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第三十三話 同じ理想を共有する者

 相手に信じてもらいたい……その一心で自分が転移者である事まで隠さずに話すレオニードに、いつしかイリーナの警戒心は薄らいでいた。

 それは激しい戦いを繰り返してきた種族の常識から言えば到底考えられる事ではなく、周りの者からは軽率な思考だと揶揄されてしまうかもしれないが、地球と言った別世界の記憶を共有出来る事……それは殊の外イリーナの考え方に大きな影響力があったようだ。

 例えば言葉の通じない外国に暮らしていた場合、偶然街で出会った人が同じ国の出身者であり、同じ言葉を話す人だった……たったそれだけの事でも親近感を覚え、警戒心を緩めてしまうのではないだろうか。

 ましてや異世界に転生し、前世の話が通じる相手と出会う事など考えもしなかったイリーナならば、無意識のうちに相手を信用してしまうのも仕方のない事だと言えよう。


「いつもお世話になってる先生から聞いた話だけど、数年前に人族の世界に他の兵士とは違う力を持った者が現れたって言うのはあなたの事だったのね……」

「そんな噂が魔族の間では流れているのか?」

「ええ……人族の男性と女性の二人だけで多くの魔族を退けてきたって……男性の方は魔王様の力に匹敵する程の剣術を使い、女性の方は魔族をも凌駕する文字の魔術を使えるって、そう聞いたわ……でも、その時はまさか別の世界から来た転移者たとは思わなかったけど、それが理由なら強い力を持っているのも納得できるわ」

「俺だけじゃなくエリカの事まで噂になってるとはな……」


 勿論レオニードは信じてもらう為に真実を話していたのだが、ほんの僅かな疑問も抱かず、敵の言葉を素直に受け入れてしまうイリーナの反応に少し拍子抜けしてしまったようだ。


「それにしても、やけに呆気なく信じてくれたみたいだけど、俺が別の世界から来たって言う話に何も疑問を感じないのか?」

「疑問? 私に信じてもらいたいから全てを正直に話してくれたんじゃなかったの? それとも疑って『馬鹿にしないで!』とか言いながら罵った方がよかった?」

「いや、そう言う訳じゃないんだが……」


 信じる信じないに関わらず、イリーナがただ適当に相手の話に合わせて相槌を打つような存在ならば、これ以上の会話は無駄になってしまう。

 自分の言葉を否定しないからこそ、その反応を不審に思ってしまう……

 一見矛盾しているようだが、レオニードはこの先も会話を続けたいからこそ、イリーナの本心を知りたいと思い質問をしてきた。


「だったら一つだけ聞かせてもらえないか? 別の世界の存在は魔族も人族も伝承として聞かされているから否定はしないと思う……でもそれは宗教的な意味での肯定であって、古文書に書かれている異世界なんて実際には誰一人として見た事はないし、異世界にあった物や文化の話なんて理解する事も出来ないと思うんだ……ましてや魔族なら人族の話なんか絶対に信じはしない……なのにキミはどうしてそんな簡単に受け入れられるんだ? 俺がキミの立場だったら、意味の分からない話をする人族の言葉なんて何一つ信じないと思うぞ」

「信じる理由? そんなのは簡単な話よ」


 険しい表情で問い詰めてくるレオニードに対し、イリーナは僅かに笑顔を浮かべながら答えた。


「あなたがさっき話した地球やテレビって言葉だけど、私にはその意味が全部分かるし、どんな物なのかも説明する事が出来るからよ」

「え?……」


 それはあまりにも意外過ぎた答えだった為、レオニードはどう返していいのか分からなくなり反応出来なかった。


「その表情だと私が言ってる意味が納得できていないようね……じゃあ、さっきあなたが言った言葉の説明をするわよ……地球って言うのは銀河系の中にある太陽系の三番目の惑星の事で、テレビって言うのは電波を受信して映像と音声を遠く離れた人に伝える機械の事」

「…………」

「他にも、あなたが話していない言葉を言えば信憑性が上がると思うけど……例えば離れた人とお話が出来るスマートフォンとか、空を飛ぶ乗り物の飛行機とか……」

「ま……まさか……」

「それと他にも地球の記憶が無かったら話せない事と言えば……そうだ! さっきの話に出てきた人族の女性の事だけど、その人族はあなたと同じ転移者なんでしょ?……それも文字の魔術が使えるって噂がある事から考えると、日本って国から転移してきたんじゃないかしら? 私の推理は間違ってる?」


 イリーナは更に地球の記憶が無ければ到底出来ないような内容の事柄を、いくつも続けて話し続けた。

 全ての話を聞き終えたレオニードにはある考えが浮かんだようだが、すぐに首を激しく横に振り、その考えを消し去るような仕草をとった。


「ここまで話してもまだ信じてくれないの?」

「いや、そうじゃない……俺の事を信じてくれたキミが嘘をつくとは思っていないし、それに今のエリカへの推理でそれは確信に変わったが……」

「じゃあ何が腑に落ちないって言うの?」

「確かにキミには地球の記憶があるようだけど……その……どう見てもその姿は魔族にしか見えないんだが……」


 その言葉を聞いたイリーナは大きく溜息を洩らし、自分が経験してきた事を語り始めた。


「確かに私は魔族よ……でもそれは私があなたのように時空の亀裂からやって来た転移者じゃなく、前世で……地球で命を落とし、この世界に生まれ変わった転生者だからよ」

「転生者? 人間から魔族に生まれ変わったと言うのか……」


 レオニードは事の真相を理解すると共に、イリーナに対して憐れむような視線を向けてきた。

 イリーナは人間としての記憶がある故に、その視線の意味がすぐに分かってしまった。


「一つ勘違いをしてるようだからハッキリ言っておくけど、私は魔族に生まれ変わって不幸だなんてこれっぽっちも思ってないわよ」

「でも、人間としての記憶をもったまま魔族に生まれ変わってしまい、ずっと慣れない環境の中を魔族として生きてきたんだろ? それは俺には想像も出来ないほど辛い……」


 イリーナは手をかざしてレオニードの言葉を遮った。


「あなたが考えてる事は分かるわよ、私だって地球で暮らしていた頃は、魔族と言えば小説や漫画の中に描かれてるような『悪の権化』ってイメージしかなかったもの……でもね、この世界で実際に生きてきたらそんな考えはすぐに間違いだって分かったわ……パパもママも……周りに居た魔族もみんな優しかったもの」

「そうか……」

「見た目は人族とは異なるかもしれないけど、家族を想う暖かさや、子供を愛する優しさは私が知ってる人間と何も変わらないわ」


 ここまでの経緯を話すと、イリーナの笑顔には少しだけ険しさが加わったように思えた。


「だからこそ私は家族を! 魔族のみんなを守る為に戦う力を身に着けたのよ!」


 イリーナの言葉に対し、レオニードの表情は少しだけ曇ってしまった。


「さっきの兵士達への攻撃の威力から考えると、キミは魔王と同じ手指の魔術が使えるんじゃないのか? その強大な力を人族との戦いに使うのか? 人族は全てが悪だと思っているのか? キミも魔族か人族のどちらかが絶滅するまでこの戦いは終わらないと考えているのか?」


 イリーナの反応は自分の予想とは違っていたのだろうか、残念だと言った感情を抑えるように、レオニードは相手の答えも待たずに幾多の質問を重ねてきた。


「私は人族の全員が悪人だなんて思っていないわ……」


 レオニードの問い掛けに対し、イリーナは目を伏せながら静かに首を横に振った。


「前世の私は耳に重い障碍を持っていたから、周りから酷い差別を受けて来たの……それでも人間の全てが差別で人を傷つけるような悪人だなんて思った事は一度も無いわよ……お父さんやお母さんの優しさも知ってるし、お友達の優しさも知ってるもの……だから先生から魔王様の伝承を聞かされても、この世界の人族も全員が悪人だなんて思いたくなかった……人族を信じたかった……でも……」

「でも?」


 人族と魔族の両方の記憶があるからこそ、イリーナの考えは魔族の中では特異なものであり、理解を得難いものだった。

 そんな想いがレオニードの存在により解かれたのだろうか、イリーナは堰を切ったかのように自分の考えを語り始めた。


「この世界では優しい人族の話なんて一度も聞いた事は無いし、もちろん会った事もないわ……だからあなたから子供を助けた理由を聞いた時は、あなたのような人族も居るんだって知って喜んだけど……でもあなたはこの世界の人族じゃなかった……あなたの考えはこの世界の人族には理解してもらえなかったから裏切り者と呼ばれる道を選んだんでしょ? だったらこの世界には魔族の味方になる人族は一人も居ないって事じゃない……」

「…………」

「魔族を傷つける人族は許せない……でも私が住んでいた街で中央都市の魔族が行った事も絶対に許せない……それでもやっぱり人族も魔族も信じたいって気持ちがあるのよ」


 話しているうちに気持ちが昂ってきたのか、イリーナの口調が次第に激しくなってきた。


「私は魔族も人族も信じたいの! でも同時に魔族の掲げる正義も人族が掲げる正義も信じられないのよ!」

「…………」

「魔族にも人族にも正しい部分と間違ってる部分がある筈なの! 間違ってる部分だけを取り除く事が出来たら、魔族も人族も関係なく子供達がみんな笑って生きていける平和な世界になる筈なのよ……なのに私にはその方法が分からないの……強大な力が使えたって何も出来ないのよ……」

 

 イリーナは話し終えると両目に涙を滲ませて項垂れてしまった。

 その様子を見たレオニードの口から信じられないような言葉が飛び出した。


「だったら……俺と一緒に旅をして、子供達の為に戦わないか?」


 想像さえしなかった言葉に、イリーナは暫く言葉の意味さえ理解できずに黙り込んでしまった。


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