第三十二話 人族と敵対する理由は
「さっきキミが言ってた通り、俺は何年も続いている魔族との戦いの中で、この剣を使い多くの命を奪ってきた……」
イリーナに対して他の魔族とは違う何かを感じたのであろうか、レオニードは転移者である事も含め、自分が経験してきた事の全てを話そうと考えていた。
当然の事だが、今までの人生の中で転移などと言った現実離れをした話を信じる者などは居なかった。
ただ一人、同じ世界の記憶を持つエリカを除いては……。
それ故に真実は嘘と捉えられ、イリーナとの間に決定的な溝を生み、敵対する結果となるかもしれないが、なぜかレオニードは嘘偽りのない事実を話す事こそが正しい選択肢なのだと感じ取っていた。
その後、レオニードは大きく二回深呼吸を繰り返してから静かに語り始めた。
「今から話す事は信じられないかもしれないが……俺はこの世界に生まれた人族ではなく、十二年前に地球と呼ばれる世界から来た転移者なんだ……。
十歳の時に裏山で迷ってしまい、洞窟の中で空間の亀裂のような物を発見したんだが、それが何か分からないまま迂闊に触れてしまったのがいけなかったんだろうな……強力な力で引き摺り込まれた俺は、気が付くと全く見覚えのない地下室に倒れて居たんだ……。
自分が何処に居るのか、どうしてここに居るのかも分からないまま聞き慣れない言葉を話す大人達に囲まれ、俺の心は恐怖の感情に支配されていた。
手を引かれ奇麗な部屋に連れて行かれたが、何をされるのかも分からず、これからどうなるのかも分からず、俺は何日も何日も不安で眠れない夜を過ごしたんだ……。
それでもいつか家に帰れるんだと……これは夢だからいつか必ず目が覚めるんだと自分に言い聞かせていたが、やがて全ては現実なんだと思い知らされてしまった……。
それからの俺は生き残る為にあらゆる努力をした……。
医学も発展していない世界では病気になる事は致命的だ。
当然の事だが予防接種や薬なんかは期待できない、自らを鍛え、抵抗力を培わなければならない……だから俺は幼い頃から父に教えられた剣術を磨き、全てに抗うための力を身に着けた。
テレビやラジオやネットも無い世界では、本以外に頼れるような情報は無い……だから必死に言葉を覚え、文字を覚え、この世界の成り立ちを知った。
…………。
そして地球では存在しなかった魔族の存在と、残酷な歴史を知らされたんだ……。
人族を殺害する魔族の悪行を……。
抵抗できない子供にまで襲い掛かる魔族の残忍さを……。
そんな話を聞いて俺は怒りで震えが止まらなかったよ。
だから俺は自ら兵士に志願して討伐に加わった!
泣き叫ぶ人族の子供を救う為に多くの魔族をこの剣で切り、殺害してきた!
魔王を倒したとされる伝説の勇者が蘇ったと称賛されたが、そんな事はどうでもよかった!
ただ、助けた子供が浮かべる笑顔を見るのが嬉しかった!
その為には自分が傷つく事も怖くはなかった!
自分の力で平和な世界が築けるんだと信じて疑わなかった!
多くの仲間たちも皆そう考えてるんだと思っていた!
…………。
…………。
だが、そうではなかった……。
ある境界線近くでの戦いを終え、残された魔族の女性や子供たちが暮らす村へ行った時に信じられない光景を見てしまったんだ……。
魔族の兵士は全滅した……だがら降伏を申し出るように、そう諭しに行ったのに……。
そこには人族の兵士に切り刻まれ、無残な姿となった魔族の子供や女性が数えきれないほど横たわっていたよ。
どの遺体にも抵抗した跡は見られなかった……。
無抵抗のまま残酷な方法で殺害されたのが想像できる程、酷い傷跡が無数に付いていた。
何が起きたのかすぐには理解できなかったが、不意に遠くから少女の悲鳴が聞こえてきた。
俺は慌てて悲鳴が聞こえる方向へ走って行くと、何人もの人族の兵士が魔族の少女に襲い掛かっている現場に出くわした。
それを見た俺は自分の目を疑ったよ。
俺はそれまで人族に戦いを挑む魔族だけを討伐してるつもりだった……。
戦闘力を持つ魔族だからこそ全力で戦い、倒してきた……。
そして残された子供や女性のような『戦う力の無い魔族』は無傷のまま別の地へ追いやっているのだと思っていた……なのにこの現状は何だ……。
俺が得た力は弱い人族を守る為のものだ!
残忍な攻撃から、自分を守る力のない子供や女性を守る為のものだ!
決して弱者をいたぶって楽しむ為の力じゃない!
俺は人族の兵士に向かって叫んだ……「どうして無抵抗な子供や女性にこんな事をするんだ」と……。
奴らは笑いながら答えたよ……『楽しいからに決まってるだろ!』って……。
それを聞いた俺は頭に血が上り、気が付くと目の前に居た兵士を切り殺していた……。
動かなくなった『かつて仲間と呼んでいた物』……。
その『物』に向けていた視線と同じ、『恐怖』と『侮蔑』の感情が込められた視線を俺に投げかけてくる魔族の少女……。
その時、俺の中の何かが崩れた気がしたんだ。
人族と魔族の戦いは、お互いが自分の掲げる正義を信じて戦っていた。
だけど、魔族の子供や女性を惨殺して笑っている人族の姿は到底『正義』だとは思えない。
俺はその後も村中を走り回った。
すると至る所で魔族の子供に笑いながら剣を向け、少女に襲い掛かっている兵士の姿が目に入ってくる……。
俺はその都度そいつらを切り殺していった!
もう自分が教えられ、信じていた正義が何なのか分からなくなっていたが、そんな事は関係なかった!
人族には人族の正義がある……。
魔族には魔族の正義がある……。
それはお互いに分かり合えず、譲れないものかもしれない……。
どちらが正しくて、どちらが間違っているのかなんて俺には分からない……。
だが、一つだけハッキリと言える事がある!
人族であろうが、魔族であろうが、子供の命を奪う行為は『正義』じゃない!
俺は国に帰って全てを報告した。
魔族に奪われた土地を取り戻すための戦いなら幾らでも力を捧げると誓った。
弱者をいたぶる行為を止めさせ、兵士に厳罰を与える事を求めた。
しかし俺の言葉は聞き入れてもらえなかったよ……。
この先もずっと、魔族より圧倒的に優位に立つには俺の力が必要だったんだろうな……。
人族の兵士を殺害した事への尋問や処罰がされる事はなく、代わりにこれからも魔族の討伐に協力し、兵士の行動には目を瞑るように話をしてきた。
もとより上層部の人間は、土地を奪われた人族の事など問題にしていなかったのかもしれない……。
俺は……。
俺の力はただ一部の人族が領地を増やし私腹を肥やす為に……戦う力の無い魔族からも土地を奪う為に……ただそれだけの為に利用されていたのかもしれない……。
毎日のように俺の所へやってきた奴は魔族を根絶やしにする事を『正義』だと名乗っていた……正義の為に戦えと……。
ならば俺の行動は正義ではないと言うのか?
魔族の子供を守った行為は正義ではなく悪だと言いたいのか?
だったら俺は『悪』でいい!
裏切り者の『悪』で構わない!
魔族も人族も、全ての子供を守る『悪の化身』になってやる!
そう決めた俺は仲間には何も言わず、所属していた部隊を抜けて境界線に近い村や街を回る事にした……。
魔族でも人族でも関係なく、子供の命を襲う奴らを次々と討伐していった……。
やがてどちらの種族からも敵として蔑まれるようになってしまったが、俺は後悔はしていない!
子供の未来を守り続ければ、きっと本当に平和な世界が作れるはずなんだ……。
魔族も人族も関係なく笑いあえる世界が……。
だからキミの友人を見た時に、驚くと同時に嬉しさが込み上げてきたんだよ……
俺以外の人族が魔族の子供を助けている……魔族のキミと一緒になって人族の兵士と戦っている……この世界にもそんな事が実現している場所があったんだって……。
そんな勘違いがキミの気分を害してしまったようだ、すまなかった」
すべてを話し終えたレオニードは静かに頭を下げた。
その素直な言動からは彼の誠意が伝わってくる。
レオニードの話は普通の魔族ならば信じる事が出来ない内容だったが、前世の記憶を持つイリーナには全てが理解できる事だった。
この世界の人族ではないレオニードならば、長い間続いている戦いの現状を変えられるのではないか……そんな想いさえ浮かんでくる。
暫く沈黙の時間が流れたが、イリーナは何かを決意したかのようにゆっくりと話し始めるのだった。




