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第二十二話 人族の街に起きた異変

「イリーナさんとアリフィアさんは本当に仲がいいんですね」

「まぁアリフィアとは長い付き合いですし」

「そうそう、イリーナちゃんと私は相思相愛ですからね~」


 アリフィアは乗り物酔いがすっかり治まったのか、イリーナの腕にしがみつきながら嬉しそうに答えた。


「それにしても、今更ながらイリーナさんの知識と発想力には驚かされます、今の悪戯にしてもそうですが、魔術をあんなふうに使うとは……思いも……ふふっ……」


 ラウラは先ほどの事を思い出し、笑いそうになるのを必死に耐えている。


「ご、ごめんなさい」

「いえいえ、ラウラ先生に喜んでもらえたらアリフィアも恥ずかし思いをした甲斐があると言うものです」

「なによそれ!」


 イリーナ達がじゃれ合っているうちに、馬車はテントを張れる場所へと無事に辿り着いた。


「今日はこの辺りで夜を過ごす事にしましょうか、暗くなる前にやる事はたくさんありますから、二人もお手伝いをお願いしますね」

「は~い」


 二人の元気な声が静かな森の中に響き渡った。

 イリーナは馬車を降りるとすぐに自分達の安全を確保する為に、手指の魔術を使って結界を張る作業に取り掛かった。


【空気に含まれる水よ、私の周りに円を描くように氷の壁を作り、獣が襲ってくるのを防げ】


 手話での詠唱を終えると、瞬く間にイリーナ達を大きな円で囲むように分厚い氷の壁が出来上がっていく。


「昨日も思いましたけどイリーナさんの手指魔術は本当に凄いですね、私も氷の盾を作る事は出来ますけど、これだけの広範囲の氷を朝まで溶かさずに保てる者となると、恐らく魔界のどこを探しても居ないと思いますよ……そうですよね司祭様」

「まったくその通りです、これだけの力を持ちながら少しもおごるる態度を見せず、他人を思いやる事が出来るイリーナさんを私は誇らしく思っています」

「あ、ありがとうございます……えへへ」


 ラウラと司祭様に褒められて、イリーナは恥ずかしそうに照れていた。

 そんな様子をアリフィアは自分の事のように喜び、イリーナの事を誇らしげに眺めていた。


 普段の野営ならば、食事を終えたあとは獣の接近を警戒し、交代をしながら夜通しで火の見張りをする必要があるのだが、今回はイリーナが強固な氷の結界を張っているので必要が無い。

 そのおかげでイリーナ達はのんびりと食後の会話をする事が出来た。


「ねぇラウラ先生」

「何ですかイリーナさん?」

「この前の事件の事なんですけど、中央都市の使者って全員があんな酷い事をするんですか?」

「ん~……それは私も不思議に思ってたんです……確かに中央都市は人族との戦いにおいて重要な位置にありますけど、戦闘魔術を覚えるかどうかは子供の意思を最優先で考えてきましたから……」

「そうなんですか?」

「はい、私が教会で子供達に魔術を教えるようになってまだ五十年ほどしか経っていませんけど、少なくとも十年前まではあのような者は居ませんでしたからね」

「ご、五十年!」


 イリーナ達は使者の話云々よりも、ラウラの職歴の方に驚きの声をあげた。


「教会に来て五十年って……ラウラ先生ってママと同じくらいの年齢だと思ってたのに……」

「あらあらあら、女性の年齢を詮索するようなお話をするのは良くないですよ」


 ラウラは冷静を装い笑顔を崩していないように見えたが、よく観察すると片方の眉が細かく痙攣しているのが分かった。

 イリーナとアリフィアは、この話題は自分達の生命の危機に繋がると感じ、永遠に封印しようと硬く心に誓った。


「そそ、それで、十年くらい前から中央都市の様子が変わってきたって言うのは、何か理由とかがあったんですか?」

「そうそう私も気になります!」


 イリーナは何とか穏便に話を進めようと焦り、アリフィアも話を合わせるように問いかけてきた。

 ラウラは少し考えた後、教会の役割とそれに対する中央都市の態度の変化を話し始めた。


「魔界には街ごとにそれぞれ教会があって、多くのエルフが子供達に日常の生活で役に立つ魔術を教えてるんですけど、イリーナさんやアリフィアさんのように優秀な成績の子供には攻撃魔術も教えたりもするんです」


 攻撃魔術は危険を伴うからこそ、教える方も慎重になっている。

 威力の強い魔術を覚えたからと言って、無闇に力を誇示しない性格である事は最も大切な条件だった。

 しかし条件が揃っていたとしても本人が望まなければ無理に教えたりはしない。

 本人が覚えたいと望んでいる事……それが最優先されなければならないと、どの街のエルフも考えていたからだ。


 なので以前は中央都市から無理な要請などもなく、学びたい子供が現れた時にはラウラや司祭様がお願いして養成所へ入る事を認めてもらっていたくらいだった。


 なのにここ十年はしきりに優秀な成績の子供を送り込むように要請を繰り返してきた。

 しかし司祭様は子供の意思を尊重する事を理由に断り続けると同時に、何故慌てて戦力を欲するようになったのかを問い続けてきた。

 だが中央都市から明確な回答な無かったと言う。


 ラウラは他の街の教会とも連絡を取りあい、一つの可能性を見つけ出した。

 それは十年ほど前から人族の兵士の中に加わった一人の男の噂だった。


 その男は年齢も容姿も特に変わった所はなく、一見しただけでは他の人族と見分けがつかないらしい。

 しかし、その戦闘力は桁違いの威力を持っていると言う。

 見た事もない剣術を操り、一人で数十人の魔族をも相手に出来るらしい。

 その力は魔族と人族の均衡を破るのには十分なものだった。

 魔族は徐々に後退し領地を奪われていく。

 その頃より中央都市はより強力な魔族を育成する為に……そんな名目で各地に優秀な成績の子供を送るようにと命令を下し始めたらしい。

 

 更に男が現れてから五年が経った頃、魔族の劣勢を決定付ける出来事が起きる事となる。

 それは人族の中に現れた一人の少女の存在だった。

 その少女は人族であるにもかかわらず、魔族をも遥かに凌駕する攻撃魔術を使えたらしい。


 少女は周りに居る人族とは違う言葉の魔術を操り、文字の魔術らしき攻撃も使う事が出来たと言う。

 その威力は凄まじく、優れた魔族でも対抗する事は不可能だった。

 そんな二人が出会い手を組む事により、人族の力は更に強大なものへと膨れ上がっていく。


 対峙した魔族は抵抗する事はおろか、僅かな時間を守る事すら出来ずに倒されていった。

 その威力を目の当たりにした者は、もはや『魔王様の再来』と言った奇跡を願う事しか出来なかった。


 この頃より中央都市の行動は常軌を逸脱したものとなっていく……。

 強大な力が宿っている事に気付かぬまま過ごしている者は居ないか……。

 力を持った者の存在を隠している街はないか……

 魔族が勝利する為にも見つけ出す事が最優先であり、本人や周りの者の意思などは関係ない……。

 その為に行われる事は全て正義であり、逆らう事は悪である。


 そんな狂気に精神を支配された結果が、イリーナ達の街を襲った悲劇だったのだろう。

 ラウラの話を聞いたあと、イリーナが重い口を開いた


「あの三人の使者がやった事は絶対に許せないけど……でも、中央都市の兵士をそこまで狂気に駆り立てた人族って、そんなに凄かったのかしら」

「うん、女の子の方はイリーナちゃんと同じような文字の魔術も使えるみたいだし」


 イリーナの文字の魔術を間近で見ているアリフィアは誰よりもその威力を把握しており、普通の魔族では対抗できない現実を理解していた。


「でも、その人族が文字の魔術しか使えないんだとしたら、イリーナちゃんの手指の魔術の方が強いんじゃないの?」

「ん~……それはまだ何とも言えないわね、殆どの魔族は手指の魔術を見た事がないんだから、その人族が使ってるのが分からないだけかもしれないし」

「そっか……」


 イリーナとアリフィアが悩んでいる所に、ラウラが話し掛けてきた。


「とにかく不確定な情報だけで判断するのは危険ですし、答えの出ない事で悩むのもダメです、あなた達には今できる事を確実に熟していく事の方が大切なんですよ……と言う事で、夜更かしは女の子には大敵です、まずは十分な睡眠を取り、体調を崩さないように気をつけましょうね」

「は~い」


 ラウラに促されてイリーナ達はテントの中へと潜り込んだ。

 二人は寝床につくと今後の事について話し合っていた。


「これから人族との戦いはどんどん過激になっていきそうね……でも私は何があってもアリフィアだけは守るからね……」

「大丈夫だよイリーナちゃん……相手がどんな人族だったとしても、イリーナちゃんなら絶対に勝てるもん」

「うん……」


 二人はお互いの手を握りしめ、二日目の夜は更けていった。

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