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第五十九話 無い罪を作り上げる者

 レオニードは教会の近くに宿をとり、人族である素性を隠したまま街の情報を集めていた。

 ダリアやアリフィアはその容姿からかつては人族として迫害されてきたが、今では魔族として仲間以上の意識で受け入れられている。

 まだ僅か二人だけだが、種族の問題を気にせず人族のまま仲間として受け入れられた存在がこの街にはあったのだ。

 それがレオニードには堪らなく嬉しかった。


(命を懸けて行動を起こせば理解を示してくれる魔族は必ず現れる……彼女達がその証拠だ、俺の行動は間違ってない! いつの日か絶対に人族と魔族は手を取り合える筈なんだ)


 目標は遥か彼方にあり、容易に手が届く姿などは想像できなかったが、今は少しだけ光が見え始めている気がする。

 レオニードはもう少しだけこの街に留まり、イリーナの助けになる事を模索する事に決めた。

 

 しかしその頃、魔族の国家からは噂の真偽を調べるよう命じられたもう一つの部隊が動き始めていた。

 その部隊はイリーナが過去に行ったとされる偉業の確証を得る為に、彼女が生まれ育った街へと向かい、出生から調べる事にしていた。


「噂の女って、あの田舎街の出身なんだろ? 面倒臭(めんどくっせ)ぇな、着くまで何週間かかるんだよ?」

「まぁ隊長の考えじゃある程度の強さはあるって事なんだろ? だから上層部は取り込んで、世論誘導なんかに利用した方が得だって考えたんじゃないか?」

「だったらそいつを軽く脅すか、親でもさらって目の前で痛めつければ一発じゃねぇか」


 どれほどの偉業を成し遂げたとしても、通信手段の発展していない世界では真実は伝わりにくい。

 ましてやその内容が想像をも超える程のものとなれば、それは宗教的な戒めや誇大表現としか伝わらない場合が多い。

 偉大過ぎる功績は逆の意味で信用されない……これは後にイリーナが頭を悩ます問題となるのだが、今まさにその弊害が起きようとしていた。


「じゃあ決まりだな、辺境の街なんて国家の命令に背ける訳ないんだし、無抵抗で甚振られてくれればいいんだよ」

「まぁ、抵抗したとしても甚振るけどな」

「あはははっ、ひでぇなお前」


 親の威厳だけで地位を得た者は己の愚かさを理解せず、有りもしない力を過信している。

 ましてや、今まで自分達より強い者と対峙する事を避けてきた卑怯者の頭の中には、話し合い等と言った平和的な解決方法の選択肢は無い。

 憲兵達は全てが思い通りになり、自らが楽しめる事だけを思い浮かべ街へと歩を進めていた。

 

「ここで合ってるのか?」

「まずは教会に行って情報を集めるか」

「そうだな、イリーナとアリフィアだったか? そいつらの家も聞かないと分らないからな」


 国家から派遣された憲兵が門を通り街へ入った事は即座に街中へと知れ渡り、当然の事だがレオニードの耳にも届く事となる。


「まさか、人族である俺が街に侵入した事を探りに来たのか? それにしては行動が早すぎる気がするが」

 

 いずれにせよ迂闊な行動は街に住む者を巻き込む恐れがある。

 レオニードは慎重に対応する為に、息を潜め様子を伺う事にした。


「誰か居ないか!」

「はいはい、ただいま参ります」


 憲兵が教会の扉を叩くと、中から司祭代理の男性が現れ丁寧な対応をした。

 

「公務とは言え憲兵の方々がこのような遠い所までお疲れ様です、ただいま司祭様は私用で中央都市へ出向いておりまして、わたくしが代理を務めさせて頂きます」

「構いませんよ、司祭がイリーナとアリフィアの両名を中央都市の訓練所まで送っているのは我々も承知していますから」


 憲兵隊からは隊長が一歩前進し、司祭代理に対応した。

 その言葉使いは先ほど身内でしていたものとは違い穏便ではあるが、相手の失言を誘発すべく本性を隠そうとしているのが見え透いていた。

 

「左様でしたか、では今回の遠征は如何様(いかよう)なご用件で?」

「いや、そう難しい話ではないんですが、この街が発端となった噂について調べていましてね」

「この街から出た噂……ですか?」

「えぇ、以前に中央都市の使者がこの地で重傷を負ったらしいのですが、その時の報告書に不審な点があると検閲に引っかかりまして、我々が調査を始めたと言う訳なんですよ」

「不審な点……と申しますと?」


 司祭代理には心当たりがあるが、あえてこちらから提示する必要はないと知らない振りを決め込んだ。

 使者は数百頭に及ぶ獣の襲撃に会い、その時に傷を負ったと報告したらしいのだが、治療に当たった医師の見解は違っていた。

 使者の傷は獣の爪や牙では有り得ないものである。

 かと言って魔術による攻撃と推測しても、人族の武器による攻撃と考えても理屈に合わない症状の傷ばかりだった。

 

「我々が徹底的に調査した結果、獣の襲来は使者達の仕業によるものだと分かりました……使者に与えられた薬物の影響で、普段よりも気性が荒くなった獣が数百頭襲ってきたのも事実だが、数百頭全てが討伐されたのも事実……そしてその原因を作った使者が大怪我を負ったのも事実」

「…………」

「でも、誰が獣を倒し使者に怪我を負わせたのか、と言う疑問に対する明確な報告が無かったんですよ」


 憲兵はすべてを知っていると言わんばかりの笑みで司祭代理に詰め寄る。

 

「イリーナとアリフィアの両名は強大な戦闘力があると報告書には記されていましたが、流石にたった二名だけで行えるような案件では無いのは分かります」

「…………」

「ならば答えは一つです……ある程度の力があるイリーナを魔王の生まれ変わりと祭り上げてまで隠したい存在がこの街には居ると言う事ですよね?」

「なっ! 何を馬鹿な事を仰ってるんですか!」


 イリーナ達の実力を信じていない憲兵は、思いもよらぬ方向への推理をしてしまっている。

 司祭代理は必死に否定するが、隊長は考えを改めようとはしない。


「本当にイリーナは魔王様の生まれ変わりだとしか思えない力を持っていて、アリフィアもそれに匹敵する英雄の資質があるんです!」

「だから噂を流布したんですか? あまりにも手際が良すぎると思ってましたが、隠しているのは誰なんです?」

「誓って申し上げますが、隠し事など御座いません!」


 司祭代理は事実を言っているだけなのだが、隊長は己の求める答えではない事に苛立ちをあらわにした。


「もういい時間の無駄だ! イリーナとアリフィアの家を教えろ!」


 言葉使いと共に態度が急変した隊長は、司祭代理の胸ぐらを掴み脅しをかける。


「最初からそうしておけば話が早いのに、さっきのは何だったんです隊長?」

「変な言葉使いで笑いそうでしたよ俺」

「うるせぇな! 黙ってろ!」


 教会での蛮行は即座に街中へと知れ渡るが、国家権力へ逆らえる者は少ない。

 イリーナ達の生家を知った憲兵達は列を作り進んだ。


「ここからならアリフィアの家の方が近いようだな」


 その会話を聞いたレオニードは、ダリアの家へと先回りして物陰に身を隠す。

 憲兵は話し合いをする雰囲気などは微塵も感じさせず、ダリアの待つ家へと歩を進めている。

 教会関係者や街の者は皆、公然と逆らう事は出来なくても何か問題が起これば対処できるようにと付いて行く事にしたようだ。


「ここはアリフィアの家で間違いないな! 家族が居るんだったらすぐに出てこい!」


 ダリアの家に到着するや否や、隊長が大声で捲し立てた。

 外から漂う只ならぬ気配に怯えながらダリアが扉を開け現れたが、その瞬間に隊長を含め憲兵全体が殺気で覆われる。


「なぜここに汚らわしい人族が居るんだ! ここはアリフィアの家ではなかったのか!」

「わ、私がアリフィアの母ですけど、娘が何か?」

「何だと! この街はあろう事か人族の娘を英雄扱いしてたと言うのか!」


 隊長は今にも攻撃を加えそうな形相でダリアを睨み付けた。


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