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第二十九話  ローラに備わった能力

 人族の兵士が数百人単位で村に押し寄せている事に気付く村人は一人も居ない……。

 当然イリーナ達も例外ではなく、夜遅くまで三人で雑談を繰り返しながら楽しんでいた。


「もう夜も遅いしぃ、私はそろそろおいとまするわね~」

「あ、もうこんな時間になっちゃたのね……まだまだいっぱいローラさんとお話をしたかったのに」


 名残惜しいとはいえ、家族に報告もしないまま来てもらっているのだから、これ以上ローラを引き留める訳にはいかない。

 話の続きは後日と言う事で、二人はローラを見送る事に決めた。


 玄関の扉を開けると、そこには月明かりに照らされた静かな闇が広がっていた。

 一歩外に出たローラが、先程までのボンヤリとした雰囲気とは少し違った、険しい表情になったように思える。


「どうかしたんですか?」

「えっとね……少しだけ嫌な予感がするの……」

「嫌な予感……ですか?」


 イリーナは目を凝らして闇の奥を見つめてみたが、変わった様子は何も感じられない。

 それはアリフィアも同じだった。

 不思議そうにしている二人を見たローラは、慌てて厳しい表情を元に戻そうとしていた。


「ごめんなさいねぇ、私の勘違いだったかもぉ……」

「勘違いって……私達には分からない何かを感じたんじゃないんですか?」

「ううん……昔からよくあるのぉ……突然嫌な感じがしてぇ、怖くて体が震えが止まらなくて……」


 ローラの話では小さな頃から時々このような事があるらしい。

 何が起きるのか、どれ程の規模の事なのか、そんな具体的な事が分かる訳ではないが、自分や身近な者に対して不幸な事が起きると言った、漠然とした不安に襲われるのだと言う。

 しかし不安の全てが本当に起こる訳ではなく、むしろ何も起こらない事の方が多いらしい。

 その為にローラは友人達から『弱虫だから怯えているだけなのだ』……そう言って揶揄からかわれ、馬鹿にされていたようだ。


「でも本当に何かが起きた事もあったんですよね?」


 確かにローラ自身や身近な者に不幸が起きた事もあった。

 どこからか飛んできた石が当たり痛い思いをした……。

 橋桁が痛んでいて友人と一緒に川に落ちてしまった……。

 地震が起きて家が数件倒れてしまった……。

 被害の大きさにかなりの差はあるが、些細な出来事まで数に入れたとしても、十回に一回程度の割合でしか不幸は訪れないらしい。

 それ故に『偶然』や『こじつけ』と言った言葉で片付けられてしまい、揶揄いが止む事はなかった。


「でも一割も当たる予言って凄いですよ、それに今のお話だと、残りの九割もローラさんの予感があったから回避出来たんじゃないかって、そう思うんですけど」

「回避って?」

「何も起きなかったと思われてるだけで、本当は不幸な事が起きる可能性があったんじゃないかって……ローラさんが不安を感じて何かが起きる場所に行かなかったり、不幸を回避出来たからこそ何も起こらなかったんだって……そう思うんです」

「そんな事考えた事もなかった……」

 

 高い確率で当たる予知だからこそ回避も出来る……しかし回避してしまうと予知が外れた事になる……

 それを確かめる事は出来ないが、イリーナは確信に近いものを感じていた。


「だから今回の不安な感じも、絶対に何かが起きるんだと思いますよ」

「私の言う事を信じてくれるの?……」

「もちろんですよ」


 ローラが口にする不安は戯言だと思われていた為、周りの者は誰も聞いてはくれなかった。

 だがリュドミーラだけはいつもローラの言葉を真剣に聞き、不安を取り除くために努力をしてくれた。

 だからこそローラは彼女にだけ特別な想いがあったのかもしれない。


 しかし目の前に居る少女も自分の言葉を信じてくれている。

 その事実はローラの心から予知へのわだかまりを消していった。


「でもねイリーナちゃん、問題は何が起きるのか分からないって事よね?」

「うん、扉から外に出た時に嫌な感じがしたんだから、多分ローラさんが家に帰る途中で何かがあると思うんだけど」

「じゃあローラさんにはこのまま泊まってもらう?」


 アリフィアは三人で部屋に留まる事を提案したが、イリーナは別の案を出した。

 もちろん危険な事を回避するのは最優先なのだが、このまま何も起きなければローラの予知は誰にも認められないままである。

 イリーナは暫く考えたあと、自分だけが外に出て確認する事を二人に告げた。


「な、何を言ってるのよ! イリーナちゃんにだけ危険な役割を任せるのは嫌よ! 絶対に私も一緒に行くからね」

「でも、万が一部屋の中で何かが起きるんだとしたら、ローラさんを一人にしておくわけにはいかないでしょ? それに私なら多少の事は対処できるから心配しなくて大丈夫よ」


 イリーナ達が言い争っていると、ローラが別の案を示してきた。


「えっとぉ~、魔王様の生まれ変りって噂されるくらい……」


 ローラは途中まで言いかけたが、村長に禁止されていた事を思い出して口を塞いでしまった。

 そんなローラにイリーナは笑いながら答えてきた。


「それって私が魔王様の生まれ変わりかもしれないって噂ですよね?」

「う……うん……」

「私もアリフィアもどんな噂が流れてるかは理解してますから、気にしなくてもいいですよ」

「そうなのぉ?」


 その言葉に安心したのか、ローラは自分の考えを話しだした。


「二人は魔王様の生まれ変りだって噂されるくらい強いんだしぃ、私もおうちに帰らないと心配されちゃうから、三人でお外に出ればいいかなぁ~って」

 

 これほど簡単な答えを思いつかなかった事に呆れてしまい、イリーナ達は顔を見合わせて吹き出してしまった。


「考えてみたら部屋の中でも外でも、ローラさんはイリーナちゃんと私の傍に居るのが一番安全よね」

「灯台下暗しと言うか、コロンブスの卵と言うか……」

「なにそれ?」

「いいのいいの、独り言だから気にしないで……それより念の為アリフィアは警戒は怠らないようにしてよ」


 こうしてイリーナ達はローラを送り届ける為に夜の村へと歩みだした。


「ローラさん、まだ嫌な感じは続いてますか?」

「うん……それが、どんどん酷くなってるような気がするのぉ……」


 月に照らされてるとは言え、深い闇の中で何かを見つけるのは容易ではない。

 イリーナ達は何が起きても対処できるように身構えた。


「おい、魔族のガキだぜ!」

「構わねえからやっちまえ!」


 物影から声がしたかと思うと、突然二人の男がイリーナ達に切りかかってきた。

 アリフィアは咄嗟に砂鉄の剣を作り男が手に持っている武器を切り刻んだ。

 破片となった剣を見た男達は何をされたのか理解できず、少しだけ後方へと下がり三人を睨みつけている。


【大気に含まれる水よ、氷となり私達を守る壁となれ】


 イリーナが手指の魔術で結界を張る。

 絶対的な防御力を誇る氷壁の中で三人は改めて襲ってきた者の姿を注視した。


「イリーナちゃん……この男達って人族よね……」

「うん……でもどうしてこの村に人族の、しかも兵士が居るの」


 事態が飲み込めず戸惑っているイリーナを余所に、人族の男達は距離を詰めてくる。


「おい、よく見たら三人とも女じゃねぇか、どうせ殺しちまうんだからその前に楽しもうぜ」

「そうだな、年寄りや男共を殺すのは他の連中に任せて、俺達は楽しませてもらうとするか」


 人族の口からは嫌悪感しか感じられない言葉が吐かれる。

 アリフィアは今にも敵に飛び掛かりそうなほどの殺気をその身に纏っていく。

 しかしイリーナは人族のある言葉が気になっていた。


「他の連中? 村に侵入してる人族はこの二人だけじゃないの?」


 目の前に居る人族を倒しても事態は収束しない。

 イリーナは何をするべきかを必死に考えていた。

 

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