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第五十六話 卑怯者には魔王の罰を

 ザックの話を聞いてから嫌な考えがイリーナの頭を埋め尽くしてくる。

 人族の集落を襲い、愉悦の為に惨殺を行ったのは目の前に居る憲兵ではないのかと……。

 いずれにせよ彼らを招き入れ、話をしない事には始まらない。

 イリーナとボリス達は門の前に集まり、彼らの到着に備えた。


「あれが人族に襲われてる村か?」

「小せぇ村だな、あんな全滅が確定してる(とこ)に噂の女がわざわざ来るか?」


 憲兵隊の言動は統率が取れているようには見えず、各々が好き勝手に愚痴をこぼしている。


「魔王の生まれ変わりが現れたとか言ってたけど あんな田舎の街から出た噂なんか気にしてどうすんだよ」

「うるせぇな! 親父達の指示で来たんだから黙って歩け!」


 どうやら憲兵達の目的はイリーナの調査だったようだ。

 時間と共に消えていくような噂なら捨て置く事も出来るが、称える名声が徐々に増え続ける現状を無視する訳にはいかないと、そう国家の上層部は考えたのだろう。

 しかし重要な軍事力や捜査力を噂一つに注ぐ訳にもいかず、居なくても人族との抗争に何の影響もない人材……そんな理由で憲兵隊が選ばれたのかもしれない。

 

「まぁこれで金が貰えるんだから別にいいじゃねぇか」

「村は落ち着いてるし……よしよし絶好の時機みたいだな」


 実の親に能力を軽視されているとは夢にも思わず、彼らは彼らなりに計画を練っていたようだ。

 戦力の高くない憲兵にとって情報は最強の武器と成り得る。

 彼らは得られる情報の全てを使い、自分の身の安全を考えたに違いない。

 村を襲った人族は精鋭の兵士が二千人……これは紛れもない事実であり、対する村の戦力は援軍を合わせても半数……それを覆せる可能性は真偽の分からぬ『噂の魔王の力』だけである。

 結果の分かりきった情報をわざわざ天秤に掛けて検討するのは愚者の行為に等しい。

  そう考えた結果が今になっての『援軍のフリ』なのだろう。


「人族はもう撤退してると思うが、それにしても被害の跡が少なすぎないか?」

「抵抗も出来ないほど無様に惨敗したんなら、噂も嘘だったって事で決定だな」

「あぁ~あ、勿体ねぇな」

「何が?」

「噂の魔王って女だったんだろ? 他の奴らより多少魔力が多かったのか、若しくは容姿が良かったのかは知らんが、噂になるほど人気があったんなら、脅すか家族を人質にするかして俺達の隊の広告塔にすりゃよかったのになって」

「ははっ、お前の場合は広告塔より自分専属の奉仕係にしたかったって顔に書いてるぞ」


 下世話な会話で盛り上がりながら、憲兵隊が門の前に到着した。

 門が開けられ中へと歩を進めた憲兵が驚きのあまり声を失う。

 ざっと見渡す限り深刻な建物の破壊は皆無である。

 立ち並ぶ兵士を見ても重傷者どころか軽傷を負った者さえも見当たらない。

 

「憲兵の皆さん、遠い所をご苦労さん」


 兵士と憲兵は余程相性が悪いらしい。

 呆然と立ち尽くす憲兵に対し、ボリスが見下した笑顔で声を掛ける。

 その対応が癪に障ったのか、憲兵隊の隊長と思われる男が威圧的な言葉で応戦する。

 だが数多くの戦いを経験してきたボリスが彼ら如きの威圧に気圧される訳がない。

 ボリスは子馬鹿にする態度を変えずに対応する。


「見ての通りこの村は平和そのものだが、お偉い憲兵様は何をしに来たんで?」

「人族の大群に襲われてると連絡があったから、助けに来たに決まってるだろうが!」

「聞いたかキリル! 碌な戦力もないのに助けに来てくれたんだと! まったく有難くて涙が出るな!」


 行き過ぎ感もあるボリスの態度に、キリルは笑いを堪えるのに必死だった。

 隊長は怒りに拳を握り締めるが、まともに対戦しては歴戦の兵士に勝てる訳がない。

 大きく咳ばらいをした後に冷静な態度を装う。


「とにかくだ、この様子を見る限り人族の襲撃は無かったと、そう国家本部には伝えておく」

「はぁ? お前らの目は節穴か? 人族の襲撃も戦闘も本当なんだから、ちゃんと報告しとけよ」

「何を馬鹿な事を! 虚偽の申告は重罪だぞ!」


 怒りで震える隊長にボリスは続ける。


「嘘だと思うなら壁の外を見て来ればいい、人族の死骸が散乱してるからな……あ、そうそう、確認ついでに片付けもしてくれないか? 腐敗しないように魔術は掛けたが処理に困ってたんだ」


 余裕の笑みを浮かべ煽ってくるボリスの言を確認する為に、数名の憲兵が壁の外へと赴く。

 数刻の後、戻ってきた部下の報告に隊長は言葉を無くす。


「確かに遺体らしき物はありました……それも百や二百では無い量の物が」

「だから嘘じゃないって言ってるだろうが」


 憲兵達は突きつけられた事実をどう理解すれば良いのか迷っていた。

 噂の真偽は安易に判断出来ないが、人族との人数差を考えれば、ボリスと後ろに控えている兵の実力は国家の軍よりも高いかもしれない。

 ならばこの者を取り込み、共に人族を撃退したと報告すれば自分達も報酬を受ける事が出来る。

 しかも噂の魔王も可能性ありと報告すれば、我が隊の広告塔として利用できるかもしれない。

 下卑た考えを持つ者は何もかもが自分の思い通りに進むと信じている。


「なるほど、人族の襲撃は真実であったようだ」

「だから最初からそう言ってるだろ」

「ならば我々魔族の兵士が多数の人族を退け、僅かな負傷者を出す事もなく圧勝したと、そう報告しておこう」

「ちょっと待て! 何だ『我々』って?」


 話を遮るボリスの態度が心底分からないのか、隊長は疑問の表情を浮かべる。


「お前ら憲兵どもは一緒に戦ってないんだから『我々』じゃないだろうが!」


 虚を突かれたような表情の隊長が必死に持論を捲し立てる。


「国家から正式にこの村を救う命令を受けて来たんだ、共同の任務に決まってるだろ!」

「抜け抜けとまぁ、故意に遅れて来たくせによ」

「故意な訳があるか! 貴様らと違って俺達は忙しいんだ! 多少到着が遅れて何が悪いんだ」

「忙しいって……東の街の監査が終わったら、後は特に何も無かったって聞いてるぜ」


 罵り合いは収拾が付かなくなってきたが、隊長が最後に言い放った言葉をイリーナは聞き流す事が出来なかった。


「東の街の近くには人族の村や集落が点在してるんだ! 貴様ら兵士が見逃してる敵の拠点を俺達が代わりに駆除して回ってるから平和が保たれてるんだ! 兵士の無能を恥じて俺達に感謝しろよ!」

「あぁ? あの辺りにこちらから潰しに行かなきゃならないような、そんな脅威を感じる人族の村なんてあったか?」

「ボリス教官……少し黙って下さい」


 顔を伏せて話すイリーナからは怒りの感情が明瞭にみられる。

 ボリスは憲兵を嘲弄(ちょうろう)していた態度を即座に改め、イリーナに向き合った。


「どうしたんだイリーナ、何か気になる事でもあったか?」


 イリーナは顔をボリスの耳元に近づけ、確かめたい事があると告げた。

 ボリスは代理で隊長へと問いただす。


「この子は俺の教え子なんだが、中央都市に来る前に東の街の傍を通った事があってな、その時に近くにあった人族の集落が衝撃的すぎて夢でうなされるらしいんだ」

「衝撃的な人族の村だと?」

「聞けば人族の子供が酷い状態で並べられていたらしいが、正式に兵士の訓練を受ける前だったから精神的に厳しかったんだろ」


 ボリスがそこまで話を進めると、突然隊長が大笑いしながら話し始める。


「あぁ思い出したぞ、魔族でさえそれほど衝撃を受けたんなら、人族への効果は絶大だっただろ!」

「隊長、俺の思い付きは正解でしたね」


 憲兵達は心の底から嬉しそうな表情を浮かべ、まるで自慢話でもするかのように語った。

 東の街の監査が終わってやる事が無くなり、只の暇つぶしの為だけに人族の集落を襲った事を……。

 そして兵士が出払い、弱者しか残されていない村に行った非道な行為の数々を……。


「あなた達だったのね……」


 イリーナの怒りは爆発寸前だった。

 百名そこそこの憲兵などイリーナが相手では数秒も持たないが、ここで手を出してしまうのは愚策と言わざるを得ない。

 権力が占める範囲を考えるならまだまだ国家を相手にしない方が良い。


「イリーナちゃん、深呼吸しましょうねぇ」


 ローラが傍に寄り添い落ち着くように話しかけてきた。

 ここで国家を敵に回してしまうと故郷に残してきた家族が危険に晒される確率が上がってしまう。

 非道な行いを平然と行う精神の腐敗は、村や都市単位ではなく国家規模で施された洗脳だった。

 強大な組織を相手にする為に、今は我慢するしかないのか。


数多(あまた)の隠れ里と共に人族を消し去り、奴らに恐怖を植え付け戦意を喪失させた功績は俺のものだ! 俺達はこれからも出世し続けるんだ、行動を共にしたと名を連ねた方が得策だぞ」


 止む事のない愚かな発言にイリーナは下唇を噛み締める。

 その様子はボリスや兵士達だけではなく、村人全員の敵対心を憲兵に集める事となった。


「長ったらしい自慢話だったが、結局はボクちゃんは弱い者虐めしか出来ないんちゅ~って話だろ? 俺より弱い奴なんかと組めるか!」


 ボリスが先程よりも更に(きつ)い言葉で憲兵達を煽る。


「貴様! 俺達を愚弄するのか!」

「そう聞こえたんだったらお前の耳は正常だって事だ、これからも健康管理は大切にな」


 今にも攻撃魔術を撃ってきそうな憲兵に、ボリスは一つの進言をする。


「もし弱い者虐めしか出来ない卑怯者じゃないって言うなら俺と摸擬戦でもしてみるか?」


 人族との実践を潜り抜けてきた兵士を相手にするほどの度胸は憲兵には無い。

 躊躇する彼らを焚き付けるようにキリルが切り出す。


「おいおい、それじゃボリスが弱い者虐めになっちゃうぞ」

「そうか? 養成所でよくやる訓練のつもりなんだがな……じゃあそこに居る百名全員と一斉に戦うってのはどうだ?」

「それでもまだ弱い者虐めになっちゃうな、もう一声!」

「これでも駄目か……だったら俺の教え子くらいの戦力で丁度いい枷になるな……と言う訳で頼んだぞイリーナ」

「はい?」


 突然指名されたイリーナは素っ頓狂な声が出てしまった。

 ボリスは笑顔で黙っているが、恐らくイリーナの怒りを鎮める為の案であろう。

 仮に憲兵に対してイリーナ個人が手を出してしまった場合、彼らはあらゆる手段を講じてイリーナを犯罪者に仕立て上げるだろう。

 そうなればイリーナの家族も反逆罪で処刑されかねない。

 だがボリスとの訓練と言う事ならば結果がどうなろうと問題にはならない筈だ。

 そもそも訓練生一名に対し百名で対峙した等とは口が裂けても言えないだろう。


「よし! そこまで言うならその訓練生の相手をしてやる! 後悔するなよ!」

 

 ここで逃げる事は憲兵としての沽券に関わる。

 歴戦の兵士が相手では勝ち目はないが訓練生ならば……。

 何のつもりか分からないが目の前にいるこいつが相手なら、人族の女子供を甚振るのと何も変わらない……。

 ボリスに煽られ冷静さを失った憲兵は、自らが選んだ答えが『最も選んではいけない』間違いだった事にまだ気付いていない。



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