モブNo.131:「では、おとなしく捕まるか、劇場型犯罪の犯人のように蜂の巣になるか。好きな方を選びたまえ」
敵の偵察部隊に遭遇して何とか退散させ、女王階級のカティ・アルプテト嬢に話しかけられた後は、新人のテノン・カラレマ嬢がマウントをとってくる以外は特になにかトラブルが起こることもなく、平穏なまま日が過ぎていった。
その間、テノン・カラレマ嬢は、女王階級のカティ・アルプテト嬢に注意されたのもあり、彼女の発言や僕に対してのマウント行為には、懐疑的な眼を向ける人が増え、仲間内以外とは会話をしなくなっていた。
ディロパーズ嬢も、自分の取り巻きをしていた人達を説得して、自身から遠ざけたみたいだ。
そんなことがあるうちに、今回の『惑星ガルペーを起点とした、ザンザハ宙域の警備・巡回』の依頼の契約期間が終了した。
こういう仕事の場合、祝勝会だのお疲れ様会みたいなのが発生しないのが本当にありがたい。
なので仕事が終れば、迅速に本拠地に向けて出発することができた。
道中はありがたいことになにもなく、イッツに到着して船を駐艇場に置き、報酬を受け取るべくいつもの受付のあるロビーにやってくると、受付係の人数が随分と少なくなっていた。
取り敢えずローンズのおっさんを見つけたので、話を聞くことにした。
「よう。戻ったか」
「ただいま。仕事は無事に済ませてきたよ」
おっちゃんはプラボトルのコーヒーを飲みながら、書類整理かなにかしていたらしい。
「あのさ、受付の人が随分少なくない?」
取り敢えず依頼の終了証明をしながら、受付の現状を尋ねてみた。
「まあ、気になるわな。実は1週間前にギルド本部からの査察が入ってな。ギルド職員で不正したのやら勤務態度の悪いのやらが一斉に懲戒解雇になったんだよ。お前が一番不愉快な思いをしたあの女もな」
「へえ……」
傭兵ギルドにそんな自浄機能があったのにも驚いたけど、いままでずっとギルドにこびりついていたあの受付嬢が懲戒解雇されたことに驚いた。
思い出したくもないけど、あれが懲戒解雇されたことには、本気でざまあみろと思ってしまった。
しかし次の瞬間に、ある不安がよぎる。
「でもこの人数で大丈夫なの?」
受付だけみると4割ぐらい減っている感じだから、支部全体も同じくらい減ってるんじゃないだろうか?
業務はできても、かなりきつい感じだ。
そんなことを考えていると、
「確かに今日まではそうなんですよ。でも、明日には補充の人達が来てくれますからね」
ゼイストール氏が急に顔を出し、ローンズのおっちゃんとの話に入り込んできた。
見た目も声も完璧に美少女にしか見えないから、いきなり話しかけられると心臓に悪いんだよねこの人……。
ローンズのおっちゃんは慣れているのもあり、平然と会話を続ける。
「たしか本部での研修受けた連中だっけか……」
おっちゃんは渋い顔をする。
信じられないだろうが、あのこびりつき受付嬢も本部で研修を受けて、合格した上で採用になっているからだ。
「今回懲戒解雇をされた人達も、きちんと研修を受けたはずなのにああなったのだから、簡単には信じられないわね」
さらに話に加わってきたのは、蒼い瞳に明るい緑の髪をサイドテールにした女性だった。
彼女の名前はミーヤ・アウシムさん。
以前にローンズのおっちゃんが休みを取った時に引き継ぎをしてくれた女性職員だ。
まあすぐに、ストライダム・ビッセンが、邪魔してくれたけどな。
ちなみにその事について謝罪してくれた時に、
「今度あのふざけた男が絡んできたら、必ず私が処分しますのでご安心ください」
と、レスアーマー・シャイニングファイアという軍用の連射式ブラスターをチェックしながら言ってくれたのだけど、迷惑はかけられないし、殺人事件を起こさせるわけにも行かないので、以降はまったく話しかけてはいない。
それにしても受付が話し込んでいていいのだろうか?
そんな話をしていると、不意にロビーが騒がしくなった。
なんだろうと思って視線を向けると、そこにはあのクズの筆頭、こびりつき受付嬢のエテシナ・スピーホーチェが、明らかにチンピラらしい連中数人を引き連れてロビーに侵入していた。
その彼女達に対し、新しく受付部門の長になった男性の職員、テリー・ワーデルさんが立ちふさがった。
「なんの用件かな? ミス・スピーホーチェ。君には1週間前に懲戒解雇を通告したはずだ。ロッカーやデスクに忘れ物があるなら早く取ってきたまえ」
冷静かつ事務的なワーデルさんのセリフに、こびりつき受付嬢は引きつった笑いを浮かべ、
「その解雇通知って間違いですよね?だって、私みたいな優秀な受付嬢が! しかも懲戒解雇なんかされるわけがないもの!」
私は優秀だ! 自分の処分は間違いだ! と、主張するも、
「残念だが君の懲戒解雇はギルドの査察部が詳細に調査して出した結果だ。間違えている事はないし、覆ることもない。恨むなら過去の自分の所業を恨みたまえ」
と、ワーデルさん。いや、ワーデル業務管理部部長に一刀両断された。
しかしそれでもめげることのないこびりつき受付嬢。いや、こびりつき女はワーデル部長に食って掛かる。
「だから! 私がなにしたっていうのよ!」
そのこびりつき女の一言に、ワーデル部長の顔が思い切り引きつった。
「君のやらかした事は、職務放棄・情報漏洩・書類改竄・横領・窃盗などの立派な犯罪だ。子爵位の貴族であった前任者の隠蔽でなかったことにされているが、間違いなく君が行った事だ。件数は3桁は確実。_本来なら逮捕されるべき案件だが、証拠が十分でないため懲戒解雇でおさまったんだ。これを慈悲と考えて更正するならと思っていたが、どうやら無駄のようだな」
ワーデル部長はかなり怒った口調で、一気に言葉を叩きつけた。
こびりつき女はその迫力に押されてしまったが、彼女がつれてきたチンピラ達はそんなことはなく、
「おい。適当に暴れていいんだよな?」
リーダーらしき男がこびりつき女に確認をとる。
「ええ。好きなだけやってちょうだい。この私を否定する職場なんか必要ないもの」
チンピラリーダーの言葉に、こびりつき女は少し持ち直し、にやにや笑いながらワーデル部長を見つめていた。
そしてチンピラ達が銃を取り出した次の瞬間、僕を含めたその場にいた傭兵全員と職員の一部が、こびりつき女とチンピラ達に対して、拳銃や散弾銃の銃口を向けた。
なかにはレーザーポインターが何本かチンピラの額に当たっていたりする。
ゼイストール氏は、備え付けらしいビームカートリッジ式のポンプアクション散弾銃を、アウシムさんは例のレスアーマー・シャイニングファイアを、ローンズのおっちゃんは年季の入ったコルテスガバメントを構えていた。
ワーデル部長にいたっては、ビームカートリッジ式ブラスターのコルテスバイパー777(スリーセブン)マグナムモデルを、こびりつき女に向けていた。
「君は、ここが傭兵ギルドということを忘れてしまったのかね?ここに出入りしているのは戦闘を生業とする傭兵達で、職員には元傭兵も居る。ここに殴り込むのは、軍の基地や警察署に殴り込みをかけるのと同じくらい無謀だと思うがね」
その銃口の多さに、チンピラ達もこびりつき女も完全に固まってしまった。
「では、おとなしく捕まるか、劇場型犯罪の犯人のように蜂の巣になるか。好きな方を選びたまえ」
ワーデル部長の最後通告に、こびりつき女は膝から崩れ落ち、チンピラ達は悔しそうな表情を浮かべていた。
ワーデル部長のセリフは小西克幸さんの声で浮かんでいました。
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