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第十五話  それを見てる一つの影

 時が経つのは早いもので、イリーナとアリフィアが教会へ通うようになってから五年の月日が流れ、二人は十二歳になろうとしていた。


 イリーナは信じられない速さで魔術を上達させ、教会に務める教師たちを驚かせていた。

 もちろんイリーナは言葉の魔術だけを使い、文字の魔術や手指の魔術は一切使っていないのだが、それでもこの街で魔術が優秀とされている者の殆どを追い越すレベルにまでなっていた。

 前世の記憶を持っている事で、教会の研究者でさえ頭を悩ませる現象を理解し、魔術に生かせる事が出来ているのが大きな要因だと思われる。

 

 アリフィアの方はと言うと、イリーナに直接指導してもらってるお陰で他の友人よりは扱える魔術の種類が多いものの、威力や精密さなど総合的に見ればクラスの中では平均的な成績と言える。

 しかし、アリフィアはそれを補って余りある優れた体術を習得していた。

 魔術を使わない体術だけの勝負ならば、アリフィアに勝てる生徒は一人も居ない。

 そこへ魔術を組み合わせる事で総合的な強さは何倍にも跳ね上がっている。

 恐らく街中を探しても、アリフィアと模擬戦をして勝てる者は数えるほどしか居ないだろう。


 教会の長い歴史の中でも二人の成績は極めて優秀であり、下級生の少女からは憧れの存在として見られている。

 

 教会での授業は今年の春で全て終了しており、生徒は各自の能力や希望に合わせた進路へと進む事になっているのだが、イリーナとアリフィアは優秀な成績や大人達からの印象なども考慮され、教会に残って後輩の指導をする事が決まっていた。


「ねぇイリーナちゃん、今日は何か予定ある?」

「ん? 私は別に何もないけど、アリフィアは何かあるの?」


 月日を重ね、イリーナはアリフィアの呼び方を変えていた。

 『ちゃん』付けは子供っぽいから恥ずかしいからと言うのが理由らしいが、アリフィアは『イリーナちゃんって呼んだ方が絶対に可愛いもん』とかたくなに拒んでいた。


「今日は久しぶりに魔術の練習をしたいから、森まで付き合ってくれない?」

「今から?」

「うん、明日から教会のお手伝いが始まっちゃうと本気で魔術や剣術を鍛える時間が少なくなると思うから、出来る時にやっておきたいな~って」


 二人は軽く昼食を済ませ、森の奥にある広場へと向かい歩いて行った。

 ここへはラウラと初めて訪れた日から二人だけでよく通っているらしい。

 誰も近づかないこの場所は、強力な魔術を試したり新しい剣術や体術を試すのには都合がいいようだ。


「私ね、この前イリーナちゃんに教えてもらったあの魔術が使えるようになったわよ」

「あの魔術って、剣の強化に使いたいって考えてたあれ?」

「そうそう、意味は分かんないけどイリーナちゃんがチェーンソーって呼んでたあの魔術」


 二人は魔術や武術を強化し練習する際には、絶対に目立たないようにしようと誓っていた。

 なのでアリフィアが剣術を使えるようになっても帯剣だけはしないように心がけていた。

 確かに幼い少女が腰に剣を差していたら、それだけでもかなり目立ってしまう。

 そこで、剣が無くても使える剣術が必要だと、二人で相談をして考案していたようだ。

 

「今からやってみるから見ててね」

 

 アリフィアは地面に落ちている木の棒を拾い、詠唱を始めた。


「地面に隠れている砂鉄よ、剣の形で木の棒を覆い、小さな刃を高速移動させる事で触れる物全てを切断せよ」


 アリフィアが持つ木の棒に黒い影が集まり、次第に剣の形を成していく。

 それは一見ただの黒い剣に見えるが、頭に響くような高い音を響かせている。

 恐らくは目に見えない小さな刃がチェーンソーのように高速で移動しているのだろう。

 

 このチェーンソーのイメージと理屈はイリーナに教えてもらったものだった。

 当然の事だがこの世界には動力を必要とするチェーンソーは存在しない。

 だがノコギリは存在しているので木を切る原理は簡単に理解できた。

 あとは発想の問題だけなのだ。

 手で引くノコギリを早く動かせば木は早く切れる……ならばもっと高速で動く刃があったとしたら……高速で動かす方法があるとすれば…… 

 そこまで理解できればイメージするのは簡単だった。


「行っくよ~!」


 アリフィアは掛け声と共に森に生えている木に向かい剣を振った。

 木は何の抵抗もなく、まるでプリンでも切るかのように切断されていく。

 更にアリフィアは剣の長さを伸ばす事により一振りで数十本の木を切り倒す事も可能だった。


「凄いわねアリフィア」

「まだまだ行くわよ~!」


 アリフィアの魔術は強力ではない為、剣そのものは『普通の剣に比べれば少し切れ味が鋭い』程度なのだが、そこに優れた剣術が加わりとんでもない威力になっている。

 またその派手さ故に剣の切れ味にだけ目が行きがちだが、アリフィアの体術にも目を見張るものがあった。

 その動きは矢や投石のような物理攻撃は勿論の事、魔術の攻撃さえも当たらないのではと思えるほど素早く、目で追うのは困難なほどであった。

 アリフィアの残像が移動する度に森の木は切り倒され、瞬く間に空間が広がって行く。


「アリフィア、ストップスト~ップ!」

「なに? ちょうど体が温まって来たところなのに」

「もう、調子に乗って切りすぎよ、切り倒すだけじゃなくて、ちゃんと薪に出来る大きさにしておかないと後でラウラ先生に怒られちゃうわよ」

「分かってるって、ところでイリーナちゃんは練習しないの?」

「私?」


 イリーナはまだアリフィアにも見せた事のない魔術を試そうとしているのか、得意げに微笑んでいた。


「ふふ~ん、実はね~、お水で何でも切っちゃう魔術を考えちゃったの」

「お水で切るって、それは無理なんじゃないの? 仮にお水を刃の形にしてぶつけても何も切れないでしょ?」

「そう思うでしょ~、じゃあ実際にやってみるわね」 


 イリーナは木が生い茂る方向に向かって詠唱を始めた。


「空気に隠れている水の粒よ、私の手元に集まり、高圧力で糸よりも細く噴き出せ」


 イリーナの手元には林檎くらいの大きさの水が集まり、そこから細い糸状の水が木に向かって噴き出している。

 しかし木が切れる気配は全くない。


「何それ? お水の弓矢? ただ単に木が濡れてるだけにしか見えないんだけど」

「こ、これはアリフィアが分かりやすいように順番にやってるだけなんだから、もう少し黙って見てて」


 片方の口角を上げ、呆れたように話すアリフィアにイリーナは焦って説明をした。


「じゃあ次に今の言葉を手指の魔術に置き換えてみるわね」

【空気に隠れている水の粒よ、私の手元に集まり、高圧力で糸よりも細く噴き出せ】


 見た感じでは先ほどと同じように、木に向かって細い糸状の水が吹き付けているだけに思えたが、今度は何の抵抗もなく木が切られていく。

 イリーナは水を木以外にも向けてみたが、石も岩も簡単に切断されてしまった。


「凄い凄い凄い! 何それ何それ!」

「ふふ~ん、これはウォーターカッターよ」

「……チェーンソーの時もそうだったけど、イリーナちゃんて時々意味の分からない名前を付けたりするわよね」

「べ、別にいいでしょ、とにかくこれはお水で物を切るって意味なのよ」

「へぇ~、でもこれってどうしてお水で硬い石が切れるの?」

「えっとね、これはお水で切るって言うよりも、小さな穴を連続して開けているってイメージなの」


涓滴けんてきいわ穿うがつ』の例えもあるように、水滴を連続して当てれば物に穴を開けられる事を理解し、それを連続して行う事を思い描ければ可能な魔術だとイリーナは説明した。

 ただ、先程の言葉の魔術の時のように、魔力が足りないと只の水鉄砲になってしまうので、石や岩を切断するには手指の魔術の威力が必要なようだ。


「じゃあ私が練習して使えるようになっても、石や木を濡らす以上の事は出来ないのね、ざ~んねん」

「でも新しい知識として吸収するのは大切よ、色々と応用できる時が絶対に来ると思うしね」


 この後も二人は夢中になって新しい魔術や剣術を練習し、試行錯誤を繰り返していた。

 しかし練習に集中するあまりに、イリーナ達は遠くから二人に視線を向けている存在に気付く事が出来なかった。


(何なんだこれは……見た事も無い魔術を恐ろしい威力で使う者が二人……これはすぐにでも報告せねば……)


 この者が誰なのか、なぜここに居たのかは分からないが、その存在が後々イリーナ達の運命を大きく変える事となってしまう。

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