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第三十九話 魔王になる決意と覚悟

 木の杭に体を貫かれ、苦悶の表情のまま息絶えている物言わぬむくろ……。

 幾重もの傷を負った小さな体躯から、それは年端も行かない人族の少女なのだと推測できる。

 その余りにも凄惨で異様な光景にイリーナ達は言葉を無くしてしまった。

 戦士でない二人は多くの戦場を経験した訳ではない。

 しかし森に住む獣や人族との戦いを通じ多くの遺体を目にし、血生臭い場面にも何度となく出くわしている。

 当然、命を奪うと言う事がどんな事なのかも理解していた。

 だがこの場の空気は何かが違う。

 人の憎悪や狂気が色濃く渦巻き、それが可視化されているような気さえする。

 一体誰が、何の為に?

 いや、脳が真相に辿り着く事を無意識に拒否しているだけで、答えは初めから分かっている。

 やったのは魔族……。

 そして目的は……ただの愉悦だ……。

 遺体の腐敗が殆ど進んではいない事から、おそらくここ数日の内に引き起こされた所業だと考えられる。

 だとすると、まだ近くに魔族の兵士が隠れてこちらをうかがっているのではないか?

 もしくは殺害された少女の仇を取る為に人族が復讐の機会を狙っているかも……。

 どちらにせよ出会った瞬間に話し合いなどが出来る余地もなく、戦闘になるのは避けられない気がする。

 イリーナは辺りに怪しい人影がないか目を凝らした。


「アリフィア……あそこの木の側にある影が何か分かる?」


 今居る場所から辛うじて見える距離にある、風景に溶け込めないでいる異質な違和感。

 正体を確かめる為に歩を進めるとその違和感はハッキリと姿を現し、二人の視覚に焼き付いてきた。


「ここにも……」


 異様な出来事は二人から時間の感覚を奪ったが、闇は着実に世界を飲み込み、生ける者の視野を塞ごうとしてくる。

 

「イリーナちゃん……この先は二人だけで進んじゃ駄目な気がする……」

「うん、もうすぐ暗くなっちゃうし一度司祭様の所に戻って相談しましょ」


 馬車へと戻ったイリーナが氷の結界を解くと、中からアウラが慌てて飛び出してきた。


「二人とも何を考えてるんですか! どんな危険が潜んでるか分からないのに!」

 

 迂闊な行動をする危うさを諭そうとしたラウラだったが、少し肩を落としている二人の様子が気になった。


「外で何かあったんですか? 少し顔色が悪いですけど」

「実は……」


 イリーナ達は先程見てきた光景を丁寧に説明した。

 そう遠くない過去に残虐な行為が繰り返された場所が近くにある事。

 その行為には大義名分や信念は勿論のこと、身勝手な正義といった偽善さえも感じられない事などを……。

 本来なら危険だと感じられる場所からは少しでも早く離れた方が良いのかもしれないが、伏兵の可能性も捨てきれない闇を移動するのは良策とは言い難い。

 イリーナは先ほどより大きい結界を張り皆の安全を確保した。


 程なく野営の準備は整ったが、アリフィアの様子が少しおかしかった。

 食事に手を付けようともしない事を心配したローラが話しかける。


「アリフィアちゃんどうしたのぉ? どこか痛いのかしらぁ?」

「え? そうじゃなくて」


 アリフィアは件の少女の事が忘れられなかったのかもしれない……目が合ってしまった、苦悩と屈辱に光を奪われた闇色の瞳の事を……。

 ふいにローラはアリフィアを引き寄せ。自らの膝に頭を乗せるように求めた。


「ま、まさか私にもキ、キ、キスをするんじゃないでしょうね! 駄目ですよ! 私の最初はイリーナちゃんって決めてるんですから」

「!!!!」


 突然の発言にイリーナは口に含んでいた夕食を盛大に噴き出してしまう。

 ローラはそんなやり取りなどは軽く受け流し、静かに歌を口ずさみ始めた 

 耳に流れてくるその声は聴く者の気持ちを和らげ、流れている時間さえも緩やかになっていると錯覚させるほど心地良い。

 それは医学や心理学に詳しいローラだからこそ扱える癒しの魔術なのかもしれない。

 優しい空気の漂う中、静かに夜は更けていった。


 翌朝は日が昇ると同時に移動する事になった。

 イリーナの案内で遺体のあった場所までやってきたラウラが驚嘆の声を上げる。


「これはむごいですね……」


 本来は魔族にとって人族とは憎むべき敵である。

 対象が身内ではなく敵であった場合、それがどれほど理不尽な事柄であったとしても深追いはしない……それが正解の一つかもしれないが、人族と魔族の両方を経験しているイリーナはそう簡単には割り切れない。

 危険には冷静に対処する事を条件に人族の集落を調べることを提案する。


「絶対にみんなの安全は守りますから、だから魔族のこの行為に何の意味があったのか知りたいんです」

「仕方ありませんね、でも絶対に無理はしないように、いいですか」


 一行は辺りを警戒しつつ集落への道を進んだ。

 イリーナ達が見つけた二つ目の遺体から更に奥、ギリギリ見える位置には昨日と同じ違和感が漂っていた。

 歩みを進めるとそこには今までと同じ状態の遺体が野ざらしにされている。


「人族の……それも女の子ばかりですね」


 ラウラの指摘にもあるように、道端には少女の遺体ばかりが打ち付けられている。

 それは本当に集落への道標にするのが目的なのかと思わせるほどに何体も何体も……。

 ようやく集落の入口へと辿り着いたイリーナ達に更に強い血の匂いが襲ってくる。

 狂気と混ざりむせ返るような空気が、そこに生者が存在しない事を暗示させた。


「イリーナちゃん……誰も居ないみたいね」

「うん……隠れてるって気配もなさそうだし」


 軽く見渡す限り、それほど大きな集落ではなさそうだ。

 おそらく二百人程度の規模なのだろう。

 家の中を覗き込むと何体もの遺体が放置されたままになっている。

 戦闘に巻き込まれて切り殺されたのではなく、明らかにいたぶられ、辱められた痕の残る遺体が……。


 その後はどの家を見ても同じ状態だったが、ふと気になる事が一つ浮かび上がった。

 遺体の中に若い男性の姿がほとんど見当たらないのだ。

 その殆どが女性と子供、そして高齢者……そう、圧倒的な弱者ばかりが殺戮の対象となっていた。

 それはこの集落が戦場ではなく、略奪の為にだけ荒らされた証だと思われる。


「ラウラ先生、これはどうしてなんでしょう?」


 イリーナの質問にラウラは仮説である事を前提に自分の考えを話し始めた。

 魔族の村と同じように、人族の村も若い男性は戦闘力として戦場に召集されているのではないか。

 実際にローラの村では戦闘力のある者は中央都市へと集められ、男性の多くが出払っている状態となっていた。

 そこを襲った人族の兵士……レオニードに邪魔をされるまでは別の村が目的だったようだが、そもそも村を襲撃する目的が魔族への復讐だとしたら……。

 この集落の惨状を目にした人族が、自分の家族がされたようにただ魔族の弱者をいたぶり、殺害する事だけを目的としていたのだったら……。


「でも、その理由だとこの集落を襲った魔族の目的も、先に人族が別の所で殺戮を繰り返したから復讐しに来たんだって……そう考えられますよね?」

「ええ、もうどちらが先とかなどは問題ではなく、とにかく敵は殲滅すべき、敵には何をしても許される、自分たちこそが正しいって……負の連鎖が続きすぎてそんな思考になってるのかもしれません」

「でも、それが弱者を選んでいたぶる理由にはならないですよ」

「それは……敵をいたぶる免罪符を得てると信じている者が、自分は傷付かずに確実に殺戮を楽しむ為にはどうすればいいか……そんな卑劣な考えで弱者のみを選んだんだと思います」

 

 被害者になる覚悟など全くなく、自分はいつでも加害側に居られるのだと思い込んでる卑怯者は人族、魔族関係なくどこにでも存在する。

 ローラの村が襲われた時もイリーナ達が居なかったら……その時はこの集落と同じ凌辱を受け全てが無に帰していたかもしれない。

 だからこそ人族の兵士は絶対に許す事は出来なかったし、討伐した事も正しい判断だったと思っている。

 その怒りはこの集落を襲った魔族に対しても同様だ。

 もしもイリーナがこの惨劇が行われた時間軸に居合わせたとしたら、その時は迷わず魔族に対して力を行使していただろう。

 そこに同族の観念はない……むしろ同族である事が嫌悪の対象となっていたかもしれない。


『人族であろうが魔族であろうが、子供の命を奪う行為は正義じゃない!』

 レオニードの言葉がイリーナの頭の中で何度も繰り返される。

 きっと彼はこのような惨状を幾度となく目にしたに違いない。

 その都度怒りと絶望に心を打ち砕かれ、魔族からも人族からも追われる道を選んだのだろう。


(自分の力に怯え出来る事から逃げ出すなんて、私には覚悟が足りなかった……)


 イリーナは言いようのない腹立たしさに襲われ、司祭様の元へと詰め寄った。


 「司祭様! これが教会で教えてる魔王様の考えなんですか! 魔王様は奪われた土地を取り戻す為に魔術の使い方を教えて下さったんですよね? 平和を取り戻す為にみんなを導いて下さったんですよね? なのに戦闘以外にもその力を使っていいんだって……戦う力のない人族の女性や子供を虐殺するのに力を使って楽しめって、そんな事を仰ったんですか!」

「いいえ、魔王様は決してそのような事は仰いません」

「だったらどうして!」


 魔族も人族も、最初は失った物を元に戻す事だけを考えていたのかもしれない。

 お互いの存在も知らず、平和に暮らしていた『元居た世界』に戻る事だけを願って……。


 それが長い時間の経過と共に現れた愚者によって変化してしまったのではないだろうか。

 戦いによって『利』を得た愚者は『地位』を築き。

 『権力』と言う名の甘美で膨大な力を作り出し。

 その甘露を失う事を恐れるが故に、神や魔王と言った存在を利用し、教えを捏造し。

 自らは安全な場所に身を置きつつ、手駒を利用する方法を編み出し。

 そして自らに不満が集まらぬよう、敵の殺戮を正当化させ手駒に広めたのだろう。


 もしそうなら真の敵はお互いの兵士ではなく、彼らの遥か上に立つ存在と言う事になる。

 誰にも悟られずひそかに手駒を洗脳し利用する『権力者』と言う名の敵……。

 ならばレオニードの戦いは余りにも無謀とは言えないか?

 どれほど強大な力があろうと、個人と言う存在で挑むには相手が大きすぎる。

 最低でも相手と同じ大きさの存在にならなければ戦いにすらならない。


(私はレオニードの為に何が出来るのかしら)


 人族も魔族も関係なく弱者を守り、レオニードを裏切り者ではなく守護者だと認識させ。

 権力者と言う強大な敵と対等に対峙出来る存在。

 ……。

 ……。

 悩んだ末に導き出したイリーナの答えは一つであった。


(私が魔王様の生まれ変りだって、そう世界中の魔族と人族に認めてもらえばいいのよ……)

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