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第六十五話 街へ向かう憲兵と遭遇

 幾つもの村を過ぎ、野山や森を駆け抜け、イリーナ達は故郷の街まであと半日の距離まで近づいていた。


「イリーナちゃん、ちょっと起きてくれるかしらぁ」

「ん?……どうしたんですローラさん、もう交代の時間ですか?」

「ううん、そうじゃないんだけどぉ、取り合えず少し速度を落とすわねぇ」


 急激に速度を落とす馬上でアリフィアも目を覚ます。


「何かあったんですかローラさん? まさか空気の壁では対処できない大きさの獣が現れたとか?」

「えっとねぇ……何かが見えてる訳じゃないんだけどぉ、この先に凄く嫌な気配が漂ってるのぉ……」

「嫌な気配ですか? ローラさんが感じるなら間違いなんでしょうけど、イリーナちゃんは何があると思う?」


 イリーナはローラの能力を信用している。

 彼女が馬の進行を遅らせるほどの気配を感じたと言うなら、悪意や殺意を抱いた敵が潜んでいるか、もしくは地割れや落石などの自然災害の危険があるのだろう。

 どちらにせよ、この先は慎重に警戒しながら進むべきだとイリーナは考えた。


「何があるのかは分からないけど、何があっても対処できるようにゆっくりと進みましょ」


 それから小一時間ほど進んだだろうか、前方に微かに人影らしきものが見えるようになった。

 それも一人や二人ではなく、かなりまとまった数の人影が……。


「ここからだとまだ人族なのか魔族なのかも分からないわね……」

「イリーナちゃん、あれは使えないの?」

「あれ?……」

「ほら、前に使った、遠くの物が大きく見える魔術」

「あぁ、あれね」


 アリフィアに言われて思い出したかのように、イリーナは手指の魔術を発動させる。

 水のレンズを作り屈折率を変え、遠く離れた風景がイリーナ達の前に映し出された。


「これって……」


 休憩中なのであろうか、水分等の補給を行い寛いでいるように見える人影は、およそ百名ほどの魔族の集団であった。

 そして、その全員が身に着けている制服はイリーナと敵対した憲兵隊と同じように見える。


「ボリス教官は一目で憲兵隊だって判断できてたし、あの制服って憲兵隊だけの特別な物なのかしら? 私には全く同じ服にみえるんだけど……アリフィアはどう思う?」

「うん……私もあれは憲兵隊で間違いないと思う」

「じゃあやっぱり霊獣の連絡を受けて街に行く途中の部隊なのよね? 今のうちに何とか出来ないかな?」


 先に対戦した憲兵の性格から考えると、平和的な話し合いで解決できる可能性は低いと思われる。

 イリーナ達は好戦的な訳ではないが、街への被害を少なくする為の戦いならば躊躇はしない。

 彼女達は一気に速度を上げ集団の前へと駆け寄った。


「なっ! 何だ貴様らは!」


 気配を感じ取る事も出来ない距離を一気に詰められ、突然目の前に現れた三名に憲兵達は動揺を隠せない。

 興奮し、即座に臨戦態勢を取る憲兵に対し、イリーナは極めて冷静に対処した。


「ちょっと待ってください! 私たちは争う気なんてありませんから」


 可能性としては限りなく(ゼロ)に近いと思うが、無駄な殺傷をしないで済むのならそれに越したことはない。

 交渉が平和的に解決する結果にイリーナは一縷(いちる)の望みを掛けてみた。


「あなた達は仲間の憲兵隊が送った霊獣から連絡を受けたんですよね?」

「……なぜ貴様らがその事を知っている」


 イリーナは声に出した後に己の過ちに気付く。

 結論を急ぐあまり、憲兵隊しか知り得ぬ情報を話してしまった事で相手の警戒心を増長させてしまったかもしれない。

 

「えっと……それは……」

「見たところ只の平民にしか見えぬが何故霊獣の存在を知っている? いや、そもそもこの場所に居ると言う事は、霊獣が運んだ伝言の内容も知っているんだな? 答えろ! どうやって憲兵隊の霊獣から情報を抜き取ったんだ!」


 憲兵は差し出した右手に炎を纏い、今にもイリーナを攻撃しそうな勢いで詰め寄った。

 それを後ろで見ていたアリフィアが大きなため息をつく。


「はぁ~……何やってるのよイリーナちゃん、争う気は無いですって言いながら火に薪をくべるような事を言うなんて……」

「ちょ、ちょっと焦ったって言うか、ウッカリしてたって言うか……アリフィアだってよく言い間違えたりするじゃない!」

「私はイリーナちゃんみたいにおっちょこちょいじゃないも~ん」


 口喧嘩を始めるイリーナ達を見た隊長らしき憲兵が顔色を変える。


「おい! 貴様らの名はイリーナとアリフィアと言うのか!」

「隊長……確かその名前は今回の調査対象の名では?」

「そうだ、そして霊獣から連絡のあった反逆者の娘の名でもある」


 憲兵達の会話を聞き、イリーナは更に過ちを重ねた事に気付いた。

 今現在、街で起きている揉め事の中心的な存在とも言える正体がバレてしまっては、もはや話し合いでの解決は不可能であろう。

 イリーナは大きく深呼吸をした後に憲兵達を睨みつけた。


「そうよ、私はイリーナ・カレニナ……あなた達の仲間が殺害しようとした魔族の娘よ!」


 憲兵の間にどよめきが起きるが、すぐに百名全員が臨戦態勢を取り、各々が得意とする魔術の詠唱を始めた。


「街を襲った憲兵は許せないけど、あなた隊はまだ街にも到着していないし、私達の家族に害も及ぼしていない……だから、このまま街には行かないで、今すぐ引き返せば見逃してあげるわよ」

「見逃してあげるだと? 貴様は今の状況が理解できないようだな……我々百名を相手に無事で居られるとでも思ってるのか!」


 イリーナは自分と相手との力の差を感じ取り、優しさのつもりで助言したのだが、プライドの高い彼らには到底受け入れられる提案ではなかった。

 すでに発動を開始している魔術は怒りを上乗せし、更に膨大な魔術へと膨れ上がっている。


「イリーナちゃんったらぁ、もう少し言葉を選んでお話ししないとダメよぉ、プライドの高い魔族ってぇ、自分の力量に自惚れてるんだからぁ」

「いやいやいや、ローラさんの言い方も大概相手を怒らせちゃいますよ」


 僅かな恐怖も危機感も無く、後ろで談笑するアリフィアとローラの様子に隊長の怒りが頂点に達した。


「ふざけるな! 貴様ら全員ぶち殺してやる!」


 隊長の怒号と共に百名全員がイリーナに向けて攻撃魔術を放つが、火、水、土、風……いずれの特性の魔術も発動すると同時に消え去り、イリーナの元には届かない。


「今ならまだ見逃してあげるわ……でも、まだ殺意を向けてくるならそれなりの対応をするけど……いい?」

「黙れ黙れ黙れ! 我々高貴なる憲兵隊を見下すとは万死に値する! 舐めた口をきいた事を後悔しながら死ね!」


 凄まじい形相の隊長が詠唱を再開するが、次の瞬間、ピタリと詠唱が途絶えてしまった。

 隣に居た憲兵が不思議に思い隊長の顔を覗き込むが、それど同時に隊長の首から上がズレ落ちる……。


「うわぁああぁあぁ!」

「うるさいわね! 今イリーナちゃんを殺そうとしたでしょ! だったら自分も殺される覚悟をしなさいよ!」


 何が起きたか理解できない憲兵は気が触れたかのように叫ぶが、アリフィアは冷えた口調で言い放った。


「もし、ここで私達と会わなかったら、あなた達は街でお母さんを殺すつもりだったのよね……どうせ街で戦うつもりだったんだから、今日ここで戦っても構わないでしょ……」


 アリフィアが淡々と語り終えると、並んでいた憲兵の胴あたりに真横一文字の亀裂が走る。

 あまりに早い剣筋のため、切られた本人でさえ気付かないまま数十名の憲兵が両断された。

 想像もしていない光景に残りの憲兵達は錯乱し、次々に魔術を発動しようとするが、その全てをイリーナの手指魔術により封じられていく。

 残された者は成す術もなく、ただ、絶望の中を漂う事しか許されなかった。

 イリーナの命を狙う……そんなアリフィアの逆鱗に触れた者が許される筈もなく、百名程度の憲兵は抵抗する事すら叶わず、僅かな時間で全滅してしまうのであった。


「アリフィアちゃんってぇ、イリーナちゃんに敵対する者には容赦ないのねぇ」

「当たり前じゃないですか」

「イリーナちゃんへの愛は最強ねぇ」

「そんな事より、今戦った相手が一番街の近くまで来てた部隊とは限らないでしょ? もう既に到着してる部隊があってお母さん達と交戦してるかもしれないんだから、早く行かなきゃ!」

「そうね、アリフィアの言う通り、街ではもう戦いが始まってるかもしれないし、先を急ぎましょ」


 イリーナ達は家族の無事を祈りながら、再び街への道のりを駆け出した。


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