国の女皇帝みたいな貴族がいりゃあな』
ポンパドール&リーゼントの男=ゲイルス・シュナイダーは、少し悔しそうに肩をすぼめた。
「いたさ。ただ、そういう人達は政治の中枢からは外されていったからな。カサンドラの親父さんみたいにな」
カサンドラ・リリーシャの父、グロバー・サイルス・リリーシャ伯爵は、優秀な官吏であり、領地の統治・経営においても優秀で、民衆からも人気があった。
が、己の地位を危うくするということと、裕福な領地を奪うために、カイエセ・ドーウィン侯爵に汚職と国家反逆罪をでっち上げられ、家族の命を盾に、汚職を認めることで、国家反逆罪は取り消されたが、領地と爵位を没収されたのだ。
その後カイエセ・ドーウィン侯爵の手に落ちた領地がどうなったかは想像に難くない。
「そういうわけだから、せめて手柄を上げて、隊長殿の仇を討ってきましたと言えるぐらいにはしておきたいんでね」
まあどれだけ成果をあげたところで、あのお荷物の親が納得はしないだろうけどな。
たとえお荷物を落とした『羽根ヘルメット』が、俺達では相手にならない位の強者だとしてもだ。
『だったら俺も付き合うぜ隊長。こっちに責任を押し付けるだけの軍法会議なんざ出たくないしな』
『同じく。馬鹿貴族と会話するのは苦痛でしかない』
『私はどこまでも隊長についていきます!』
撤退して逃亡でもして生き延びてくれればと思っていたが、俺の愛する部下たちには、馬鹿しかいなかったらしい。
★ ★ ★
敵艦隊が逃げ出したのはいいけど、当然のように戦闘艇部隊が追撃を妨害してきた。
が、その半数が途中から引き返し、艦隊から離れながら撤退をはじめた。
一瞬何が起きたのかわからなかったが、
『放っておきなさい。多分、上に嫌気がさして逃げ出したのよ。向こうはいまだに貴族がやりたい放題だから、逃げる連中が多いのも納得ね』
という、ヴェスコーレス中将の言葉で、敵国の内政事情が現状を作り出しているのが理解できた。
しかし残りの半数はこちらに猛攻を仕掛けてきた。
国への忠義なのか仲間の敵討ちなのか、また別の理由があるのかはわからないが、一番分かり易いのはやぶれかぶれになっての突貫だ。
ロスヴァイゼさんがいるからといって、油断したりしていたら即座に撃墜されかねないね。
その過酷な戦場を生き延びるべく戦っていたところ、白地に片翼だけ金色な機体の編隊が、周りの味方を次々と撃破しながらこちらに近づいてきた。
そして不意に散開すると、それぞれが超大型戦闘艇に向かって肉薄していった。
それに反応できたのは、たまたま後方にいたレビン君とモリーゼとディロパーズ嬢と僕だけだった。
前方にいる白地に片翼だけ金色の機体が、超大型戦闘艇に取り付く前に何とか阻止をできた。
が、あまりいい結果にはならなかった。
何しろその機体には、以前に苦戦させられた梟の意匠があったからだ。
幸いにして僕が後ろの位置にいるので有利ではある。
でもお互いに『撃墜騙し』が使える時点でそれは有利にはならない。
白金梟は縦横無尽に軌道を変えてこちらを引き剥がしにくる。
僕は引き剥がされないように、何とか食いついて、牽制のためのビームを放つけど、かわされて当たるわけはない。
すると次の瞬間、おそらくこちらを狙ったわけではない流れ弾のビームが、僕と白金梟の間に走った。
そのせいで引き剥がされ、今度は僕が追われる形になった。
向こうも牽制のビームを撃ってくるのだけれど、タイミングが上手でギリギリでしかかわせない。
はっきり言って、一瞬のミスで宇宙の塵になってしまう緊張が連続して続くため、生きた心地がしない。
さっきみたいなことがまた起こらないかな……。
☆ ☆ ☆
【サイド:ジャック・トライダル】
どこの誰かは知らないが感謝するぜ。
お陰でこちらが有利になった。
が、これで油断したらただのアホだ。
冷静に、確実に相手を仕留めなきゃならない。
にもかかわらず、俺は歓喜と興奮が抑えられなかった。
一瞬のミスが命取りになり、それをお互いが狙い合う。
操縦桿を持つ手が震え、冷や汗が止まらない。
目の前の薄茶は、この俺と互角の腕を持っている。
それが嬉しくてたまらない。
本来は数秒の時間経過が、まるで何時間にも感じられていたその時。
チャンスが訪れた。
ほんのコンマ何秒の隙を見つけ、ビームの引き金を絞った。
しかし次の瞬間、薄茶の機体が縦になってビームをかわし、視界から消えた。
そして次の瞬間、俺の船に震動が走り、脱出装置が作動した。
その瞬間、自分が負けたことが理解できた。
帝国軍は、脱出装置の俺に攻撃することなく見逃してくれた。
そうして、星王国軍の退却していった方になんとか向かっていたところ、やけに味方の戦闘艇の残骸があった。
その瞬間、嫌な予感がした。
そして嫌な予感は当たることになる。
「ついてねえ……」
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他作品の書籍化作業に仕事に鍵の紛失と色々あって、次回の更新は滞るかもしれません…




