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第十八話  貴方は絶対に許さない

 イリーナが進む先には何種類もの獣が群れを成して待ち構えている。

 森へは魔術の練習の為に何度も訪れているが、どれも初めて見る獣ばかりだった。

 恐らくこの獣の群れは森の最深部に生息していて、今まで退治してきた獣よりも強い存在のではないだろうか。

 こちらを凝視しているだけなのだが、徒ならぬ緊迫感がイリーナを襲っている。


(相手が何だって構わない……子供たちを……私の大切な者を傷つける事は絶対に許さない)


 獣は唸り声をあげて威嚇を始め、ゆっくりとイリーナを包囲しようとしている。

 イリーナが後ろに回り込もうとする獣に視線を移した一瞬の隙を突いて、前方に居た獣の群れが一気に襲い掛かってきた。

 しかしイリーナは焦る事なく冷静に対処する。


【獣の細胞に潜む水よ、私の手元に全て集まれ】


 イリーナの放った手指の魔術は凄まじい威力だった。

 視界に入っている獣だけでも二十頭近くは居ると思われるが、その全てが一瞬にして水分を奪われミイラと化していく。

 イリーナは地面に転がる死体を見つめ、他に動く気配がない事を確認してから次の場所へと移動していった。


 襲われている家族を救い、苦戦している者を助け、イリーナは森との境界にある柵に辿り着いた。

 そこでイリーナは信じられない光景を目にする事となる。


(何なのこれ? この柵の壊れ方って……)


 柵は老朽化などの理由で自然に倒壊したようには見えなかった。

 また獣の爪で掻かれた跡や、体当たりで破壊された形跡も見られない。

 そう、街を守る柵は誰かの手によって故意に破壊されていたのだ。


(誰が、何の目的でこんな事を)


 その時イリーナの頭に一つの可能性が浮かんできた。

 だがそれは決してあってはならない事だった。


(まさか、森の中で攻撃魔術を使った者を探す為に……私とアリフィアを誘き出す為にこんな事を……)


 イリーナは色々な感情が頭を駆け巡り、どう対処していいのか分からなくなっていた。

 自分が力を隠していた為に多くの者が怪我を負わされた……そんな悲しみが胸を締め付ける。

 しかしそれと同時に、こんな酷い事をする相手に対して怒りの感情が沸き起こり抑える事が出来なくなっていた。


(中央都市は人族から魔族を守る為に優秀な者を探してたんじゃなかったの? なのに無抵抗な魔族を傷つけてるこの現状は何なのよ)


 もしかすると中央都市は魔族を守るのが目的ではなく、上に立つ者が自分の地位を守る事しか考えていないのではないか……そんな疑念が頭の中を埋め尽くす。

 怒りの感情はイリーナの魔術の威力を更に上げる事となる。


【大気に潜む水よ、氷の壁となり街を囲み、森に住む獣の侵入を防げ】


 手話での詠唱を終えると同時に現れた氷壁は、街のどこに居ても見えるほど巨大な物だった。

 通常ではあり得ないその光景に、誰もが魔王の再来を信じて疑わなかった。

 この魔術の効力でこれ以上街に獣が増える事は避けられるであろう。

 イリーナは振り返ると再び街の中心部へと向かい進んでいった。

 

 獣を倒しながら教会の近くまで戻ってくると、そこには全身を血で染めたアリフィアが呆然と立っている。

 イリーナは血の気が引く思いがして、気が付くと大声で叫んでいた。


「アリフィア!」


 イリーナはアリフィアの元へと駆け寄り、泣きそうな表情で怪我をしている場所が無いか探し始めた。


「アリフィア大丈夫なの? どこを怪我したの!」

「あ、イリーナちゃん……私なら平気よ、一息ついてただけだから」

「そんな訳ないでしょ! こんなに血だらけになってるのに!」

「あ~、これは全部獣の返り血よ、私はどこも怪我なんてしてないから安心して」


 その言葉にイリーナは魂が抜けるような気がしてその場に座り込んでしまった。


「良かった……アリフィアに何かあったら私……」

「もう少し私の事を信用してよ、それよりもこんなに心配してくれてたなんて嬉しい~」


 アリフィアはイリーナを抱きしめ頬擦りを繰り返してきた。

 イリーナはいつもと変わらないアリフィアの様子に安心したようだ。


「それで教会の西側に居た獣は全部退治したから、次は南側に行こうと思うんだけど」

「南側と東側の獣は私が退治しておいたから、あと残ってるのは北側だけなんだけど、それよりも……」


 イリーナは街を守っている柵が誰かの手によって破壊されていた事をアリフィアに伝えた。

 アリフィアは驚きと怒りで身を震わせている。


「突然街を囲むように氷の壁が現れたから、イリーナちゃんが魔術を使ったんだって思ってたけど、そんな事があったなんて……」

「あと、いつも練習場に行くときに見かけるような弱い獣も狂暴になってたし……きっと柵を壊したあとに何かの方法で獣を集めたり、興奮させたりして街を襲せてるんだと思うの……」

「それってお薬とか魔術を使って? 何それ! いったい何の目的で!」

「たぶんそれは……」


 イリーナ達が森で行った魔術の練習を中央都市の使者に見られていた事……

 使者は教会に対して当事者を差し出すように要求したが、司祭様が拒否をした事……

 そのために中央都市の使者はイリーナ達を炙り出す為に獣に街を襲わせた可能性が高い事……

 イリーナはそれらの考えを順を追って話した。


「そんな……私たちのせいで街のみんなが大怪我をしたなんて……」

「私も信じたくはないけど……それよりも今はまず残った獣を退治しなきゃ! 行くわよアリフィア」

「うん!」


 イリーナとアリフィアが合流した事により、獣を退治する速度は格段に跳ね上がった。

 一分でも一秒でも構わない、早く退治すればするほど傷つく者が減る……二人はその事だけを考え、手加減などする事もなく全力で獣の群れを倒していった。

 その光景は目撃した者が後に伝説として語り継いでいくと思われるほど威厳に満ちたものであった。


 当然の事だが、この事態を起こした中央都市の使者もイリーナ達の実力を目にし、満足げな笑みを浮かべていた。


 程無くして全ての獣が退治され、教会の氷壁が取り除かれるとラウラがイリーナの元へと駆け寄ってきた。

 そして疲れ果てた様子の二人をラウラは優しく抱きしめる。


「イリーナさん、アリフィアさん、よく頑張りましたね」

「あ~! ラウラ先生駄目ですよ! 私たち汚いですからラウラ先生の服が汚れちゃいますよ」


 イリーナは必死に引き離そうとしたが、ラウラが力を緩める事は無く、いつまでも抱きつかれたままの状態が続いていた。


「いやぁ~、素晴らしい! これは予想していた以上の威力でしたね」

「まったくだ、この者達を連れて帰れば忌々しい人族どもを根絶やしに出来ますぞ」


 不意にイリーナ達の後ろから男達の声がした。

 皆が振り返るとそこには中央都市から来た三人の使者が立っていて、笑いながらペチペチと心の籠もらない拍手をしている。

 使者の一人が司祭様を睨みつけるようにして声を発した。


「貴殿は先日この者達に心当たりが無いと申されたが、この二人はこの街の住人ではなく流浪の者だと?」

「……それは」

「まぁ今となってはどちらでも構いませんが、早急にこの者達を中央都市に送り届けなさい、良いですか」


 使者が司祭様に対して高圧的な態度で話をしている途中だったが、イリーナが怒りの表情で質問をしてきた。


「ちょっと待ってください……一つだけ聞かせてもらえませんか……」


 可能な限り冷静に話そうとはしているが、イリーナは拳を握りしめたまま使者を睨みつけていた。


「今回の出来事はあなた達が仕組んだ事なんですか? 私とアリフィアを探し出す為に……そんな下らない理由でみんなを傷つけたんですか? 答えてください!」

「ふむ、その通りですが、それが何か?」


 使者の一人が顔色一つ変えないまま答えた。

 その様子からは、目的の為には手段を択ばないといった決意も、悪いと思いながらも仕方なく行ったのだと言う反省の感情も読み取れない。

 ただ当たり前の事をして何の問題があるのだと言った無機質な感情だけが読み取れる。

 イリーナの胸には今まで感じた事のない怒りが込み上げてきた。

 

 

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