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第五十話  魔王軍を最強にしよう

 イリーナに対する皆の言葉使いは追々修正するとして、まずは一ヶ月後に行われる見習い兵士との合同訓練までに圧倒的な力の差を付ける必要がある。


「でもぉ、たった一ヶ月しかないのにぃ、そんな急に強くなんてなれるのぉ?」

「イリーナの力は凄まじから見習いどころか正規兵が相手でも楽勝かもしれないけど、私達は何か月も……場合によっちゃ何年も鍛錬を重ねてようやく今の強さになれたんだ、それを今から一月(ひとつき)足らず訓練したからって極端な底上げは無理だろ?」


 ローラとミーリャは心配そうに聞いてくる。

 イリーナはそんな不安を吹き飛ばすかのように笑いながら答えた。


「大丈夫ですって、ローラさんも自分じゃ信じられないくらい強くなれたでしょ?」

「確かにそうだけどぉ」

「大事なのは豊富な知識を理解する事と、それを正しく応用出来るかどうかなんですから」


 新しい知識を理解するのに最も必要なのは『気付き』であるとイリーナは考える。

 何故なら、世の中の誰も知らず、本や言い伝えなどの記録さえも無い事象を理解するのは不可能に近いのだから。

 理解する能力云々の話ではなく、その事象に対する概念が全く無い世界では『気付く』事そのものが偉業であり奇跡なのだ。

 ならばイリーナが気付きの切っ掛けを与えれば良いのではないか?

 例えば火属性の魔術を強化するなら、最初に『燃える』と言う事象は何なのかを伝えればいい。

 まずは『可燃物』『酸素』『熱』の三つが揃って初めて『燃える』現象が起こる事を教える。

 それが理解出来れば炎を強化する事も消滅させる事も可能になるのだから。

 その為に次は『酸素』とは何か、どこに潜んでいるのか、どんな性質があるのか、どうすれば取り出せるのか……それを実際に目に見える形で示せば良いのだ。

 言葉だけの説明を百回繰り返そうと、実際に自分の目で一度見た知識には敵わない。

 幸いイリーナには前世の学校で行った実験の知識と、それを再現出来るだけの魔力がある。

 こちらの世界で教鞭を振るうどんな教師よりも、あるいは魔術が得意で強者と謳われたどんな兵士よりも、イリーナの方が知識を正確に伝える能力は優れてると言える。


「私の火属性の魔術はもっと強くできるのか?」

「もちろんですよ」


 イリーナは前世での理科の授業を思い出しながらミーリャの理解しやすい言葉で説明をする。

 普段何気なく呼吸をしている空気の構成を。

 その中の酸素と言う気体の取り出し方と炎に及ぼす影響を。

 一つ一つの実験を丁寧に、理解出来るまで何度も何度も繰り返してみせた。


「酸素の助燃性を理解したら、次は私が見せた酸素を取り出す工程を思い描いてください」

「お、おう……」

「あとはミーリャさんの炎が酸素を得て威力を増す……そんな映像が思い浮かぶ自分だけの言葉を声に出して……」

「火竜よ、酸素を喰らい爆ぜろ!」


 ミーリャが操る炎の魔術は元々強力なものだったが、酸素の概念を得てからの威力は桁違いとなった。

 更には身近にある水の構成と水素の存在を理解してからは、イリーナの結界が無い場所では練習すら出来ない程の破壊力を有する事となる。


「ミーリャ凄ぉい!」

「ここまで私の魔術が強化されるなんて……」


 体感的に魔力の消費は今までと然程(さほど)変わらないのに、とても自らの魔術で発動したとは思えない威力の炎に二人は驚愕した。

 

「一つだけ補足しますけど、ミーリャさんの魔術は決して簡単に強化された訳じゃないですよ」


 イリーナの伝えた『気付き』は強化の為の切っ掛けに過ぎない。

 例え気付きにより魔術が倍加されたとしても、元々の魔力量が低ければさほど意味を成さない。

 普段からミーリャが鍛錬を怠らず……ローラを守りたい一心で辛い訓練に耐え、自分の能力を磨いてきたからこそ得られた魔術なのだ。


「やっぱりミーリャは凄ぉい!」


 ローラに抱き着かれて照れるミーリャを、他の訓練生が期待に満ちた目で見つめていた。

 早く自分も強くなりたいと、そんな声が聞こえてきそうな熱い眼差しに混じって、ボリスが物欲しそうな視線をイリーナに向けている。


「俺には教えてくれないのか?」

「…………」


 訓練生に恐れられた(かつ)ての勇ましさはどこに行ってしまったのか、仔犬の様に潤む瞳はむしろ可愛いとさえ錯覚してしまいそうだ。

 イリーナは(おぞ)ましい考えを振り切るように、大きく咳ばらいをした後に答える。


「ボリス教官は自分で考えて人族の体術を取り入れたんですよね?」


 過去の大戦で魔族と人族の力に差が無くなった時、お互いの得意な領域に足を踏み入れたのは間違いではない。

 例え種族的な理由で人族の半分しか体術を習得できないとしても、魔術を極めた者がその力を得れば戦力は倍化するのだから。

 実際にボリス自身が他の教官より戦力で上の地位に就いているのが良い証明になっている。

 ただ、人族の半分とは言え、不得意な分野を習得するのは並々ならぬ努力が必要となる為、敢えてその選択を取らない者が多いのも仕方のない事かもしれない。


「だからボリス教官はアリフィアと一緒にみんなに体術を教えて欲しいんです、魔術の強化と並行して体術を習得するのは必ず役に立つんですから」

「お、俺が?」

「ボリス教官ほど良いお手本は居ませんからね、それに、もし協力してくれたら後でとっておきの魔術を教えてあげますよ」


 片目を瞑りながら放つイリーナの一言は効果覿面(こうかてきめん)だった。

 ボリスはお菓子を与えられた子供のように喜びながら訓練生の中へと掛けて行った。

 その後ろ姿を見送りながらイリーナは大きく深呼吸をする。

 

「ふぅ……じゃあ順番に個性を見ながら指導していきますね」


 その後イリーナは訓練生それぞれの属性を調べ、適した知識を模索して伝え、目に見える情報を与えながら各々の実力を伸ばしていった。

 誰も知らなかった未知の知識の数々と、常人では思いもよらぬその活用法を得た者の伸び代は凄まじい。

 訓練生は一ヶ月の時間を費やし、全員が一騎当千の力を得るに至った。

 

「凄いわねイリーナちゃん、たった一ヶ月でみんながここまで強くなるなんて」

「うん、これなら見習い兵士は勿論、人族や魔族の正規兵が相手でも苦にならないと思うわ」


 イリーナは満足気な笑顔を浮かべている。

 あとはキリルと合同訓練の日程を決めるだけだったが、突然息を切らせたボリスがイリーナの元へと駆け寄ってきた。


「イリーナ、すぐに訓練生全員を招集するぞ」

「どうしたんです? いったい何が?」


 呼吸を整えたボリスが順を追って説明をした。

 中央都市から馬車で四日ほど移動した場所に、三千名ほどの魔族が暮らす村がある。

 規模から言えばローラやミーリャの村よりも少し小さいのだが、ここは人族の街への通り道となる為、進軍する際の補給や休息に必要不可欠な場所となっている。

 どうやらそこが人族の兵士に襲われているらしい。


「そんな! 味方の兵士は、村を守る魔族は居ないんですか!」

「それが……」


 実はイリーナ達が中央都市に到着する数日前に大規模な遠征があったらしい。

 人族の主要都市を一気に攻めるべく数万名規模の兵士が集められた。

 その為に、攻撃の要となる魔族の多くは即座に戻れる距離には居ないのだと言う。

 村に残されている兵士は補給部隊と警備兵を合わせても二百名余り……。

 対する人族の兵士は二千人……。

 中央都市規模を破壊するなら少なすぎる数だが、魔族の目を欺きながら進軍し、重要な拠点を潰し、戦闘力のない村人を殺戮し……中央都市にある程度の損害を与える事だけが目的なら、この人数で事足りるのかもしれない。

 とは言え、十倍の正規兵を相手に村の状況はかなり切迫している。


「だったら直ぐにでも行かなきゃ!」

「だからそれをキリルと話し合ってたんだ」


 今現在養成所に居る見習い兵士は百五十名。

 訓練生を合わせた所で二百五十名……正直なところ人族の正規兵と対峙するには戦力的に厳しいものがある。

 他の都市の養成所にも連絡は届いてる筈だが、中央都市よりも早く村に到着出来る距離ではない。

 だからこそイリーナの実力を知らないキリルは戸惑っていた。

 自分が受け持つ見習い兵だけでは到底対応できる事態ではない。

 ましてや見習いよりも弱い訓練生を加えた所で何一つ状況は変わらない。

 死を恐れている訳ではないが、成果も何も残らない無駄死にはキリルの選択肢には無いのだ。

 ボリスは躊躇しているキリルとの話し合いでは出せなかった答えをイリーナに求める。


「頼む! イリーナの力で村を救ってくれ!」

「まかせて下さい」


 イリーナは微笑みながら即答した。

 二千人の兵士と戦った経験などは無いが、そんなものは些細な事だ。

 ボリスは僅かな疑問も持たずイリーナに助けを求めてきた。

 『救えますか?』ではなく『救ってくれ』と……。

 イリーナはその絶対的な信頼に答えたかった。


「村人は必ず救い出します! だから一刻も早く出発出来るようにキリル教官を説得して、訓練生全員を集めてください!」

「分かった!」


 イリーナの言葉を得たボリスの行動は早かった。

 キリルはまだ納得していないものの、ボリスの勢いに押され承諾する。

 訓練ではなく実戦での共同となってしまったが、訓練生には初めて人族と戦う恐怖心は無い。

 それはイリーナと共に行動出来る喜びや、魔王の御業を間近で見られる期待の方が遥かに大きかったからだろう。


「よし! 必ず村を救い出すぞ!」

『『はいっ!』』


 ボリスの掛け声と共に数十台の馬車が中央都市を後にした。

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