第二十八話 村に忍び寄る不審な影
「そ、それでお二人はその……キキキ、キスとかはその……」
「アリフィア! いきなりそんな核心に迫っちゃ駄目でしょ! ローラさんが警戒しないように、もっとこうジワジワとさりげなく話を進めていかないと」
ローラは答えはしなかったが、頬を真っ赤に染めて恥ずかしそうな表情を見せる。
その様子がアリフィアの質問に対する答えなのだと考えたのか、二人のテンションは更に上がってしまった。
「ん~? 二人ともお友達の事が聞きたいのぉ?」
「はいはいはい! 聞きたいです聞きたいです!」
イリーナ達は頭が取れて落ちてしまうのではないかと思えるほど、首を大きく縦に振って答えた。
「お友達の名前はリュドミーラ・トルシナって言ってぇ、小さいころからずっと一緒に遊んでた、私より一つ年上の子なのぉ」
「なるほどなるほど! それでそれで?」
「ミーリャは竜族なんだけどぉ、すご~く強くてぇ、すごくすご~く優しくてぇ」
「へぇ~、ミーリャって愛称で呼んでるんですね」
「うん、でねぇ、ドジでいつも失敗ばかりしてる私を庇って助けてくれてたのぉ」
「だから心惹かれちゃったんですね、分かります! その気持ちはよ~く分かりますよ!」
アリフィアは共感する所があるのか、激しく相槌を打っていた。
「うん、でもねぇ……ミーリャはもっと強くなりたいんだって、そう言って街に行っちゃったんだけどぉ、そこでの成績が優秀すぎたみたいなの……」
「中央都市に目を付けられてしまったんですね」
「うん……そのまま兵士の養成所に推薦されちゃって、もう何年も会えないままなのぉ……私にも養成所で学べるくらいの素質があれば、ずっとずっと傍にいられるのに……」
「ローラさん……」
「ミーリャに会いたいなぁ……」
瞳に涙を滲ませながら語るローラに対し、二人は何と声を掛ければいいのか困ってしまった。
「好きな者同士が何年も会えないなんて酷すぎるわよ……ねぇイリーナちゃん、私達に何か出来る事はないのかしら」
「う~ん……」
暫く考えたあと、イリーナがある提案を持ち掛けてきた。
「そうだ! ローラさんの治療の魔術をもっと強力なものにして、戦闘にも使えるようになればいいのよ、その魔術の凄さが養成所に認められれば、大好きなお友達の傍に居る事が出来るんじゃないかしら?」
「さすがイリーナちゃん! あったまいい~!」
「で、でもぉ……私は治癒の魔術以外は本当に僅かしか使えないし」
盛り上がっている二人とは対極的に、モジモジと自信の無い声で話すローラに対し、アリフィアが満面の笑みで答えてきた。
「大丈夫ですよ! 私なんて攻撃魔術はおろか、生活の魔術だって他のお友達と比べたら半分以下の威力でしか使えませんけど、自分が得意な剣術と組み合わせる事で、イリーナちゃんと一緒に養成所へ行けるくらい強くなれたんですから!」
「アリフィアの言う通りですよ、勘違いをしてる魔族は多いですけど、強い攻撃をするのに強い魔力なんて必要ないんです」
「それにイリーナちゃんは『戦闘の魔術を覚える』じゃなくて『治癒の魔術を戦闘に使う』って言ってますから、きっといい考えがあるんですよ」
強力な攻撃をするのに強い魔力は必要ない……。
矛盾しているような言葉にローラは不思議な表情をしていたが、イリーナは順を追って説明を始めた。
「ローラさんは体の構造について詳しい知識をもってるんですから、それを利用すればいいんですよ……例えば微弱な電気でも、脳のどの部分に刺激を与えれば動きが止まるかとか、小さな気泡や血栓でも、体のどの場所の血管に作れば効率よく脳梗塞や心筋梗塞を引き起こせるかとか……それはローラさんにしか出来ない凄い攻撃になりますよ」
体を治療する為の知識はそのまま『体を破壊する為の知識』にもなる……。
知識の量はそのまま『使える魔術の種類の量』になる……。
そんな事は今まで考えた事もなく、ローラは目から鱗が落ちる思いがした。
その後もイリーナは色々と思いつく限りの事を伝えようとしていたが、肝心の話題が一向に進まない事にアリフィアは業を煮やしていた。
「魔術のお話は一旦おしま~い! それよりも、ローラさんがそこまでの想いを寄せるリュドミーラさんのお話が聞きた~い! それだけ好きな相手なんだからやっぱり格好いいんでしょうね」
「うん、凄く凄く凛々しい竜族なのぉ」
「うわ~! ハッキリと言い切れるなんて素敵~!」
アリフィアは普段では考えられないほど異常な盛り上がりを見せていた。
「ミーリャはねぇ、色々な魔術が使えるんだけどぉ、中でも特に火の攻撃魔術が得意でぇ」
「ふむふむ、それでそれで」
「腰まである真っ赤な髪は触れるとサラサラと心地よくてぇ、私はいつもミーリャに寄り添って髪に触れていたのぉ」
「羨ましい~!」
「それでねぇ、後ろにまっすぐ伸びた二本の角とルビーみたいな瞳が格好いいのぉ」
「なるほどなるほど」
「あとはぁ、風にたなびく長めの赤いスカートが凄く似合うのぉ」
「え? スカート? スカーフじゃなくて?」
「うん、スカート」
「え? ええ!」
ローラの言葉から友人の姿を思い描いていたのだが、突然思いもしなかった方向へと話が進み、アリフィアは思わず声が裏返ってしまった。
「その……失礼な質問かもしれませんけど、もしかしてリュドミーラさんって女装が趣味なんですか?」
アリフィアの質問が余りにも予想外だったのか、ローラは笑いながら答えてきた。
「うふふ、やぁねぇ、ミーリャは女の子よぉ」
「!!」
キス云々の話から相手は男性だとばかり思い込んでいた二人は、声にならない声をあげていた。
「なんだ……じゃあ恋人とか、そんな関係じゃなかったんですね、ざ~んねん」
イリーナは恋バナではなかった事に拍子抜けしているようだったが、それとは対照的にアリフィアの興奮度は更に上がっていった。
「何を言ってるのよイリーナちゃん、女の子同士だって恋人に……ううん、女の子同士だからいいんじゃない!」
「ア、アリフィア? 言ってる意味が分かんないんだけど」
「どうして? 何が分からないの? 好きになるのに相手の性別なんか関係ないのよ! 好きになっちゃた相手がたまたま女の子だっただけだもの! むしろ女の子だった事に感謝したいくらいだわ!」
鼻息を荒くして詰め寄ってくるアリフィアに、イリーナは強烈なデコピン攻撃をした。
「いった~~い!」
「いま魂が異次元に行ってたみたいだけど大丈夫? ちゃんと戻ってきた?」
「なによそれ……」
アリフィアは赤く腫れた額を撫でながら頬を膨らませていたが、そんな様子をローラは優しい笑顔で見つめていた。
「二人は本当に仲良しさんなのねぇ、羨ましいわぁ」
「ローラさんだってすぐにリュドミーラさんに会えますよ、だから魔術の強化を頑張りましょう」
その後は時々恋バナなどの雑談へと話は脱線しつつ、治癒の魔術に対する知識の交換をしながら平和な時間が過ぎて行った。
…………。
…………。
しかしイリーナ達が楽しく談話をしている頃、村から少し離れた森の中では不穏な会話をする集団が息を潜めていた。
「くそ……あの裏切り者め……」
「もう少しで魔族の街を一つ潰せたのに、レオニードの野郎……」
「敵に回すとあれほど厄介な奴もいないな……」
そこには人族の兵士が数百人集まっていた。
兵士はみな疲れ果てている様子で腰を下ろしている。
「しかし何であんな辺鄙な街にあいつが居たんだ?」
「色んな部隊の仲間から聞いたんだか、レオニードの奴は二年前に急に消えたかと思ったら、あちこちに現れては魔族の見方をしてるって言うぜ」
どうやらレオニードはエリカ達と別行動をとり、魔族を助け、裏切り者として扱われているようだ。
「どうする? このままじゃ国には帰れないぞ……どんなお咎めを受けるか」
「そんな事は分かってる! しかしレオニードのせいで兵士の数も半分以下に減ってしまったからな……」
数日前、この人族の兵士たちは別の場所にある魔族の街を襲撃していたらしい。
そこは戦闘魔術を使える魔族の居ない平和な街だった。
その為に人族は千人規模の軍隊で十分だと考えたのであろう。
圧倒的な戦力で楽勝できると思っていた人族は、突然現れたレオニードに返り討ちにあう事となる。
なぜここにレオニードが居るのか……。
なぜ魔族の味方をして人族を攻撃してくるのか……。
兵士たちは理解する間もなく次々と数を減らしていく。
かつて勇者とまで称えられた存在である彼に対抗できる人族など居る筈もなく、兵士の半分を失った時にようやく逃げる以外の方法がない事に気付くが、時すでに遅し……逃走しても尚その数が減るのを止められなかった。
「ここまで逃げれば奴も追いかけて来ないだろ」
「いや、油断はできんぞ」
「だいたい逃げ切ったところでどうする……何の収穫もなく、無駄に兵士の数だけを減らした事が国王に知られたら、下手をすると極刑かもしれないぞ」
兵士は罰を免れるために必死に考えていた。
「だったらこの人数で落とせる集落を探せばいいいんじゃないのか?」
「そ、そうだよ、小さな村でもいいから魔族から土地を奪えば、少しは罰が軽くなるかもしれないぞ」
一人の兵士の発言は皆の賛同を得、反対する者は皆無だった。
己の保身だけを考える兵士は狂気に駆られたまま、イリーナ達の居る村へと近づいて行った。




