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第二十四話 もう一人の人族の存在

 レオニードが戦場に加わってから五年……彼のもたらした功績は凄いの一言に尽きる。

 他の人族よりも優れた剣術を扱えるだけでも魔族を退けるには十分じゅうぶんだったのだが、剣や体を魔術で強化する事によりその威力は何倍にも跳ね上がり、どんな魔族をも寄せ付けない存在になっていた。

 今や魔族だけではなく、人族の中でもレオニードに対抗できる力を持つ者を探すのは困難だった。


 彼の活躍により魔族から取り返した領地は広大なものとなり、岩ばかりで何も無かった辺境の地に次々と産業や富をもたらしていった。

 それにともない、他所から多くの人族が移り住むようになると税としての収益も増え、街は国と呼べるほどの大きさへと発展し、益々活気に満ちたものとなっていく。

 元より街で暮らしていた人々はレオニードの功績を称え、いつしか彼の事を『勇者』と呼ぶようになっていた。


「あっ! 師匠、今日はどこの街を魔族から奪い返してきたんですか」

「おいおい、もう師匠はやめてくれよ、今は俺なんかよりレオの方が遥かに強いんだからな」

「何を言ってるんですか! 師匠はいつまで経っても師匠ですよ」


 勇者と呼ばれるほどの力を持ってもおごることの無い彼の事を、師団長はいつも誇りに思っていた。

 このまま憎い魔族が全滅し、人族が繁栄する事を願うレオニードだったが、現実はそう簡単なものではなかった。

 この頃になるとレオニードの力を我が物にしようと企む者が現れ、多くの国から連日のように使者が送り込まれていた。

 他国の権力者からすれば、辺境の貧しい土地の領主だと見下していた者が、ある日を境に自分達よりも大きな権力と富を手にしたのだからねたむのは当然だろう。

 ましてやそれが一人の男の功績なのだと分かれば、奪ってしまおうと考えるのが自然だと思える。

 ある国は見た事もないような莫大な量の金貨を積み上げ……またある国は美しい姫を許嫁にする事で身内に取り込もうと企てたのだが、人族が幸せになる事だけを願い、汚れた野心など一切ないレオニードはその全てを断り続けていた。


 だがそれで簡単に諦めるような権力者は居ない……。

 それが分かっているからこそ、レオニードを育てた街の領主でさえ歪んだ思考を持ち始めてしまう。

 この国は彼が居なければ成り立たない……だからこそ彼は絶対に奪われてはいけない……と。


 金品などでは心を動かされないレオニードを手元に繋ぎ留めておく方法はただ一つ。

 弱者を作り上げてでも、彼が正義と信じる行動をいつまでも続けさせる事……

 そんな短絡的な思考は『奪還』を『侵略』へと変貌させていく。


 魔族に襲われている街が近くにないのであれば、適当な理由を作り魔族だけが住んでいる街を襲えばいい……

 苦しむ人族を守る為の戦いは、いつの間にか魔族を殺害するだけの行為へと変わっていった。

 それでもレオニードは領主の言葉を信じ、師団長の命令を信じ、自らの正義を信じて疑わなかった。


 その日も魔族に苦しめられている街があると伝えられ……。

 人族はすでに逃がしているので安心して戦って良いと嘘を教えられ……。

 そして兵士の存在しない魔族の街を一つ滅ぼした……。


 いつものように戦いを終えて戻ってくると、そこには領主と共に、大きなマントを羽織った一人の少女が不機嫌そうに立っていた。

 見慣れぬ少女の存在を不思議に思い、師団長が問いかける。


「領主様、彼女は誰なんですか?」

「あぁ、この娘は今日から君の傘下に入ることになった」

「傘下? 俺と一緒に戦地に送り込むつもりですか?」

「そうです、よろしく頼みましたよ」


 師団長の問いに領主が淡々と答える。

 彼女の名はエリカ・バーベリ。

 領主が兵力の強化の為に呼び寄せた十二歳の少女らしい。


 エリカの両親は農業が盛んな国で生活をしており、戦闘の経験など一切ない普通の農夫であった。

 もちろん彼女自身も特に変わった特技を持つ事もなく、一般的な農家の娘として平和に暮らしていたのだが、一年前に事故で頭に大きな怪我を負ってから少し様子が変わったのだと言う。

 大量の本を漁るように読み始め、言葉使いも行動も別人のようになってしまったと言う。

 それに伴い今まで使えなかった魔術を他者とは比べ物にならない威力で使えるようになったらしい。

 大人しく人見知りだった性格も攻撃的なものへと変貌し、躊躇なく危険な魔術を使うようになった。

 その噂を聞きつけた領主が勧誘に来たのだが、『金額次第では考えてもいい』……そう即座に答えたと言う。

 金銭の為ならば何でもする性格は領主にとっては好都合であり、契約は問題なく結ばれた。

 

「俺はレオニード・ザイチェフ……みんなにはレオって呼ばれてるんだ、よろしくな」

「そう……」

「ん? 初めての場所で緊張してるのか? これから一緒に戦うんだから名前ぐらい教えてくれよ」

「別にあなたと馴れ合うつもりはないわ……私は自分の力以外は信じないし、邪魔になるようなら遠慮なく潰すから」

「はぁ~……分かった分かった、魔族にやられる前に君の攻撃を受けないように気を付けるよ」


 レオニードは新しい戦力が加わった事で今まで以上に多くの人族を救えると素直に喜んでいたのだが、エリカは誰も信じられないと言った表情で睨みつけてくる。

 そんな彼女の実力を知るために、師団長は演習場へと向かう事にした。


「領主様の言葉を疑う訳ではないが、実力の無い者を危険な場所へ連れていく事は出来ない……足手纏いになる存在が居れば、周りの者の命を危険に晒してしまうからな」

「…………」

「聞くところによると剣術や武術は全く使えないらしいが、それは本当なのか?」

「えぇ……」


 領主から説明はされたが、当然のように答えるエリカの返事に師団長は自分の耳を疑った。


「それは魔族との戦いに魔術だけで対抗すると……そう言いたいのか?」


 表情を崩さずにうなずくエリカの態度に、師団長は顔を真っ赤に染めて激怒する。


「ふざけるのもいい加減にしろ! 俺達は命を懸けて魔族と戦ってるんだ! それなのにお前は魔族よりも劣る役立たずの魔術で何が出来ると思ってるんだ!」

「師匠、落ち着いてください! 彼女は回復や強化の魔術が得意なのかもしれないじゃないですか! それを使って後方支援をするのかもしれませんよ」


 戦う事に誇りを持っているからこそ、師団長にはエリカの態度が許せなかったのかもしれない。

 レオニードは今にも手を出しそうな師団長を必死に引き止めた。

 しかしそんな様子をエリカはさげすむような表情で見つめている。


「体育会系の男ってどうしてこう愚かなのかしらね……力だけで何でも解決できると思ってるのかしら……そんなに実力が知りたいなら今からでもいいから掛かってらっしゃい、いくらでも相手になってあげるから」


 エリカが挑発するように言い放った。

 レオニードは怒りに震える師団長を抑えつつ、小さな声で話した。


「今の師匠じゃ手加減なんか出来ませんよ、いくら兵士志願だとは言え、初日から女の子に大怪我を負わせるのはまずいでしょ……ここは俺が代わりに戦いますから我慢してください」


 待たされている事が気に入らないのか、エリカが挑発を繰り返してくる。


「誰が相手でもいいから早く決めてくれないかしら、どうせ結果は決まってるんだし」

「待たせてすまなかった、俺がこの街の兵士を代表して相手をしよう」


 剣を構えるレオニードの威圧感は凄まじいものだった。

 しかしエリカは少しも怯む事なく見据えている。


「マントは外さないのか? そのままだと動きにくいだろ」

「余計なお世話よ……いいからかかってらっしゃい」


 エリカが構える様子は無かった。

 隙だらけなのに余裕すら感じられるのは、手足が見えない服装の中に武器でも隠しているからだろうか。

 レオニードは迂闊には飛び込まず慎重に見据えていた。

 暫く沈黙が続いたが、エリカが唐突に言葉の魔術を使い炎での攻撃を仕掛けてきた。

 だが、その威力はお世辞にも実戦に使える魔術だとは言い難く、レオニードを襲った炎は深い火傷を負わせる事もなく衣服の隅に小さな火種を作るにとどまった。

 

(彼女は本気で仕掛けているのか? こんな軽い攻撃で俺の動きを止められると思ってはいないだろうし、何か別の意味でも……そもそも今の彼女の言葉は何なんだ……この世界の人族の言葉ではないように聞こえたが)


 レオニードが考え込んでいると、くすぶっていた小さな火種が急激に膨れ上がり、巨大な火柱となって彼を包み込んだ。


(な! なんだこれは! 詠唱もなしに別の魔術を発動させたのか)


 それはとても不思議な光景だった。

 エリカが新たな魔術を詠唱している様子は無く、すでに発動している魔術の威力が増したように見える。


「どう? 負けましたって言えば許してあげるけど」

「冗談じゃない、勝負はまだ始まったばかりじゃないか」

「ふ~ん、やっぱり体育会系は往生際が悪いわね」


 レオニードは水の魔術を使い、体を覆っている炎を消した。


(何か秘密があるはずだ……言葉の魔術以外の何かが……まずそれを解き明かさないと)


 レオニードは火傷の痛みに耐えながら、彼女の動きの全てを見逃さないように凝視した。


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