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虐げられた令嬢とカエル辺境伯  作者: 秋作


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21/29

一方、ヴァルフォン家では

 一方ヴァルフォン家ではいなくなったリリディアを必死に探していた。

 彼女が乗るドラゴンも竜舎にいないことに気づき、クロードは愕然とする。

 屋敷内にはいないということか!?

 一体どこへ行ったのか。

 そこにアロナが クロードの元に駆けつけてきた。


「クロード、窓の隙間に手紙があった」

「手紙」

「リリディアが……リリディアがっっっ」

 それ以上声にならない。

 彼女は涙をいっぱいためて嗚咽を堪える。

 ここで泣き崩れてはいけない。

 クロードは手紙を読み始める。

 そこにはリリディアがジルベールの呪いを解く為に、単身ディアナ山に向かっていることが書かれていた。


「なんという……無茶を……」

「クロード、私はリリディアの後を追う!!」

「待ちなさい。あなた一人で行ってもどうにもなりません。直ちにジルベール様に戻って頂きましょう、アロナ、このことをジルベール様に伝えるのです」

「分かったわ!!」


 アロナは大きく頷いてから、こぼれそうになる涙を拭いながら行動を開始する。


 ――――リリディア、無事でいて!!




 エルベルト国境付近 ジークムト草原。

 ヴァルフォン軍とエルベルト軍は睨み合いを続けたまま、停滞していた。

 否、このまま睨み合いを続けたまま、数日間やり過ごす予定であった。

 そこにはエルベルト帝国第一皇子であるヴィクトールとヴァルフォン領領主であるジルベールの利害が一致しているという理由があった。

 父王の命でエルベルトはジルベールとの戦いを命じられている。

 実権を手放したくはない現王としては、御しやすい第二皇子を皇太子に据えたかった。

 しかし家臣や国民の強い希望により第一皇子を皇太子に任命せざるを得なかった。

 そこで現国王は第一皇子にジルベールとの戦いを命じる。危険な戦に出征させることで、彼を殺そうと考えたのだ。しかし戦に出しただけでは大将である皇子が死ぬ確率は低い。

 戦のどさくさに紛れてヴィクトールを始末することも考えていた。

 しかし国王が放った刺客はヴィクトールの部下や、ヴィクトール本人によって悉く始末された。

 ジルベールはジルベールで、無用な戦は避けたかった。

 手塩にかけて育てた精兵を無駄な戦によって失いたくはないのがジルベールの本音だ。

 エルベルトとの戦いはすべてヴァルフォン軍任せ。王室からの援軍はまったくといってないのが現状だ。


 そこでジルベールとヴィクトールは水面下で手を組んで、戦の振りを続けていた。

 互いの軍は兵士同士、固い結束で結ばれた者が殆ど。たまに、戦をしているようでしていない事実があることを国王に知らせようとする間者や裏切り者もいたが、見つけ次第すぐに始末をした。

 故に戦をしたという事実がありながらも互いの軍の死者は指で数えるほどしかいなかった。

 そんな睨み合いが続いている中、ヴァルフォン側上空に一頭のドラゴンが飛んでくるのに気づき、エルベルト軍の弓隊が弓を引きかけた。


「やめろ」


 ヴィクトールは彼らを制止し、自らがドラゴンに乗り飛んでいった。

 一方、ヴァルフォン側の弓隊もエルベルト側から飛んでいったドラゴンを狙おうと弓を引きかけるが、ジルベールによって止められていた。


「やはり、あなたか。アロナージュ」

「こ、これはヴィクトール殿下、いくら密約があるとはいえ、あなた一人でヴァルフォン領に入ってはあまりにも危険です!」

「それはあなたも同じ事だ。不審な第三者は見つけ次第打ち落とすことになっているからな」

「申し訳ありません。大至急、ジルベール様に知らせなければならないことがあるのです!」

「ふむ、何やらタダ事ではないようだな。俺にも協力出来ることはあるかな」

「そ……それは……と、とにかく、早く知らせないといけませんので」

 アロナはドラゴンを降下させ、ジルベールがいる砦へ向かう。

 その様子をにっと笑って見守るヴィクトール。


 アロナは駆け足で砦で待機するジルベールの元へ駆け込んだ。

 血相を変えてやってきた彼女の姿に、ジルベールは思わず立ち上がる。


「どうした!?アロナ」

「火急に知らせたいことが……リリディアが……奥様が」


 リリディア、と言いかけて、他の兵士がいる手前アロナは奥様と言い換える。

 ジルベールは大きなトパーズの目をさらに大きく剥いた。


「何があった!?リリディアがどうかしたのか」

「申し訳ありません……奥様は、奥様は、恐らく責任を感じておられたのだと思います」

「責任?」


 アロナは今までのことを全部、ジルベールに話をした。

 リリディアがジルベールの為にオルディアナ教会へ行ったこと。

 そこで出会った枢機卿の正体が、アロナの両親である国王や王子を惨殺した教会騎士団の団長だったこと。

 その枢機卿にリリディアとアロナが襲われそうになり、ヴィクトールが助けてくれたこと。


「一縷の望みが絶たれたのは奥様のせいじゃない……それでも奥様は責任を感じておられたのでしょう。真実が明らかになってしまったことで一縷の望みすら抱くことができなくなったのだから」

「そんな……リリディアを危険な目に遭わせるぐらいだったら、俺は一生呪われてもかまわない!!……俺は……俺は」

 ジルベールは拳を握りしめ机を何度も叩いた。

 トパーズ色の目から涙がぼろぼろと零れる。

「旦那様、リリディアを助けに行きましょう。まだ山を彷徨っているかもしれません……きっとまだ間に合います」

「……そうだな。こんなところで泣いている場合ではないな。俺は妻を探しに行く。デューク、マーク、ラルク。お前達は俺に着いてこい」

「「「はっっ!!」」」

 同じ顔をした三人の若者は声をそろえ返事をし、敬礼をする。

 三つ子である彼らはジルベールの忠実な部下で、少人数で行動を取る時には必ず彼らがジルベールに付いていく。

「それとアモス、軍のことはまかせた。いつものように頃合いを見計らい、撤退を」

「分かりました」

 眼鏡をかけた精悍な青年は、胸に腕を当て恭しく一礼をする。



「しばらくの間、休戦といこうではないか。俺も同じように向こうに指示を送る」



 その声にジルベールをはじめ、その場にいた面々は仰天する。

 密約する仲とはいえ、敵である皇子が堂々と正面から敵の砦に入ってきたのだ。

 三つ子の親衛隊たちは思わず剣を構える。

 ジルベールはそれを制し、敵国の皇子であるヴィクトール=エルベルトを見る。


「何の御用ですかな?皇太子殿下」

「堅苦しい呼び方はよせ。俺とジルとの仲じゃないか」

「ジルはあなたが一方的に呼んでいるだけです。で、何の御用ですかな?」

「連れないことを言うな。一度お互いに休戦して、ヴァルフォン夫人の捜索を最優先にしようということだ」

「何故……?あなたが」

「何。ヴァルフォン夫人が死んでは、俺が唯一と定めた女性が悲しむからな」


 そう言ってヴィクトールはアロナの方を見る。

 ジルベールをはじめ、その場にいる人間達は目をまん丸にする。

 ヴィクトールはアロナを見初めた、というのか?

 ジルベールは目を何度か瞬きを繰り返し、神妙な声で尋ねる。


「失礼ですが……このお転婆のどこが良かったので」

「ジル兄!!何、余計な質問しようとしているのよ!?」


 質問が終わらぬ内にアロナがカエル頭の後頭部を容赦なく叩いた。

 反射的に「ゲコッ」と呻くジルベール。

 ヴィクトールは可笑しそうに笑いながら言った。


「ああ、そういう跳ねっ返りなところが俺は気に入っているんだよ」



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