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第六十二話 愛する家族を救う為に

 レオニードが命を懸けて街を守ると誓った日から三日が経った……。

 その頃のイリーナは憲兵隊との争いで圧倒的な力を見せつけ彼らの心を打ち砕いていたが、不意に上空から一筋の光が瀕死の兵士の元へと舞い降りるのが見えた。


「あれは憲兵の霊獣じゃないのか?」

「あぁ、間違いない、使う所を何度も見せつけられて自慢されたからな」


 光を見たボリス達教官は即座に答えに辿り着く。

 どうやら親の権力により憲兵だけが特別扱いを受け、通信に使える霊獣を独占している事が教官や正規兵からの反感を買う一つの要因になっているようだ。


「霊獣がここに来たと言う事は、連中の仲間から緊急の知らせがあったんだろうな」

「ねぇボリス教官、その内容って憲兵にしか読む事が出来ないものなんですか?」

「霊獣に伝言を伝えてもいい相手だと認識させる必要はあるが、魔術自体は然程難しくもないし、俺たち教官や軍関係者、あとは教会関係者なら誰でも読み取れるぞ」

「そうですか……じゃあ、今すぐあの憲兵の傷を治す必要はないんですね」


 イリーナとボリスは憲兵を無視して霊獣の傍へと近付いた。

 霊獣が空を高速で移動してきた事から、彼女は隼や鷲などの姿を思い浮かべていたようだが、眩い光に包まれているそれは鳥類には見えず、ただの光の塊にしか見えない。

 

「これって本当に生き物なんですか? そもそもどうやって情報を運んでるんです?」

「まぁ見てな」


 ボリスが詠唱を終えると、霊獣が視野に入ってる者の脳内に人のものとはどこか違う、機械で作り出されたような無機質な音声が聞こえてきた。


『ジュウヨウジアンハッセイ……ウワサノマチニ ウラギリモノアリ……』

「噂の街? 裏切者って?」


 思いもよらない情報にイリーナは戸惑うが、霊獣からの声は止めどなく続く。


『ウワサノタイショデアル アリフィアハヒトゾクデアル……ハハオヤノサツガイハ ソシサレル……』

「えっ? アリフィアのお母さんを殺害?」

「ジャマヲシタノハ……ヒトゾクノユウシャデアル……」


 伝言はまだ途中だったが、イリーナの表情が一瞬で変わり周りの温度が下がる程の怒気が溢れ出した。

 何かしらの魔術を発動している訳ではないのに、空気のような気体でさえ凍て付き固まっていくような錯覚に捕らわれてしまう。

 傍で血を流し命乞いをしていた憲兵の思考からは億万分の一の希望も消え去り、確実に訪れる絶対的な死の色に染まった。


「お、おお、俺たちはし、し、知らない! ま、まま、魔王様の家族を殺害なんて!」

「霊獣の話が終わるまで少し黙って!」


 イリーナの威圧により、憲兵は声を出す事はおろか、息を吸う事さえ出来なくなり気を失った。

 その後、霊獣による伝言が全て伝えられると、アリフィアが血の気の引いた顔でイリーナの元へと詰め寄る。


「どうしようイリーナちゃん……お母さんが……」

「大丈夫よアリフィア! 気をしっかり持って!」


 イリーナは口では励ましの言葉を発するが、正直なところ良い案が一つも思いつかない。

 重い沈黙が続く中、ボリスが意識のある憲兵に掴みかかり問いかけた。


「おい! お前らが自慢してる霊獣は、イリーナが生まれた街からここまで来るのに何日掛かったんだ!」

「………」

「ほぉ~、別に話さなくてもいいが、どうやらお前はこの先もずっと死と蘇生の地獄を味わいたいらしいな」

「み、みみ、三日だ、あの街からなら三日あれば届く」

「じゃあもう一つ質問だ! お前らの仲間で、イリーナの街から一番近い奴らは今どこに居る」

「こ、今回は百名編成の部隊が九つ作られ各地へ散ったが、い、いい、一番近いのは街から七日ほどの距離にある村へ派遣された部隊だ」


 恐怖に支配された憲兵の言葉は辿々(たどたど)しく、時間は掛ったが欲しい情報は全て得られた。

 イリーナの故郷である街から今現在居る村までは馬車を使ったとしても三十日程の時間が掛かるが、霊獣はその距離を僅か三日で飛んでくるのだと言う。

 ならばイリーナ達よりも街に近い憲兵には、もっと早く情報が伝わっているであろう。

 一番近い村が七日ほどの距離にあるなら同じ情報は二日前に届いており、あと五日程度で援軍が街へ到着する計算になる。

 イリーナ達が今すぐに村を出発出来たとしても、到着までの差は二十五日以上……。

 仮に霊獣の報告にあった人族の勇者がレオニード本人であったなら、百名程度の憲兵では相手にもならず持ち堪えてくれると思われる。

 しかし、ここに居る憲兵を除けば残りの部隊は七つ……。

 弱い憲兵とは言え、次々に到着する七百名を相手にたった一人で応戦するのは無理がある。

 不眠不休を強いられる持久戦に持ち込まれれば、勇者でさえ確実に勝てると言う保証は得難い。


「おい! お前らは霊獣を何頭連れてきてる!」

「じゅ……十頭……です……」

「だったらそれを今すぐここに出せ!」

 

 イリーナが自分達には何も出来ないと落胆する中、ボリスは怯える憲兵の胸倉を掴み問い詰める。

 召喚呪文により現れた光の塊を前にボリスが語り始めた。


「いいかイリーナ、上手くいく確証は無いが俺の提案を聞いてくれ」

「はい……」

「この集落には俺達が乗ってきた馬車よりも早い、走る事に特化した走竜が三頭居る……そいつらに身体強化の魔術を掛ければ、街までの距離なら五日で到着出来る計算になる……ただし、寝る時間も食事の時間も取らず不眠不休での話だがな」

「そ、そんなの初めから無理だって分かりきってるじゃないですか!」

「だからここに居る霊獣を使うんだ」


 ボリスは続けて計画の全容を伝えた。


「俺が訓練所で聞いた報告が本当なら、お前たちは中央都市までの道中でエレオノーラの村を含め七つの村や集落を訪れ、怪我人や病人を治療し魔王としての力を見せ信頼を得てきた筈だ、そこへ霊獣を送りイリーナの伝言を伝える」

「伝言って?」

「竜でも馬でも何でもいい、その村にいる中で一番足の速い家畜を三頭用意させ、そいつを乗り継いで行くんだ」

 

 三十日掛かる行程を五日に縮める身体強化魔術。

 約六倍近い能力の底上げは基本値の高い獣と言えど負担が大き過ぎ、何日も続けて使用出来るものではない。

 ならば半日程度の使用で別の家畜に乗り換えて行けば良いのではないか?

 イリーナが訪れた村は彼女の事を魔王の生まれ変わりと信じ崇めているのだから、急な要求をしても聞き入れてくれるに違いない。

 それがボリスの考えた計画の全貌であった。


「だが、この計画には重大な問題があるんだ……」


 ボリスは大きく深呼吸をした後に、その問題についての説明を始めた。

 確かに『半日』と言う期限付きでの使用なら馬や竜に無理をさせる事も可能だろう。

 しかし騎乗する者はと言えば別の話になる。

 七つの村で走竜を乗り換えながら、五日間不眠不休で進軍する必要がある。


「大丈夫です! 五日間くらい耐えきってみせますよ!」

「まぁ落ち着け! 戦力的に考えてもイリーナとアリフィアを先行して送るのは決定事項だが、それでも不眠不休のあとに戦闘となると……」


 イリーナは乗り気だったが、この計画を考えたボリス自身が不安を隠せないでいる。

 

「だったら私が一緒に付いて行ってぇ、イリーナちゃんとアリフィアちゃんに回復魔術を掛け続けるって言うのはどうかしらぁ?」


 その場に居る者全員が良策を模索し沈黙する中、ローラが率先して発言をする。

 だがその内容にイリーナは反対の意見を述べる。


「確かにそれで私とアリフィアの体力は保持できるかもしれませんけど、回復魔術を使い続けるローラさんはどうするんですか? 五日間も魔術を使い続けるなんて無理ですよ、絶対に魔力が枯渇して体調を崩してしまいますよ」

「ううん、街での戦闘はイリーナちゃん達だけで十分なんだからぁ、無事に到着さえ出来たら私は居なくなってもいいでしょ? 大丈夫よぉ、私自身にも回復魔術を掛けるからぁ」

「…………」

「私はもう役立たずだって置いて行かれたくないの……何も出来なかったあの頃とは違う私になりたいのよ」


 イリーナの顔を真っ直ぐ見つめるローナの瞳からは揺ぎ無い決意が感じられ、これ以上の反論は意味を成さなくなっていた。

 ボリスはローラの覚悟を汲み取り、イリーナ達に同行させる事を決めた。


「よし! じゃあイリーナとアリフィア、それとエレオノーラが先行して街へ向かってくれ!」

「はい!」

「お前達の実力なら百名単位の憲兵隊なんか全く相手にならないと思うが、問題はその後だ」

「問題ですか?」

「あぁ、奴らは全滅の恐れを理解したら必ず国家へ救助の連絡を入れる筈だ……国からの軍勢がどれくらいの規模で、どれくらいの日数で到着するのかは予想できないが、俺達もすぐに応援に駆け付けるから待っていてくれ! イリーナを……魔王を信仰する村や集落からも兵士を集い、お前達の役に立つ軍隊を作って駆け付ける!」

「はい、期待して待ってますね」


 イリーナから直々に期待の言葉を掛けられたボリスは、身に余る光栄だと喜びの涙を流した。

 こうしてイリーナは愛する家族を救う為、故郷の街へと向かうのであった。

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