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第四十八話 信者が得られる恩恵は

 イリーナが行った奇跡の偉業は瞬く間に養成所全体へと広がった。

 だがその噂は魔王の御業(みわざ)を直接見ていない者には認めがたく、否定する声が多く挙がっているのも事実だ。

 自尊心が強いが故に認めたくないのか、それとも認めてしまう事で何か不都合でもあるのか。

 いずれにせよその場に居合わせた訓練生以外からは、権威を得るための虚偽、もしくは誇大な吹聴との認識しか生まれなかった。

 その結果、養成所の中には魔王の力を認める者と認めない者、その二つの派閥が発生する事となる。

 だが派閥と言っても認める者は訓練生のみに留まり、まだまだ勢力的には小さなものでしかなかった。

 

「やっぱり最初はこんな感じよね」


 前世では当たり前のように普及していたテレビや動画サイトなど、情報を一気に拡散できる手段がこの世界に存在する筈もなく、どれほど魔王の力を開放したとしても広がるのは噂と言う不確実なものだけになってしまう。

 地道に勢力の拡大を図るのが良いのか、それとも他に良い案があるのか。

 イリーナはアリフィアとローラの他に訓練生の代表としてミーリャを、そして教官のボリスを部屋に呼んだ。

 

「まぁイリーナちゃんの魔術って想像の斜め上……って言うか、想像すら出来ない事まで簡単にやっちゃうから、見もしないで信じろって言う方が無理なのよね」

「私も実際に見てなかったらぁ、教会のお話や絵本と同じ作り話だって思っちゃうものぉ」

「偉大なる魔王様の御業を疑うとはなんと無礼な!」


 アリフィアとローラが諦めた表情をする傍らで、一連の出来事以来、敬虔(けいけん)な魔王信者となったボリスが鼻息を荒くする。


「それはそうとボリス教官」

「なんでしょう魔王様!」

「その魔王様って呼ぶのは止めてもらえませんか?」


 咎められたボリスの表情は一瞬にして曇ってしまった。

 知らず知らずのうちに自分はイリーナに対して何か気に障る言動をしていたのか。

 もはや敬意を込めて呼ぶ事さえ許されぬほど怒らせてしまったのか。

 対戦に敗れて以降は抗う意思など微塵もなく、全ての言動に忠誠を込めると誓った筈なのに。

 だがそんな事などは関係ない、理由は分からなくとも主である魔王の御心は絶対であり、その非礼は己の命を持って償うべきである。

 ボリスはイリーナの前に跪きその首を前に出した。


「ちょ、ちょっと何やってるんですか!」

「我が命をもって償いますので、最後に魔王様とお呼びする無礼をお許しください」

「待って待って待って! そうじゃなくて!」


 真剣に命を差し出そうとするボリスの態度にイリーナは慌てて手と首を振った。


「これから私はみんなと一緒に強くなっていこうとしてるの、なのに訓練生よりも上の立場の人が居ないなんて他の教官から見たら不自然でしょ? だからボリス教官には今まで通り訓練生を従える立場に居てほしいの」

「しかし私ごときが魔王様の上に立つなど……」

「もう……じゃあこれは命令よ」


 その一言でボリスの表情が一変した。

 緊張感と恐怖もあるが、それよりも崇拝する者から直接使命を承ったと言う恍惚感の方が勝っていた。

 

「それから私に対しては敬語も無しで、呼び方もイリーナって呼び捨てでね」

「わたし……ごほん! じゃあ俺は今までと同じようにイリーナや訓練生達に接すればいいんだな」

「そうそう、その調子よ」


 イリーナは跪いたまま見上げてくるボリスの頭に手を置いた。

 彼女を怒らせた訳ではなく、これからも傍に居る事を許されただけでも有難いのに、賞賛の言葉まで貰えるとは。

 ボリスの瞳には感激の涙が溢れていた。


「それで私やローラさんも一緒に訓練生になるんでしょ? その後はどうするの?」


 イリーナはアリフィアの問いに答える。

 恐怖で縛り付けるだけの統率では長続きはしない。

 ならば魔王の力を見せつけ屈服させるだけではなく、信仰する事によって得られる『恩恵』を明確にすれば良いのだと。

 今までは訓練生と兵士見習いとでは明確な差があった筈だ。

 ましてや正規の兵士ともなればその実力は雲泥の差となる。

 それがある日を境に逆転したとしたら……訓練生や指導する教官は今まで通りで何も変わらないのに、戦闘力だけが急激に上がっていたらどうだろうか。

 自尊心の強い者に認めたくない現実を突きつければ、(おの)ずと正解を導き出そうと模索するだろう。

 指導者や訓練の内容は変わらず、自分達も過去に通ってきた道ならば、そこから考えられる答えは一つしかない。

 違いは魔王に対する信仰心が有るか無いかだけであると……。

 自分で悩み、情報を集め、そうして導き出した正解は他人から与えられたどんな情報よりも強く脳に刻まれ、生涯変わる事はない。


「その為にはまず訓練生全員に今よりも強くなってもらうから」


 イリーナはミーリャを見ながら言い切った。

 

「そんな事が出来るんですか?」


 ミーリャは以前とは違い丁寧な言葉で返してくる。

 その態度にイリーナは大きな溜息を洩らした。


「はぁ~……さっきボリス教官にも言いましたけど、ここでの私は新入りでリュドミーラさんは先輩なんですから、不自然な敬語はやめてもらえませんか」

「わ、わかった……」

「と言うか、あの戦闘の時の荒々しさはどうしたんですか? どっちが本性なんです?」


 問い詰めるイリーナに対し、ローラが嬉しそうな表情で答える。


「本当のミーリャはもっと優しくてぇ、あんな話し方じゃないのよぉ」

「それはまぁ、荒ぶってた理由を聞いたから分かりますけど」

「私に何か意見するときだってぇ、あんな酷い言葉なんか使わないで優しく抱きしめて囁いてくれるものねぇ」

「ばっ、馬鹿! 私がいつそんな事やったんだよ!」

「あらぁ忘れたのぉ? 私が何も言い返せないようにってぇ、お口同士を合わせて塞いできたじゃないのぉ」


 突然のローラの暴露にミーリャは耳まで赤く染めながら怒り出す。


「なるほど、ツンデレね……」

「つんで? 何それ? ってかローラさん羨ましい! 私もイリーナちゃんとキスしたいキスしたいキスしたい!」


 呟くイリーナの隣でアリフィアが壮大な駄々を捏ね始めた。

 収集が付かなくなった空気を排除すべく、イリーナは大きな柏手を打つ。


「とにかく! リュドミーラさんは」

「ミーリャでいい……」

「えっ?」

「ローラを愛称で呼んでるんだから、私の事もミーリャでいいって言ってるんだよ」


 意外な申し出にイリーナは満足げな笑顔を見せる。


「じゃあミーリャさん、これからも宜しくお願いしますね」

「お、おう……」

「で、話を元に戻しますけど、ミーリャさんは村に居た時はローラさんに戦う力は無いって、そう思ってたんですよね?」

「まぁな、だから絶対にローラを戦場には行かせたくなかったし、私が守ってやらなきゃって、そう思ってたんだ」


 ボリスはミーリャを追い詰めていた事を反省し情けない表情になるが、ローラとアリフィアは素で健気な優しさを見せるミーリャの言葉に目を輝かせていた。


「でも、ここで戦ったローラさんはどうでした? 役に立たない弱者でしたか?」

「いや……後から聞いたけど、医療の魔術があそこまで戦闘に使えるなんて知らなかったよ」

「そう、強くなるのに魔力の量や魔術の属性なんて関係ないんですよ、誰でも自分の属性にあった知識を増やして力を使う方向性を見つければ、努力次第で今よりも強くなれるんです!」

「私も今より強くなって……ずっとローラを守れるのか?」

「もちろんですよ!」


 力強く断言するイリーナの言葉を聞き、ローラを見つめるミーリャの顔に優しい笑顔が戻った。

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