表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/68

第二十五話 エリカが使う魔術の謎

「どうしたの? 考えてるだけじゃいつまでたっても勝敗は決まらないわよ……と言ってもどう対応していいのかも分からないんでしょうけど、潔く負けを認める勇気も大事だって教わらなかったのかしら」

「はは、辛辣な上にせっかちな性格なんだな……まぁ魔族との戦いに向いてると言えば向いてるんだろうけど、少しくらいは考える時間をくれてもいいだろ」


 火傷を負っても笑顔を崩さないレオニードに対し、エリカは次々と攻撃魔術を発動させた。

 土の壁で押し潰す……水の刀で切り裂く……氷の矢で貫く……

 レオニードは辛うじてかわしてはいるが、どれも人族ではあり得ない威力の魔術であった。


「私の実力はまだまだこんなものじゃないわよ!」

(さっきから何なんだこの威力は? 彼女は本当に人族なのか? 魔術の攻撃力だけを見るなら俺よりも上だと思うが……)


 エリカの外見はどう見ても人族にしか見えない。

 なのにその魔術は人族の限界を超えているどころか、今まで戦ってきたどの魔族と比べても軽く数倍の威力はあると思われる。

 この不可思議な事実を解明しない事には勝負にならない。

 

「さっきから何かを考えてるようだけど無駄よ、私の攻撃はこの世界の人間には説明したって絶対に理解できない事だから」

(この世界?)


 レオニードはエリカの言葉に違和感を感じていた。

 その後エリカは再び最初に使った炎の魔術を使い始めたが、今回も相手を負傷させる事など出来ない弱い魔術しか発動しない。

 それでもその攻撃は予定通りなのだと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべている。 


(魔術の威力にばらつきがあるのは何か意図があるんだろうか? 火の他にも何種類かは一度弱い魔術を発動してから威力が桁違いに増しているように感じるが……ただ単に余裕を見せて揶揄からかっているだけなのかもしれないし)


 エリカの本意が何なのか読み取れない。

 それでもレオニードは相手の一挙手一投足に神経を集中させる。


「強大な魔力がないと戦えないなんて考えてるのは知識の無い者だけよ……ほんの少し火に対する知識があれば幾らでも大きな炎は出せるのに、人族も魔族も何も分かってないのよ……って言っても貴方あなたも何の事か理解できてないんでしょうけどね」

「火に対する知識?……そ、そうか! 俺の周りに酸素を集めて火力を増してるんだな!」


 今までエリカの周りにはどれほど説明しても理解出来る人物は存在しなかった。

 だからこそ不意に発したレオニードの言葉に驚きの表情を隠す事ができなかったのかもしれない。

 エリカが初めて見せた不安の表情をレオニードは見逃さなかった。

 

(やはりそうか……しかし詠唱もなしでどうやって酸素を集めてるんだ……いや、それ以前に酸素の存在を知ってる彼女は……)


 火が燃える現象に酸素は必要不可欠であり、その量が多ければ火は激しく燃える……。

 その知識はレオニードが以前に暮らしていた世界では小学校で習うような簡単な事だとしても、この世界では誰も理解できない未知の知識になってしまう。

 そんな基礎的な知識の差はこの数年間の暮らしで十分に思い知らされている。

 だからこそエリカの言葉は一つの可能性を示唆していた。


(もしかすると彼女は俺と同じなんじゃないのか? だからこの世界の言葉では魔術を使えないし……それに……)

 

 自分と同じ知識を持っているのだと仮定すれば、別の言葉を使う理由も強力な魔術を使える理由も説明でが付く。

 レオニードの表情からは先程までとは明らかに違う確信のようなものが感じられる。

 焦りを隠せないエリカは早めに勝負を決めようと行動に出たが、その僅かな動きをレオニードは見逃さなかった。

 目にも止まらぬ速さでエリカの背後に回り、彼女の両手を掴み動きを封じ込めた。


「まさかとは思ったが、古文書に書かれている文字の魔術を使っていたとはな……」


 動きを封じたエリカの左腕には不思議な文字が隙間なく書かれていた。

 そう……彼女はマントで覆い隠した腕に墨で文字を書いていたのだ。

 レオニードは周りの者には聞こえない小さな声でエリカに語り掛けた。


「もしかして、君は俺と同じ転移者なんじゃないのか?」

「な、何を! 訳の分からない事を言わないで!」

「隠さなくてもいい……俺もこの世界の人間ではないんだ」

「…………」

「俺は七年前に空間の歪を通ってこの世界へやってきたけど、君もそうなんだろ?」

「…………」

「さっき君が魔術を使った言葉もどこかで聞いた記憶があったが、やっと思い出す事ができたよ……あれは小さい頃にテレビで見た外国のアニメと同じ言葉のように聞こえたし、その腕に書かれている文字だってその国の漫画で見た事がある……確かどちらも日本って国の物だったと思うが……君は日本からこの世界に来たんじゃないのか?」


 テレビ、アニメ、日本……どの言葉も出鱈目やハッタリで出てくるような単語ではない。

 これはレオニードが地球で生まれ、その記憶を持っている証拠であった。


「ふぅ~……どうやらあなたは本当に地球の記憶を持っているようね……ただ一つだけ勘違いしてるようだけど、私は時空の歪みから転移してきた訳じゃないわよ」

「転移じゃない? じゃあどうやってこの世界に」

「あなたの想像通り私は日本で生まれて……そして死んだのよ……そして気が付いたらこの世界の子供として転生していたの……と言ってもそれを自覚したのは一年前だけどね」

「なるほどな……俺以外だったら信じてもらえない話だけど、これで君が文字の魔術を使える理由も納得がいく」


 強力な魔術を扱える方法を見破られ、腕の動きを封じられた状態では純粋に体力だけの勝負になってしまう。

 もうエリカには万に一つも勝ち目は無くなっていた。


「参ったわ、私の負けよ」

「え?……」


 掴まれた腕から力が抜け、あっさりと負けを認めたエリカの言葉にレオニードは驚いた。


「呆気なく負けを認めるんだな、もっと抵抗するかと思ったんだけど」

「勝ち目が無いのに無駄な抵抗をする必要なんてないでしょ、あなたたち体育会系の男と違って好き好んで痛みを受けてる訳じゃないんだから」

「おい! 俺だって好き好んで攻撃を受けてる訳じゃないぞ」

「本当かしら?」


 エリカの表情からは先ほどまでの険しさは消え、少しだけ和らいだように見える。

 同じ世界の記憶を共有できる事が、閉ざした心を開くきっかけになったのかもしれない。


「ははははは! それ見たことか! 少しばかり魔術が使えるからと過信するからこうなるんだ! 大体だな……」


 戦いを観戦していた師団長が、当然の結果だとばかりに豪快な笑い声をあげた。


「師匠待ってください!」

「ん? どうしたレオ」


 エリカを叱咤する師団長の言葉を遮るようにレオニードは声を出した。


「彼女の力は本物ですよ、たぶん俺じゃなかったら勝てなかったと思いますし」

「レオにそこまで言わせるほどなのか?」

「はい、彼女が俺達と一緒に戦ってくれたら、魔族討伐も一気に進みますよ!」


 レオニードが師団長に説明している途中だったが、突然エリカが話に割り込んできた。 


「エリカよ……」

「え?」

「私の名前よ……さっき名前くらい教えてくれって言ってたでしょ、だから彼女とか君じゃなくて、エリカって呼んでいいわ」


 照れるように言い放つエリカからは、先ほどまでの険悪な雰囲気は感じられない。


「分かった、これからよろしくなエリカ」


 レオニードが差し出した手を、エリカは素直に握り返してきた。

 前世の記憶を持つ二人が出会った事により人族の戦力は数倍に跳ね上がり、魔族の住む街は次々と討伐されていく事となる。

 このまま魔族は抗う事も出来ないまま絶滅し、世界は人族だけの物になる……と誰もがそう考えていた。


 しかし数年後、魔族と戦う人族の中にレオニードの姿は無かった……。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ