モブNo.109:「だが、傭兵としての仕事を指名して依頼するぐらいはさせてもらって構わんだろう?」
「そんなもんで慰謝料が取れるわけがないだろうが」
その声の主は、以前にリオル・バーンネクストの勧誘から助けてもらったジャック・バルドー・ブレスキン大将閣下だった。
「ブ…ブレスキン侯爵閣下…」
貴族であるストライダム・ビッセン伯爵令息が顔を知らないわけはなく、思いっきり身体を硬直させていた。
「お前、名前は?」
「スッ…ストライダム・ビッセンですっ!」
ビッセン伯爵令息は、自分の父親より格上の貴族であり、鍛え上げられた軍人である大将閣下本人の迫力にかなりビビっているようだ。
自分も傭兵なのだからそこまで怯えなくてもと思ったけど、貴族だからこそ侯爵であるブレスキン大将閣下の恐さが理解出来るのかもしれない。
「なるほど、ビッセン伯の息子か。お前な、そもそも女1人に自分で声すらかけねえってのは情けない限りだぞ。それぐらいは自分でやるべきだろう。しかもそれで関係ない人間から金をむしり取ろうってのはムシが良すぎだろうよ」
大将閣下は、僕から慰謝料を取ろうとした事より、女性1人自分で声をかけないことに対して、いちゃもんをつけている感じだ。
「しっしかし…コイツは平民で、植民地民で…」
「そいつはあれか?自分の方が身分や立場が上だからやってもかまわない。と?」
「そうです!その通りです!」
ビッセン伯爵令息は、ビビリながらも自分の主張をする。
そしてその主張が将軍閣下に理解されたと喜んだ瞬間、
「だったら。俺がお前から全財産むしり取っても問題ないよな?」
という、意外しかない返答が将軍閣下から返ってきたことに、ビッセン伯爵令息はめちゃくちゃ驚いた顔をした。
「え?なんで…」
「俺は叙勲された侯爵本人。お前は伯爵の息子にすぎず爵位は持ってない。明らかに俺の方が身分も立場も上だな?」
貴族と一口にいっても、爵位をもった本人と、爵位を持った人物の家族とでは明確な違いがある。
たとえば、侯爵の息子と男爵本人では男爵本人の方が立場としては上になる。
さらにこの場合、爵位まで上なわけだから、ビッセン伯爵令息は絶対的に下になるわけだ。
「ほら。さっさと全財産だしてもらおうか?」
「すっすみませんっ!お許しを!」
物凄く威圧してるけど、あれは明らかにからかって遊んでるよね?
そしてビビリまくっているビッセン伯爵令息に対して、
「だったらまずあっちに謝りな」
と、僕に謝罪をするように促した。
「もっ申し訳ありませんでしたっ!」
すると弾けるように反応し、僕に対して謝罪をしてきた。
「今後はこんなことは止めてくださいね」
本当なら、今までの事があるからぶん殴るくらいしてやりたいけど、後の報復が面倒臭いので注意するだけにしておいた。
「わっわかった!失礼する!」
ビッセン伯爵令息は、大将閣下への恐怖からか、逃げるようにその場を離れていく。
おそらく腹の底では悪態をついてるだろうね。
ビッセン伯爵令息が完全に居なくなったのを確認したあと、取り敢えずは大将閣下に助けられたお礼をいう。
「トラブルからお助けいただき、ありがとうございました」
「ああいうヤカラは多いのか?」
「少なくはないです。まあ、私が絡まれやすいだけかもしれませんが」
「難儀なモンだな…」
大将閣下は、ビッセン伯爵令息が逃げて行った方向を睨みながら顎を撫でる。
そしてゆっくりとこちらを向き、
「よし。ありがたいと思うならちょっと付き合え」
と、猛獣のような笑みを浮かべた。
そうして、将軍閣下に連れてこられたのは、宇宙港内の繁華街にある、カウンター席だけがならび、ゆっくりとした音楽が流れているだけの、落ち着いた感じのバーだった。
カウンターに座ると、将軍は高そうなウィスキーをロックで注文した。
僕は、バーでソフトドリンクは雰囲気が良くないので、取り敢えずビールを注文した。
そうしてビールを一口飲んだ後、ゴンザレスから、依頼までの事はある程度は聞いたが、改めて気になっていたことを聞いてみた。
「やっぱり、今回の依頼は閣下がスターデン社に依頼をしたんですか?」
「いや。少し前にデイビッドの奴とたまたま飲み屋で会ってな。その時に、地方物産の買い叩きをするんで輸送時に護衛を雇いたいが、どう管理すりゃいいかって相談されたんだ。大胆に動いてると海賊に狙われるぞって軽く脅したら、『だから相談してるんだ。海賊に負けない護衛をつけるために。なんだ。出来ないのか?』っていわれたんだ。お互いかなり飲んでたからなぁ。俺も勢いで『出来るに決まってんだろ!』って言い返しちまってな。お陰で参加した傭兵のリストを渡されて、正規の書類仕事もあるのに、資料見ながら朝までシフト制作だ。人材発掘の畑になってもらわなきゃ割にあわんと思ったな」
将軍閣下はその時の事を思いだし、うんざりとした表情を浮かべた。
デイビッドというのは、多分スターデン社の社長の事だろう。
「だから最低でも騎士階級からって依頼になったんですね」
「ああ。凶悪な連中はあらかた片付いていたからな。あの雀蜂共がでてこなけりゃ1人も死ななかったはずだ」
将軍閣下は、後悔した表情を浮かべ、ウィスキーを傾けながらため息をついた。
しかしその発言の内容に、僕はついたずねてしまった。
「雀蜂部隊をご存知なんですか?」
「色々な戦場で目撃報告があがっていた傭兵部隊だからな。ほとんど情報はなかったがスカウトの予定はあった。が、海賊について襲撃したとなると、スカウトするわけにはいかなくなったがな」
将軍閣下はやれやれとため息をしてからウィスキーを傾ける。
そして僕に向き直ると、
「ときにお前さん。以前に同級生から軍への勧誘を受けていたが、その時から考えはかわったか?」
案の定、僕を軍隊に勧誘をしてきた。
「僕は軍隊には向いてません。考えは変わっていませんよ」
「こっちとしては、青雀蜂を落としたお前さんを確保したいんだがな」
苦笑いしながらお断りをする僕に向かって、将軍閣下はまたも猛獣のような笑みを浮かべる。
「勘弁してくださいよ…」
はっきりいって恐くてたまらないが、逃げ出すわけにもいかない。
「はっはっはっ!まあ、嫌がる人間を無理矢理入隊させたところで、意欲的に働いてはくれんからな。今回、青雀蜂を落としたのは、報告書に載ってる奴ってことにしておこう」
将軍閣下は軽く笑ってからウィスキーを飲み干し、僕の肩にずんと手を置いた。
「だが、傭兵としての仕事を指名して依頼するぐらいはさせてもらって構わんだろう?」
これはあれだ。
軍への勧誘は諦めるから、俺からの依頼は優先してくれよ。という懇願だ。
まあ、軍に入るよりはマシだし、本気で受けられない場合は理解してくれるだろう。
「わかりました。依頼があって、受けられるものなら受けさせていただきます……」
「おお!そりゃありがたいな!よろしく頼むぜ!」
そういいながら、僕の背中をバシバシ叩いてくるので、一瞬呼吸困難になってしまった。
次週はリアルがちょっと忙しいのでお休みするかもしれません…
ご意見・ご感想・誤字報告よろしくお願いいたします




