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第十三話  人族として出来ること

 言葉の魔術で出来る事は、そのまま手指の魔術に置き換えて使う事が出来る。

 だから敢えて手指の魔術にこだわり訓練する必要はなく、今まで通り教会でアリフィア達と一緒に言葉の魔術を学べばいい。

 その答えはイリーナの心を恐怖の呪縛から解き放したようだった。

 しかしそれとは逆にアリフィアが何やら難しい表情をしている。

 どうやら強大な魔術を目の当たりにして、三年前に起きた出来事に疑問が生じたらしい。


 自分が人族だからと言った理由で少年に石を投げつけられた時に、石による攻撃を防いでいたのは一体誰だったのか……。

 あの日イリーナは、アリフィアが無意識のうちに防御の魔術を使ったのだと言ったが、あれ以来アリフィアは一度も魔術が使えそうな気配を感じた事がなかった。

 なので無意識とは言え、あの時だけ防御の魔術が使えたとは思えなかったのだ。

 勿論少しでも魔術が使えたらいいな、イリーナを救ったのは自分だったらいいな……そんな期待はあったが、今日のイリーナの魔術を見てハッキリと理解できた。

 きっとあの時の防御魔術はイリーナが無意識に使った手指魔術なのだと……。


 それと同時に、自分が人族だから魔術が使えないのだと言った疑念も蘇ってきたが、今はその事に関しては以前ほど気にはならなかった。

 たとえ自分が人族だったとしても構わない、それが理由で街中から嫌われても構わない。

 イリーナさえ傍に居てくれたらそれでいい、そう考える事ができたからであろう。

 だからこそ人族かもしれない自分がイリーナの傍に居る為にはどうしたらいいのか、それを見つける必要があると考えていた。

 知る事により決定的な無力感を味わうかもしれないが、少しでもイリーナの為になる答えが見つかるなら……その可能性があるなら……そんな想いでアリフィアはラウラに疑問を投げ掛けた。


「ラウラ先生、私も聞きたい事があるんですけど」

「何ですか? アリフィアさん」

「その……人族は……人族は魔術を使う事は出来ないんですか?」


 アリフィアの表情からは決意の強さが読み取れる。

 ラウラは何年も教会で働き、多くの子供達を見てきた。

 だからこそ心配そうな視線を向けるアリフィアの気持ちもすぐに理解する事が出来た。

 ラウラは不安を取り除くように優しく微笑みながら答えた。


「心配しなくても大丈夫ですよ、アリフィアさんは決して残酷な人族なんかじゃありませんから……あなたはお友達を思いやれる、優しい心を持った素敵な魔族で間違いありませんよ」

「本当ですか?……」

「はい、それで質問の答えですけど、例えばここに人族が居たとしても、その人が魔術を使えるかどうかは直ぐには分かりません……なぜなら人族全員が魔術を使えると言う訳ではないからなんです」

「でもそれは使える人族も居るって事なんですよね?」

「そうですね、人族全体の二割か三割程度だったと思いますけれど、魔術の特性をもった人族が存在すると言われています……でもそれは実際に魔術を指導してみないと分からないんです」


 確率は低いかもしれないが、アリフィアは自分も魔術が使える可能性がある事を喜んだ。

 ラウラの話では、魔王が現れる以前の人族は魔術が全く使えなかったらしい。

 武器を使った剣術や体術だけを使い、魔族を虐殺していたようだ。

 だが魔王が人族を退け、魔族の魔力を強化し、領地の半分を取り返した頃から事態は変化したと言う。

 人族は戦闘力を上げる為に武器や防具、それを扱う武術を強化した。

 魔族もそれに対抗する為に魔術を更に強力なものへと進化させた。

 しかしそれにも限界があり、両者の力は均衡して勝敗がつかなくなっていく。


 それを打開するには敵の持つ力を手に入れるしかない……それは魔族も人族も同じ考えだった。

 人族は『魔術』の研究を始め、適性を持った者が存在する事を突き止め、武術と魔術の両方を使える人族が現れた。

 また魔族も『武術』の研究を始め、魔術と武術の両方を扱える魔物を育成した。


 だがここで一つの問題が発覚する。

 人族が習得できる魔術、そして魔族が習得できる武術には限界があったのだ。


「限界ですか?」

「ええ、人族はどんなに優れた魔術の属性があったとしても、魔族の半分程度の魔術しか習得出来ないんです……逆に魔族も、どれほど優れた特性を持った者が努力をしても、人族の半分程度の武術しか習得出来ません」


 種族の壁と言うのは乗り越える事が出来ないくらい高いのかもしれない。

 例えばスポーツで日本記録を残すような優れた日本人でも、世界の壁は高く世界記録を超える事は容易ではない。

 それは骨格や筋肉の違いの他、色々な原因があると思うのだが、魔族や人族の世界でも同じ事が言えるのではないだろうか。


 魔術が使える可能性があったとしても、イリーナを助けられる力がなければ何の意味もない。

 現実を突きつけられたアリフィアは落ち込んだ表情を見せた。

 ラウラはそんなアリフィアを励ますように話を続けた。

 

「でも、それは決して意味のない事ではないんですよ、たとえ魔族の半分程度の威力とは言え、それを剣術や体術を極めた人族が使えるとしたら……それは魔族にとって脅威以外の何物でもありませんからね……魔術だけで戦う魔族ではとても太刀打ち出来ません」

「そ、そうなんですか?」

「はい、だからアリフィアさんも自分の特性を理解し、魔術だけではなく武術のお勉強もすれば良いと思いますよ」

「わかりました」

「あと、教会は戦うための兵士を育成する所ではありませんから、日常に生かせる魔術の方を重点的にお勉強する事は忘れないでくださいね」

「はい!」


 努力次第でイリーナと一緒に居る事が出来る。

 自分が進むべき道を示されたように感じたアリフィアからは悩みの表情は消え、明るい返事をする事が出来た。

 

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