第四十三話 医者ならではの戦い方
騒ぎを聞きつけた者が集まり始め、いつの間にかイリーナ達は群衆に囲まれる形になっていた。
「噂は聞いてるぜ、あんたが魔王様の生まれ変わりなんだって?」
「別に私が自分で噂を流してる訳じゃないから、貴方が何を聞いたかなんて知らないわ」
「はっ! 生意気な奴だな!」
魔王の存在を認めさせ、中央都市の思想に捕らわれた心を折る為には弱気な所は見せられない。
イリーナは敢えて軽くあしらうように煽ってみせた。
取り囲んだ群衆の反応はまだまだ疑いを持つ者の方が多いのだろう、ミーリャを嗾ける野次が響き渡る。
「はははっ、舐められてるぞリュドミーラ!」
「新入りはちゃんと躾けなきゃな!」
辺りは我先にと挑み掛かってきそうな荒くれ者で溢れかえっている。
強さこそが全てだと言いたげな眼光が幾つもイリーナ達に向けられていた。
「ここじゃ思う存分暴れらんねぇからな、こっちに来な」
ミーリャを先頭に歩いていくと訓練所らしき場所へと到着した。
そこはイリーナの街にあった教会が四つは建てられるであろう広大な土地であった。
「イリーナちゃん……本当にミーリャと戦うのぉ?」
「もちろんですよ、ここに居る全員に私達の実力を見せてあげましょ」
「わ、私達って、私も数に入ってるんだぁ……」
後ろを歩くイリーナ達の会話が耳に入り、ミーリャからは呆れと怒りの入り混じった声が漏れ出た。
「あんた本気でローラを戦わせるつもりなのか?」
「何か問題でもある? まあローラさんの相手が出来る強者がこの養成所に居るとは思えないけど~」
「おいローラ! お前もいいんだな!」
「ふ、ふえぇぇええぇ~……」
ローラは怯えた目でイリーナとミーリャの両者を交互に見ている。
そんな様子を見ていたミーリャが一つの提案をする。
「私がローラの相手をしたら一瞬で灰になっちまうからな、まずはこいつで実力を見てやるよ」
傍に居た者の一人がミーリャに肩を叩かれ前に出た。
全身を蛇や蜥蜴のような鱗に覆われた長身の男がローラを睨みつける。
敵の出方を見る為に選ばれたと言うことは、防御の魔術に自信があるのだろうか?
「ローラさんって武器は扱えないし、魔術だって、その……火や水は生活に使えるくらいで攻撃力はないでしょ? なのに本当に大丈夫なの?」
アリフィアの心配を他所に、イリーナはローラの耳元で何やら呟いていた。
「本当にそれで?」
「大丈夫だって、私を信じて」
「う、うん……」
ローラが数歩前に出て長身の男と対峙した。
魔王様の生まれ変わりと噂される少女。
その仲間と思われる者がどんな戦いを繰り広げるのか、恐らく誰もが想像しえない壮絶な戦いになるだろうと予想した。
「血中にある……を結晶化させ……」
誰にも意味が分からぬローラの言葉を警戒し間合いを見計らっているのか、戦いは一向に始まる気配が感じられなかった。
「う……うう……」
すると突然相手の男がその場に立ち尽くしたまま呻き声を上げ始めた。
「さ、触るな痛てぇ!」
何があったのかと心配する仲間の手を振り払い、体に触れられる事を拒絶する男。
見るとその場から微動だにしない男の足や膝が異様に腫れている。
「どうやらこいつは怪我をしてたらしいな、悪いが対戦相手を変えてもいいか?」
「別に誰が相手でも構わないわよ、どうせローラさんには勝てっこないんだから」
次に対峙したのはローラの倍の身長はあろうかと思われる鬼のような形相の男だった。
魔術に絶対的な自信があるのか、もしくは相手を嘗め切っているのか、その男は電気属性の魔術でローラの意識を刈り取ると豪語してきた。
「情けない奴だな、普段から鍛錬を怠ってるから肝心な時に動けなくなるんだよ、まぁ俺様が替わりに相手しといてやるから安心しな」
そんなセリフを吐きながら男は強大な鉄棒を軽々と振り回し、地面へ深々と突き刺した。
まさかこの鉄心に雷でも落とすつもりなのか? 見ている者は一様に警戒の態勢をとる。
「頸動脈……血流を……」
しかしいくら待っても何も起こらず時間だけが過ぎていく。
痺れを切らしたミーリャが男に近づき声を掛ける。
「何してんだ! ローラ如きにそこまで警戒してどうするんだよ!」
だが男は意識を失っているらしく返事をする事無くその場に倒れこんだ。
何一つ原因が理解できない状況に見ている者が騒めき立つ。
何か目で見える攻撃された訳でもなく、魔術で目立つ外傷が生じた訳でもない。
ただ体調不良の者が偶然続いただけ……そう判断するしか出来ない状況に対戦者が次々と名乗りを上げてくる。
「次はアタイの番よ」
「いいや、儂が相手をしよう」
しかし結果は全て同じだった。
ローラと試合を始めようとした途端、対峙した者は戦闘不能に陥っていく。
膝や肘は曲げられなくなり……痛みで足を地に着く事さえ困難になり……。
意識を失い……呼吸が出来なくなり……。
何度も繰り返し起きる原因不明の現象。
戦って実力を見るどころか戦いを始めることすら出来ない現状に業を煮やし、ミーリャはローラを睨みつけながら問いただした。
「ローラ……これはお前がやってるのか?」
「う……うん」
信じられないような表情のミーリャを余所に、アリフィアはローラを抱きしめながら叫んだ。
「ローラさん凄い凄い」
「さすがローラさんね、私の思った通り医療の魔術は最強ですよ」
興奮冷めやらぬアリフィアに揺さぶられながら、ローラはイリーナの助言を思い出していた。
(お医者様として頑張ってきたローラさんには許されない考えかもしれませんけど、病気や怪我をして動けなかった者を医学の知識で治し医療の魔術を使って命を救ってきたと言う事は、その逆も……医療の魔術で病気や怪我を引き起こして動きを封じたり、相手の命を奪う事だって出来るんですよ)
この世界では敵の行動を征し、命を奪う魔術には強大な魔力が必要だと考えられている。
実際に自分に適性のない魔術や、魔力量の少ない状態で放たれる攻撃魔術は極端に威力が低くなる。
だからこそ自分にあった適性を見つけられ、尚且つ魔力量の多い魔族が優遇され養成所へ集められるのだが、イリーナはその考え方そのものが間違っていると話した。
例えば小さな空気の泡しか生み出せない微弱な魔力量しか有していなかったとしても、その泡を発生させる血管がある場所と、それによってどんな症状が起きるかを正確に理解し把握していれば、それはとても恐ろしい攻撃となる。
今回ローラが行った攻撃も、重度の痛風や関節鼠、膝に水が溜まる症状や脳の酸素欠乏などの病状を発症さたのだが、これは多くの病気や怪我を治療してきたローラの知識が無ければ不可能な攻撃魔術だと思える。
「本当に私の魔術が役に……」
もう誰にも力の無いお前は役立たずだと言われる事はない。
これで大好きなミーリャの傍に居ても足手まといだと文句は言われない。
自分が持っている力を認識したローラから笑顔が溢れる。
もうそこには幼馴染に否定され続け劣等感に苛まれている少女は居なかった。




