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第四十四話 アリフィアの新しい技

「あのローラが……認めねぇ……私は絶対に認めねぇからな……」


 ミーリャは目の前に突き付けられた現実を認めたくはないのだろう。

 自らに言い聞かせるかのように呟き続けた。

 ローラの戦い方は医学知識の無い者には理解し難く、しかも一目で分かるような派手さもない。

 それ故に皆を納得させ、実力を誇示するには不十分だったのかもしれない。

 周りで見ていた者は得体のしれない攻撃に畏怖を覚えると共に、疑惑の念も抱いていた。

 本当にこれは彼女の力なのかと。


「はぁ……まったく往生際が悪いわね」


 大きな溜息を()きながらアリフィアが一歩前に出る。

 その姿を見た者が一様にざわめき立った。


「さっきから思ってたけど、あいつって人族だよな?」

「なんで惰弱な人族なんかがここに居るんだ?」


 アリフィアを人族だと疑う目には明らかに侮蔑の闇が宿っていた。


「はぁ~~……」

 

 アリフィアは更に大きなため息を吐きながら話す。


「あのね、私は魔王様の生まれ変わりである彼女の友人よ! それでも弱い人族だと疑うなら幾らでも相手になってあげるから掛かってらっしゃい!」


 絶対的な実力の差を思い知らせる為には小さな疑念も残してはいけない。

 アリフィアは試合前にイリーナが相手を挑発していた意図を汲み取り、疑いの眼差しを向けてくる野次馬達を煽るように試合を申し出た。


「でも私にはローラさんみたいな優しさはないからなぁ~、相手の動きを止めるだけなんて、そんな慈悲深い攻撃は出来ないし……まぁ腕の一本や二本は無くなっちゃうかもしれないけど、死なない限りイリーナちゃんが治してくれるし別にいいわよね、さぁ! 覚悟が決まった順に掛かって来なさい!」


 アリフィアは全力で煽った後、広場の中心付近まで歩み寄り落ちている小枝を一本拾い上げた。


「地面に隠れている砂鉄よ、剣の形となり高速で刃を振動させよ」


 アリフィアの周りに黒い霧が立ち込めたかと思うと、それは彼女の手に持たれた小枝へと集まり始めた。

 次第に霧は巨大な剣の形へと変わり、異様な威圧感と共に耳を(つんざ)く音が辺りに響き渡った。


「み、耳が痛い……イリーナちゃん、これって何の音なのぉ?」

「これはアリフィアの得意技の一つで高周波ブレードって言うんですよ」

「高周波……ぶれーどぉ?」


 イリーナは得意げな表情で説明したが、ローラの頭上には大きな疑問符が浮かんでいた。


「え? 何その名前? 私も初めて聞いたんだけど」

「あれ? そうだっけ?」


 イリーナの突然の説明に、アリフィアは納得いかない表情で振り向いた。


「イリーナちゃんがこの武器の原理を教えてくれた時は何も言ってなかったじゃない」

「ごめんごめん、とにかく武器の名前はそれだから」


 談笑しながらやり取りをする二人の様子に、対峙する者の苛立ちが益々溜まっていく。


「ふざけやがって! 結局は人族がいつも使ってる貧弱な武器と同じじゃないか!」

「あんな物、土魔術の石礫(いしつぶて)でも当てりゃ一発で折れるだろ」


 誰もがアリフィアを侮り、戦いの場を茶化すような言動で目を背けたその時、唐突にそれは起きた。

 アリフィアを睨み付けながら立ち並ぶ者たちの前に大きな地割れが生じたのだ。

 いや、正確には突然現れたが正しいかもしれない。

 これほど巨大な亀裂が自然現象や魔術により作られたものならば、何かしらの兆候や破壊音がする筈である。

 しかし今回のそれは大きな音もなく突如視界へと入ってきた。


「な、なんだこれ……いつのまに」


 現れた亀裂は物理的な力で引き裂かれたような物ではなく、見事なまでに直線的で滑らかな断面であった。

 恐る恐る亀裂を覗き込む者も居たが、両端の終着点はおろか底さえ視認できない程の長さと深さだった。


「その線を越えた者から戦闘の意志ありとみなして攻撃するわよ」

 

 その場に居た者はアリフィアの言葉に脅威を感じた。

 到底魔術で地面を割ったとは思えない未知の亀裂は目の前の彼女が作ったと言うのか……。

 いつ。

 何で。

 どうやって。

 

 アリフィアが持つ剣では決して届く距離ではない。

 仮に届くほど長身の剣があったとしても剣先の軌道も威力もおかしすぎる。


「どうしたの? 今度はゆっくりとやってあげるから、よ~く見なさい!」


 アリフィアの言葉と共に変化していく剣の姿が、見ている者すべてが抱いた疑問の答えとなった。

 剣は刀身が伸び異常なまでの長さとなり、鋭さの他にしなやかさをも持ち合わせた物へと変貌をとげる。

 アリフィアによって軽々と振るわれた剣は地面へ触れても衝突音が全くしない。

 まるでそこには初めから剣に抵抗する物質など存在しないかのように切り裂き、深い亀裂を刻んでいく。

 しかし、それよりもこれを剣と呼んで良いものか。

 確かに触れる物を両断する威力は剣なのだが、蛇の魔物のごとく畝るその姿はまるで鞭のようだ。


「ハイ・フリークエンシー・ウィップだわ!」

「イリーナちゃんの名付けって意味不明なのばっかりね……」

「別にいいじゃない、そんな事よりいつの間にそんな事が出来るようになったのよ」

「ふふ~ん、私だってイリーナちゃんに追いつこうと頑張ってるんだから」

 

 尚も剣を振り続けるアリフィアの前には無数の亀裂が増えていく。

 土煙も上げず、破壊音もせず、地面に深く鋭い傷跡が次々と刻まれていく空間。

 もし自分がそこへ一歩でも立ち入れば……その後の無残な姿は容易に想像できる。

 ならば遠隔攻撃をすればよいのでは。

 誰でも最初に考えるであろう攻略法にアリフィアが思い至らない訳がない。


「うがあぁあぁ~!」


 密かにアリフィアの後方へと回り込んでいた者の腕が地面へと落ちた。


「私は地獄耳だから、誰がどこで詠唱を始めたかなんて全てお見通しよ! さぁ、手足を切り刻まれても詠唱を続ける自信があるなら掛かってきなさい!」


 養成所に居る魔族は各々の村や街から選ばれ集められたと言う自尊心が強い。

 だからこそ目の前で無様に敗北している者が居るのは、その魔族の能力が自分よりも劣っていたからに決まっていると考えてしまう。

 お互いが相手の能力を認めず、我こそが一番だと考える者ばかりの集団は、諦める事も、己の力量を正しく評価する事も出来ないが故に厄介である。

 アリフィアを倒せるのは自分だけなのだと言わんばかりに次々と攻撃を仕掛けてくる。

 だが普段から詠唱を使わず、手指の魔術を使うイリーナと特訓を繰り返しているアリフィアにとっては、詠唱をする時間は余りにも長すぎる。

 どの相手が、どんな魔術を使おうとしているのかは手に取るように把握できた。


「そこ! 次はそっちのあなた!」


 アリフィアの攻撃に距離や位置は関係なかった。

 詠唱を唱え始める者に向かって剣先が伸び、曲がり、視認出来ない速さで向かってくる。


「ぐわぁあぁ~!」

「うぎゃあぁあ!」


 悲鳴と呻き声の数だけが増えていき、訓練所は最初にアリフィアが宣言した通りの光景になっていた。


「だから私にはローラさんみたいに優しい攻撃はできないって言ったのに……もう終わりでいいわよね?」


 攻撃を仕掛けてくる者が居なくなったのを確認したアリフィアは、剣を小枝へと戻し、その場に放り投げた。

 

「何をやってるんだ、騒がしい」


 見ると養成所の教官と思われる男性がミーリャの隣に立っている。

 教官は辺り一面に広がる無様な醜態の理由を聞いてきた。

 人族と戦うために選りすぐりの魔族を集め、自らが手塩にかけ教育を施してきた者が負ける事など考えられない。

 ましてや真面(まとも)な戦いにすらならなかった等あってはならない。


「なぁ、俺がお前らに今まで教えてきたのは全部意味のない無駄な事だって言いたいのか?」


 その一言にミーリャを始め、傷を負って倒れている者にまで緊張が走る。

 教官を恐れ、彼の発する一言一句に怯えるその姿は、イリーナの目には異様に映った。


「なぁリュドミーラ」

「は、はい……」

 

 ミーリャは恐怖心に駆られ教官の目を見ることさえ出来ない。

 いったい何をこれほど怯えているのか。

 集めた子供を恐怖で洗脳し、魔族にとって都合の良い戦士に変えているのは養成所の大人達なのだろうか。

 いや、ここの教官でさえ都合の良い駒として利用しているもっと上の存在があるはずだ。

 

「お前はここでの成績が良かったから、俺が特別に指導してやってたのに」

「は、はい……」

「なのにこれはどう言う事なんだ?」

「そ、それは……」

「まぁいい、俺の教育方針が間違ってないって証明する為に、魔王の生まれ変わりとか言われてるあの女を必ず倒せ」


 事の真相に迫るには、まず養成所に居る全ての魔族を掌握しなければならない。

 イリーナは教官でさえも逆らえない程の立場を得る為に、持つ力の全てを開放すると心に誓った。

 


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