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第二十三話 人族に現れた異質の者

 イリーナが中央都市へと旅立つ事になった日からときを遡ること十二年……。

 その異変は人族が統治する街の一つで起きていた。


 魔族との境界線に近いこの街には古い城があり、地下深くには『負の遺産を守る為の部屋』が造られていた。

 その部屋の中には、遥か昔に天変地異と共に世界の半分を奪った忌まわしい『空間の亀裂』が取り残されているのだと言う。

 空間の亀裂は魔族との戦いが激化し、魔王が現れた頃には全て消滅したと考えられていたが、実はそうでは無かったようだ。

 魔族に追い詰められ、岩以外には何も無い辺境の地へと逃げ込んだ人族が偶然見つけたらしい。

 亀裂の規模は古文書に書かれているような未曽有の災害を引き起こす大きさでは無く、子猫一匹さえも通り抜けられない程の小さな物だったが、人族はいつの日か必ず役に立つ日が来る事を願い、亀裂を覆い隠すように城や街を築いていった。


 しかし周辺を岩で囲まれ、乾燥した気候の為に農業や畜産には適さず、街での暮らしは決して楽とは言えない状態であった。

 それでも人族の未来の為には空間の亀裂を守る事が最優先だと考えられ、多くの兵士と家族がその地に住む事を強要されていた。


 だが何百年、何千年と時が過ぎても亀裂に変化は見られない。

 代々語り継いできた関係者でさえ関心を失う程の時間が過ぎ、街の存在その物が人族の間で意味を無くし始めていた。

 そんなある日、人族の中でも有名な呪術師数名が同じ内容の占い結果を出したのだった。

『封印された空間の亀裂より異質の者が現れ人族を救う』と……。


 数日後、報告を受けた領主が従者と共に地下室へと向かうが、何千年と放置された扉は来る者を拒むかのように硬く閉ざされ、開く気配は感じられなかった。

 やむを得ず扉を破壊して中に入った領主達は、人間一人が辛うじて通り抜けられるくらいの大きさにまで広がっている亀裂を目撃する事になる。


「占いはこの事を言っていたのか……」


 亀裂は不気味な音を響かせながら歪んだ空間を覗かせている。

 領主がその様子を呆然と眺めていると、突如一人の少年が姿を現し、空間の亀裂はそのまま掻き消すように消滅してしまった。

 淡い栗色の髪に青い瞳の少年は、普通の人族と何も変わらないように見える。

 雰囲気からすれば十歳程度だろうか? 幼ささえ残るその容姿からは『人族を救う』力があるとは到底思えない。


「お前は別の世界から来たのか?……何か特別な力があると言うのか?」

「…………」


 領主の問い掛けに少年は答えようとしない。

 不安げな表情で辺りを見渡している様子から、答えようとしないのではなく、言葉が分からない為に答えられないのだと思われる。

 領主は怯えている少年の手を引き、地上にある広間へと戻ってきた。

 

「領主様、どうでしたか?」

「うむ、占いは本当の事であった」

「ではその少年が我々の救世主なのですね」

「それはまだ分からないが、丁寧な対応を心がけるよう頼んだぞ」


 広間では多くの使用人が領主の身を心配して待っていた。

 領主は少年を周りの者に引き渡すと、そのまま数名の従者と共に別室へと移り、今後の事について話し合う事になった。


 一方取り残された少年は、周りで話している者達の言葉や窓の外に見える風景から、この世界が今まで自分が居た場所ではない事を感じ取っているのだろう。

 抵抗などする様子も見せず、ただ怯えたまま何もない空間をじっと見つめている。

 突然見知らぬ世界へと連れ出され、言葉も通じず頼れる者も居ない……そんな状況で少年に生きていく術などあろう筈がない。

 少年は流れに身を任せる以外の選択肢を思いつく事が出来なかった。


 …………。

 …………。

 …………。


 そして二年の月日が過ぎ、少年が十二歳の誕生日を迎える頃には言葉の壁も無くなっており、城に住む従者達と楽しく暮らせるようになっていた。


「レオ、朝食が終わったらすぐに剣の修行を始めるぞ」

「はい、分かりました師匠」


 少年の名前はレオニード・ザイチェフ。

 この世界の暦は分からないので、レオニードは転移した日を新たな誕生日と決めて年齢を数える事にしたようだ。

 十歳までのレオニードは父親に厳しく育てられており、幼い頃からシャシュカと言った剣を使っての剣術を教えられていたようだが、その腕前を師団長に気に入られ二年間毎日のように剣の修行を続けていた。

 また礼儀正しいその立ち振る舞いからは周りの者を引き付ける魅力が溢れており、城で働く従者だけではなく、街の住人からも愛される存在となっていた。


「レオ! 剣術の修行が終わったら僕の所にもおいでよ! 今日は新しい魔術を教えてあげるから」

「はい、分かりました先生」


 剣の鍛錬をしているレオニードに別の男性から声が掛かる。

 どうやらこの男性は魔術を得意としていて、レオニードに魔術や学問を教えているようだった。


「は? 魔術なんか覚えなくても剣術だけ磨けば十分魔族を倒せるだろ」

「はぁ~、師団長は古いですね、魔術と剣術をバランスよく鍛えた方が強くなれるのは今や常識ですよ」

「魔術が使える連中はいつもこれだ、魔族よりも弱い魔術なんか使えたって意味ないだろ」

「何を言ってるんです、レオには魔術の特性があるのに勿体ないとは思わないんですか?」


 レオニードはこの世界の人族とは違い、剣術も魔術も上限を感じさせないほど習得していった。

 その為、いつも競うように剣士と魔術師の両方から鍛えられ、気が付くと人族の中でも上位に名を連ねる実力にまで成長していた。


「よし、次に俺が魔族の討伐に行く時はお前も一緒に来い!」

「え? 本当ですか?」

「ああ、お前の実力だったら俺の相棒としても申し分ないからな」

「あ、ありがとうございます師匠!」


 レオニードはこの世界に来てからの二年間、城に使える従者や兵士に文字や言葉を習い、この世界の歴史を学んでいた。

 卑劣な魔族に殺害された人族の事を……

 無抵抗な女子供でさえ容赦なく手にかける魔族の蛮行を……

 それ故にレオニードは城に住む人族から受けた恩は必ず返すと……虐げられている人族を、残忍な魔族から救うために自分の力を役立ててみせると硬く心に誓っていた。


 だからこそ師団長からの魔族討伐の誘いは、レオニードにとってはこれ以上ない喜びだったようだ。


「よし! 討伐は来週の月の日だ、それまで剣の鍛錬を怠るなよ」

「はい! 師匠!」

 

 軽い興奮状態のまま眠れない日々を過ごし、出発の日はあっと言う間にやってきた。

 数十台の馬車に食料や水を積み込み、多くの兵士が整列を始める。


「これから我々は東にある街へと向かう……そこで泣いている人族を救う為、忌々しい魔族を消し去る為に全力で戦うぞ!」

「おー!」


 師団長の言葉に全員の士気が上がる。

 兵士達は街中から喝采を受け戦地へと赴いた。


 いくつもの森を抜け、数日を掛けて到着した戦地は悲惨な状況だった。

 人から聞いた噂や想像ではなく、現実を目にしたレオニードは言葉を失ってしまう。

 山の中であるにもかかわらず大量の水で溺死したであろう兵士……。

 剣ではない何かに引き千切られた遺体……

 そして変わり果てた姿となった父親の前で泣き叫んでいる子供……。


 レオニードは魔族が使う魔術の威力に恐怖を感じつつも、それ以上に魔族に対する憎しみの炎を燃やしていた。


「罪の無い子供に涙を流させるなんて許せない……魔族は俺が全滅させてやる!」


 その後のレオニードの活躍は凄かった。

 この街の兵士は師団長一人の力に頼る部分が大きく、兵士全体の戦力としては、決して魔族よりも遥かに強いと豪語できるものではなかった。

 それ故に、他の大きな国からは『役に立たない辺境の兵士』として下位に見られる事が多かったのだが、レオニードが加わる事により戦力は一変する。


 魔族の強大な魔術に対抗出来る力を持った二人が連携をし、先陣を切って道を作っていった。

 その攻撃に並みの戦闘力では対抗できる筈がなく、魔族は次々と切り刻まれていく。

 レオニード達は終始優勢を保ったまま魔族の部隊を一掃してしまった。


「凄いじゃないかレオ!」

「レオが居ればもう魔族なんかに好きにはさせない!」

「これで俺達を馬鹿にしてた国の奴らも見返せるぞ」


 参加した兵士達は口々にレオニードを称賛する。


「や……やった~! 魔族どもをやっつけたぞ~!」


 歓喜の声をあげるレオニードを師団長は誇らしげに見つめていた。

 そしてこの日を始まりとして、レオニードの快進撃が始まる事となる。

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