第二十七話 医療魔術が得意な少女
「すっご~い! 何これ!」
夕食の時間が訪れ、テーブルの上を見たアリフィアは驚きの声をあげる。
そこには普段の生活ではお目にかかれないようなご馳走が所狭しと並べられていた。
村人達は皆、村長にきつく言われている為に手指の魔術について質問する事は控えていたが、イリーナの事を魔王の生まれ変わりだと信じ、崇める気持ちは抑える事は出来ない。
その結果、教会の大広間や中庭には大勢の村人が集まり、盛大な宴となってしまったようだ。
「あ! 見てアリフィア、ザガートカがいっぱいある!」
「イリーナちゃんて本当にザガートカが好きよね、そんなに夢中になる味とは思えないんだけど」
「そう言えばアリフィアは昔から苦手だっけ? あの味が分かんないなんてお子ちゃまよね~、人生の半分くらいは損してるわよ」
「べ、別に食べられないとは言ってないでしょ、私はイリーナちゃんみたいに卑しんぼじゃないから、ガツガツ食べないだけだもん」
二人が言い争っている所へ呆れた表情のラウラがやってきた。
「はいはい、大勢の子供たちの前で喧嘩をしてるとみっともないですよ」
「だってイリーナちゃんが…………」
ラウラに窘められ二人は周りを見渡す。
すると思っていた以上に子供たちの注目を浴びており、急に恥ずかしさが込み上げてきた。
「え、えっと、好き嫌いはあって当たり前よねアリフィア」
「そそ、そうよね、そんな事で言い争うなんて恥ずかしい事だと思うわ」
「私たちは別に喧嘩をしてる訳じゃないから、注目しなくていいのよ~」
「うんうん、みんな楽しくお食事を始めましょ」
イリーナ達はぎこちない動きのまま席に着く。
暫くするとアリフィアが小さな声で話しかけてきた。
「ねぇイリーナちゃん、何となく注目されてるような気がするんだけど、浴室に居た子供達と同じように、村中に私達が獣や使者をやっつけた事が伝わってるんじゃないかしら?」
「うん……さっきは小さな子供達だから誤魔化せたけど、大人から『あなたは魔王様の生まれ変わりですよね』なんて聞かれたら、何て答えればいいのよ……」
二人は見つめ合ったまま大きな溜め息を漏らす。
しかし村人から文字の魔術や手指の魔術などの話題が出る事は一度もなかった。
村長からの伝言もあったが、それ以上に村人全員がイリーナ達の機嫌を損ねてはいけないと考えていたのであろう、その後も魔術に関しては一切触れられる事なく、楽しく食事をする事ができた。
「う~ん、おなかいっぱ~い」
「いくらなんでも食べすぎよイリーナちゃん」
イリーナの前にはザガートカを食べた皿が何枚も重ねられていた。
宴も終盤に差し掛かると、多くの村人が会場のあちこちで酔いつぶれている姿が目立ってくる。
中にはかなりの量の酒を飲み泥酔している者も居た。
イリーナがその中の一人に目を移すと、寝ている男性に寄り添うようにしゃがみ込んでいる少女が視界に入った。
白くてフワフワの髪に覆われた頭からは、大きく円を描いた羊のような二本の角が見える。
全身を包む清潔感溢れる純白の衣装から、少女は看護師なのだろうと想像できた。
イリーナよりも少し年上だと思われる少女は次々と酔いつぶれている者に寄り添っては、何やら回復魔術を使っている様子だった。
この村に来てから小さな子供は大勢見ていたが、自分たちと同じ年齢の村人を初めて見たイリーナは、少女の元へと駆け寄り声を掛けてみた。
「はじめまして、何をやってるんですか?」
声を掛けられた少女はボンヤリとした眼差しをイリーナに向け、ゆっくりと甘えるような声で答えてきた。
「私ですかぁ? 気持ちが悪そうな人が居たからアルコールを分解してあげてたのぉ」
その声の幼さや話し方は見た目の雰囲気と合っており、イリーナは心の中で思わず『羊さん可愛い!』と叫んでしまった。
「アルコール分解って、肝臓の働きを助けて酩酊状態を軽減させてるんですね」
「あれぇ? そんな事が分かるなんて……そっかぁ~、あなたが噂のまおう……」
少女は何かを言いかけたが直ぐに口を噤んでしまった。
たぶん言いかけた噂とは、魔王の生まれ変わり云々と言った事なのだろう。
イリーナがどう答えようか考えていると、少女は何かを思い出したかのような表情になった。
「あ~っ……これって言っちゃ駄目なんだったわね……えへへ、うっかりしてましたぁ」
舌をペロっと出しながら話す様子を見て、イリーナは更に『ドジっ子の羊さん可愛い~!』と心の中で突っ込みを入れずには居られなかった。
「なんとなく周りの人達の態度が余所余所しいとは思ってましたけど、そんな決まり事があったからなんですね……って、それよりも自己紹介がまだでしたね、もう知ってるかもしれませんけど、私はイリーナ・カレリナで、隣に居るのがアリフィア・クラスノヴァです……まぁ、何と言うか……噂の二人です、宜しくお願いします」
お道化るような笑顔で話すイリーナに、少女は思わず笑い声をあげてしまった。
「うふふっ、私はエレオノーラ・ヤーシナですぅ……ローラって呼んでね」
「分かりました、ところでローラさんは治癒の魔術が使えるんですね」
「うん、そうよぉ」
「凄いです! 怪我みたいに目に見える傷の治療をする魔術は見た事がありますけど、アルコールを分解する魔術なんて初めて見ました」
イリーナは前世で読んだ本などから、体内でアルコールを分解すると言った知識は持っていた。
しかしこの世界で同じような知識を持ち、その過程を正確に思い描ける者に出会ったのは初めてであり、少し興奮しているようだ。
「でもぉ、私は治癒の魔術しか使えないしぃ」
「何を言ってるんですか アルコールを無毒化出来るだけで十分凄いですよ!」
なぜか自分の実力を低く評価しているローラに対し、イリーナは思わず大きな声を出してしまった。
「でもでもぉ、大きな街に行ったお友達はみ~んなすっごい魔術が使えるようになってるしぃ、私はこれしか出来ないからお父さんの傍でお医者様の真似事をしてるだけだからぁ……」
体の構造を理解し、正確な医学知識があるからこそ使える治癒の魔術……なのに気が弱い性格のせいなのであろうか、自分が使っている魔術の凄さを全く自覚していない事が勿体ない。
イリーナはローラと意見を交換する事で自分も治癒の魔術が使えるようになりたいと思い、更にはローラの魔術をも強化したいと考えていた。
「ローラさんって今から何か予定でもありますか?」
「ううん、あとはおうちに帰るだけぇ」
「じゃあ今から私達のお部屋でお話をしませんか! いっぱいいっぱい伝えたい事があるんです」
イリーナは息を弾ませながら、若干強引に話を進めていく。
一方ローラはと言うと、魔王と同等の存在だと噂される者からの誘いを断る筈もなく、喜んで着いて行く事に決めた。
ローラは残りの泥酔者を介抱し、イリーナとアリフィアは眠り込んでしまった者に毛布を掛けて風邪を引かないようにして回り、その後に三人揃って広間を後にした。
「ローラさんこっちこっち」
「おじゃましま~す」
「今お茶を淹れますから、少しだけ待ってて下さいね」
「はぁ~い」
イリーナとアリフィアに続いてローラが部屋へと入り席に着く。
「さっき夕食の会場でも思ってたんですけど、ローラさんって治癒の魔術が使えるくらいの魔力量があるのに、街に出て本格的に魔術を習おうとは思わなかったんですか? この村だと十二歳までの子供は殆どが遠くにある寮に入って強力な魔術を習うって聞きましたけど……それに実際に使う事はなくても、攻撃魔術を覚えれば色々と役に立つと思うんです」
「う~んとねぇ……私は戦闘魔術は苦手だから皆の邪魔になっちゃうしぃ……それに素早く動く事も出来ないもの」
どうやらローラは弱い戦闘魔術しか使えず、仮に人族との戦いに参加したとしても足手纏いにしかならないと考えているらしい。
だからこそ得意な治療魔術の腕を磨くために村に残り、医者である父親の元で勉強をした方が良いと考えていたのだ。
「私は戦闘には参加できないけどぉ、街に行っちゃった大好きなお友達の役に立てればしあわせなの……だからお友達が戦って傷付いてもすぐに治療出来るように頑張ってるの……」
「大好きなお友達!」
『大好き』の単語にイリーナとアリフィアが喰いついてきた。
こうなってしまっては医学の話などはいくら聞いても頭に入って来ない。
「大好きって、恋人が居るんですか!」
「そのお友達とはどこまで進んでるんです!」
二人は瞳を輝かせながらローラに詰め寄った。




